第102話「演習崩壊」
第一演習は、五つの混成部隊によって行われることになっていた。
白隊。
赤隊。
青隊。
黄隊。
黒隊。
第一から第五までの騎士と見習いが均等に割り振られ、それぞれの隊を各騎士団長が指揮する。
白隊の指揮は、第一騎士団長にして騎士総長ヴォルクハルト。
赤隊は第二騎士団長グレゴール。
青隊は第三騎士団長ライナー。
黄隊は第四騎士団長イルゼ。
黒隊は第五騎士団長ベルグ。
ユウヤは白隊。
レオルドは青隊に配属されていた。
白隊に集められた騎士たちを前に、ヴォルクハルトが低く告げる。
「演習とはいえ、しっかり集中しろ。でなければ大怪我を負う可能性もある」
声は大きくない。
だが、それだけで空気が張り詰めた。
ユウヤは頭を押さえたまま、げんなりした顔で立っている。
「……二日酔いの人間に言うことじゃねえだろ……」
横にいた第五の騎士が満面の笑みで見てくる。
「さすがボス! 総長の前でも関係ねえ!」
「うるせえ」
ヴォルクハルトは地面に広げられた簡易地図へ視線を落とした。
「作戦を伝える」
騎士たちの視線が集まる。
「第二は前衛。相手の攻撃を抑え込め」
「第三は偵察と伝令、及び第四の護衛」
「第四は後衛から魔法支援」
「第一は最後の砦として陣地を守る」
「第五は遊撃。敵の隙を突き、撹乱しろ」
理にかなっていた。
第二が前で受け、第三が走る。
第四が後ろから削り、第一が中核を締める。
第五は正面ではなく、横や裏を突く。
……まあ、第五は協調性がないからこの役割になっているのだろう。
ヴォルクハルトは最後に一言だけ付け加えた。
「各隊の動きを見て迎撃する。先走るな」
「質問はあるか」
誰も口を開かない。
「よし。では、配置につけ」
白隊は一斉に動き始めた。
第二の重装騎士たちが前へ出る。
第三の騎士たちが左右へ散る。
第四の魔法騎士たちが杖と魔導具を並べる。
第一は旗の周辺に陣取り、隙のない守りを作る。
ユウヤは遊撃の位置で木剣を肩に担いだ。
「……気持ち悪ぃ」
「ボス、大丈夫っすか」
「お前らが昨日飲ませすぎたせいだろうが」
「でもボス、かなり飲んでましたよ」
「覚えてねえって言ってんだろ」
その時、外へ出ていた第三の偵察役が土煙を上げながら戻ってきた。
「報告!」
息を切らしながら叫ぶ。
「黒隊が青隊へ攻撃を開始! すでに交戦中です!黄隊はこちらへ進行中! 赤隊はまだ動かず、戦況を見ています!」
ざわめきが走る。
ユウヤは小さく眉をひそめた。
「……黒っていうと、ベルグのとこか」
その横で、第五の騎士が小声で言った。
「ボス、ベルグ団長と第三の隊長ライナーは仲が悪いんすよ。会えば大抵、睨み合ってます」
別の第五の騎士も頷く。
「しかもベルグ団長、待つより先に殴る方が好きですからね。黒が青に行くのは、まあ順当っす」
エルンが、おずおずと口を開いた。
「黄がこっちに来るのは……やっぱり、総長がいるからですかね……」
「だろうな」
ユウヤは短く答える。
そこへ、もう一人の第五の騎士が前を見たまま言った。
「赤がまだ動かねえのも嫌っすね」
「第二のグレゴール団長は慎重派です。消耗したところに重装で来られたら、かなり面倒です」
「……なるほどな」
ようやく位置関係が見えてきた。
ヴォルクハルトは即座に指示を飛ばした。
「第二、前へ!」
「第四、詠唱準備!」
「第三、左右を固めろ!」
「第五、前に出すぎるな。敵が崩れた瞬間だけ動け」
命令が飛ぶたび、陣形が締まっていく。
ユウヤは前方を睨んだ。
土煙の向こうに、黄隊の影が見える。
その時だった。
腰のベルトが、小さく鳴った。
『観測されました』
ユウヤの眉がぴくりと動く。
まただ。
昨日から感じていた、あのざらついた嫌な違和感。
黄隊の中に、いくつも混じっている。
だが、まだ演習だ。
さすがにこの段階で変身するわけにはいかない。
「……チッ」
