第101話「二日酔いのボス」
翌朝。
ユウヤは、ひどい頭痛と共に目を覚ました。
「……っ、頭いてえ……」
酒だ。
昨日、第五の連中にしこたま飲まされた記憶がうっすらある。
いや、正確には――途中からほとんど覚えていない。
団長のベルグがやたら上機嫌で騒ぎまくっていたこと。
副団長のザックが途中から呆れた顔をしていたこと。
エルンが何故か泣きそうな顔で杯を持っていたこと。
そこまでは覚えている。
その先が、曖昧だった。
「……何やってたんだ、俺……」
額を押さえながら身体を起こした、その瞬間だった。
「ボスが起きたぞー!!」
「おはようございますボス!」
「おい、水持ってこい! 朝飯もだ!」
「ボス、今日は軍事演習っすよ!」
「……は?」
ユウヤは目を瞬かせた。
周囲では第五の騎士たちが妙に生き生きしている。
しかも全員、こっちを見ていた。
「待て」
ユウヤは眉をしかめた。
「何だ、ボスって……」
すると、昨日ぶん殴った覚えのある騎士の一人が真顔で言う。
「何だって……昨日、これから俺のことはボスと呼べ!って言ってたじゃないですか」
「ベルグ団長も、今日からボスが第五の頭だって」
「……」
「あと、宴会の途中でボス、自分で杯掲げてましたよ。“俺がボスだ! てめえら全員ついてこい!”って」
「嘘だろ……覚えてねえ……」
そこへ、奥からザックが面倒くさそうな顔で歩いてきた。
「朝からうるせえぞ」
「副団長、おはようございます!」
「はいはい」
ザックはユウヤを見て、小さく鼻を鳴らした。
「起きたか、ボス」
「あんたまで言うのかよ……」
「団長が決めた話だからな。今さら変わらねえよ」
ザックは壁にもたれながら続けた。
「それより、今日は大規模な軍事演習だ。選抜組は全員参加になる。もちろん、ボスもその一人だ」
「……は? 軍事演習!? 聞いてねえし、俺、二日酔いだぞ!?」
「そりゃあ、あんだけ飲まされたらな……」
ザックは呆れたような顔をした。
その後ろで、第五の連中は妙に盛り上がっていた。
「絶てぇボスに恥かかすんじゃねえぞ!!」
「今日は第五が最強ってことを分からせてやる!!」
「第一も第二も第三も第四もまとめて黙らせろ!!」
「朝からうるせえ!! 頭に響くだろうが!」
ユウヤが怒鳴ると、第五の連中が一瞬で背筋を伸ばした。
「「「はい、ボス!!」」」
「だから誰がボスだ……」
頭痛が少し増した気がした。
*
帝都の外れに設けられた大規模演習場には、朝早くから各騎士団が集結していた。
第一騎士団。
白銀の鎧を揃え、最前列に並ぶ姿はいかにも帝国騎士の花形といった風格がある。
全員が一糸乱れぬ動きで立ち、無言のまま周囲を見渡していた。
第二騎士団。
重装の比率が高く、全体的に威圧感が強い。
厚い鎧と大きな盾、重い得物。黙っているだけで壁のようだった。
第三騎士団。
無駄がない。
姿勢、視線、間隔、そのどれもがきっちり揃っている。
派手さはないが、完成度の高さが際立っていた。
第四騎士団。
鎧は比較的軽く、代わりに杖や魔導具を携えた者が多い。
隊列の後方には魔法陣の刻まれた箱まで並んでおり、明らかに他とは毛色が違う。
帝国騎士団が誇る魔法部隊だ。
そして――第五騎士団。
一応、並んではいる。
本当に一応だ。
列というより、喧嘩寸前の集団にしか見えない。
「おい押すな!」
「押してねえよ! てめえが近いんだよ!」
「ボスに恥かかすんじゃねえぞ!!」
「俺たちが最強だ!!」
「うるせえ!! 黙って並んでろ!!」
ユウヤの一喝で、第五の列がびしっと静まる。