舌打ちしながら、木剣を握り直す。
次の瞬間。
黄隊の後方から、いきなり火が立ち上った。
「――ッ!?」
一つや二つではない。
十。
二十。
三十。
とんでもない数の火球が、一斉に空へ浮かび上がっていた。
「おい、待て……!」
ユウヤの顔が引きつる。
演習で禁止されているはずの火炎魔法。
それも、訓練用の規模ではない。
巨大だ。
明らかに殺傷力を持っている。
「まずい!! 火炎魔法だ!!」
誰かが叫ぶ。
「ちっ……どうなっている。第四! 迎撃しろ!」
ヴォルクハルトの声が飛ぶ。
白隊の第四魔法騎士たちが慌てて杖を掲げた。
「水壁展開!」
「水弾、前へ!」
「急げ!!」
何重もの水壁と水弾が放たれる。
だが、足りない。
火球の数が多すぎる。
出力も高すぎる。
水が一瞬で蒸発し、白煙が立ち上る。
それでも火球は止まらない。
「総長!」
誰かが叫ぶ。
ヴォルクハルトが前へ出た。
大剣を抜く。
重い鎧を着ているとは思えない踏み込みだった。
一閃。
剣から放たれた斬撃が火球のいくつかを薙ぎ払う。
轟音。
火が散る。
さらにもう一閃。
三閃。
空中で火球が次々に断ち切られ、爆ぜ、勢いを失う。
「第二、盾を上げろ!」
「第四は魔法を維持!」
「第三、左へ回れ! 術者を潰せ!」
命令が重なる。
白隊が一斉に動いた。
第二の前衛が盾を並べる。
第四が再び水魔法を重ねる。
第三の騎士たちが左右へ散り、黄隊の前線へ食い込んでいく。
第五の遊撃も横から走り、魔法騎士の詠唱を崩しに入った。
ヴォルクハルトはその先頭で、大剣を振るい続ける。
ただ強いだけではない。
指揮を執りながら、自ら最前線を押し返していた。
火球の雨は、やがて途切れた。
黄隊の前進が止まる。
距離を取り、体勢を立て直すように下がっていく。
ひとまず、白隊の戦線は持ちこたえた。
ユウヤは小さく舌を巻いた。
「……化け物かよ」
その時だった。
別方向から、鈍い衝突音が響いた。
ユウヤが顔を向ける。
黒隊と青隊がぶつかっている戦場だ。
土煙が大きく噴き上がっている。
その内側で、魔法の閃光が断続的に走る。
しかも、その外縁へ、様子を窺っていた赤隊までじわじわと食い込み始めていた。
「おい……」
嫌な汗が背中を伝う。
黒と青がやり合っているところへ、赤まで絡み始めた。
戦場が一つの塊になって、膨れ上がっていく。
一方、その渦中――青隊。
ライナーの指揮のもとで陣を立てていた青隊は、ベルグ率いる黒隊の猛攻を真正面から受けていた。
「押し返せ! 陣形を崩すな!」
ライナーの声が飛ぶ。
だが、前線の一部がおかしい。
第二の騎士が、狂ったように突進していく。
第三の騎士が、木剣とは思えない威力で相手を吹き飛ばす。
第四の魔法騎士が、演習で禁止されているような上位魔法を連発していた。
レオルドは木剣を構え、その異様さを肌で感じていた。
「……これは、一体……」
演習というより、戦場のような有様だった。
昨日までの比ではない。
気持ち悪い力が、あちこちで濃くなっている。
騎士たちの目が明らかにおかしい。
しかも、黒隊と青隊がぶつかったことで、それが一気に剥き出しになっていた。
そこへ、様子を見ていたはずの赤隊まで動き出す。
重装の列が、ゆっくりとしかし確実に外縁へ食い込んでくる。
レオルドは小さく目を細めた。
「このままでは……死者が出る」
白隊側でも、ヴォルクハルトがその光景を見て表情を変えた。
「……まずいな」
低く呟く。
ただの演習崩れではない。
向こうはもう、戦場になりかけていた。
ユウヤのベルトが、再び鳴る。
今度は先ほどよりも、はっきりと。
『緊急クエスト発生:暴走した騎士達を止めろ』
『警告:このままでは多数の死者が発生します』
『報酬:ヒーローポイント15』
「……またかよ」
ユウヤは歯を食いしばった。
視線の先では、黒と青と赤が、完全に一つの乱戦へ変わろうとしていた。