「「「はい、ボス!!」」」
ベルグがドヤ顔でほかの隊の方を見る。
「ガハハハ!! 見ろ! これが新しい俺たちのボスだ!」
そのやり取りだけで、周囲の視線が刺さった。
第一の連中は露骨に眉をひそめ、第二は呆れ、第三は冷たい目を向け、第四は少し引いた顔をしている。
第五は、今日も第五だった。
一方その頃。
第三騎士団の列にいたレオルドは、少し離れた場所からその光景を見ていた。
「……ユウヤは、すごいですね」
思わず、そう呟く。
たった二日で、第五騎士団の中心に立っている。
もちろん、本人の意思ではないのだろう。
だが、それでも結果としてそうなっているのだから、やはりすごい。
「ですが目立ち過ぎですね。二日で第五騎士団のトップになるなんて……」
少し呆れたように首を振る。
そして、その後で小さく呟いた。
「それに比べて私は、しっかり溶け込んでいます」
全く溶け込めていなかった。
第三の列の中でも、レオルドは妙に浮いている。
剣を携えているだけで、只者ではない雰囲気を出している。
明らかに周囲より目立つ。
しかも本人だけ、それに気づいていない。
近くにいた見習いが小さく舌打ちしたが、レオルドはそれすら「緊張しているのでしょう」と解釈していた。
高台へ進行役の騎士が上がる。
「静まれ!」
声が演習場全体へ響いた。
第一から第四までは、すぐに静まった。
第五だけが一拍遅れた。
「ボス、静まれだってよ」
「聞こえてんだよ」
ユウヤが小声で返すと、また周囲が妙に感心したような顔をした。
進行役の騎士は咳払いを一つして、続ける。
「これより、帝国騎士団による大規模軍事演習を開始する! 各騎士団は指定区画へ移動し、順次説明を受けろ!」
ざわめきが少し広がる。
まるで戦争前かと思うほどの大規模演習だ。
普段の訓練とは空気が違う。
各騎士団はそれぞれの区画へ向かって歩き始める。
その途中、ほんの一瞬だけ、ユウヤとレオルドの目が合った。
レオルドは何故か得意げな顔をした。
ユウヤは、何とも言えない顔になった。
(……何かやらかしてねえだろうな、あいつ)
そう思った。
だが、ここでわざわざ声をかければ余計に目立つ。
第三と第五は配置まできっちり離されていた。
レオルドの方もそれは分かっているのか、すぐに視線を戻した。
ユウヤも何も言わず、第五の列へ意識を戻す。
「ボス、第三のやつら、すましててムカつきますね」
「お前らがうるせえだけだ」
「静かにしろ」
すぐ後ろからザックの冷えた声が飛んだ。
少し前を歩くベルグが、楽しそうに振り返る。
「ははっ! 今日も真面目だな、ザック! 演習なんざ、騒いでやってなんぼだろ!」
「そんな訳ねえだろうが!」
第五は今日も平常運転だった。
第一演習の内容は、すぐに発表された。
「第一演習は、各騎士団混成による模擬戦闘だ!」
ざわめきが走る。
各騎士団ごとではない。
混成だ。
つまり、第二、第三、第四、第五、そして第一の騎士が同じ場に入る。
ユウヤは小さく息を吐いた。
「……めんどくせえ」
まだ酒が抜けてない。
二日酔いで気持ち悪い。
だが、少しずつ意識は冴えてきた。
その分、別のものが気になり始める。
整列している他団の中に、何人か妙なやつがいる。
強いとか弱いとかではない。
もっとざらついた、嫌な感じだ。
第二、第三、第四騎士団だけ違和感がある。
どこかで感じたことのある違和感が。
「……何だ、ありゃ」
小さく呟く。
一方、第三の列ではレオルドもまた同じものを感じ取っていた。
やはりいる。
訓練の時に感じた、あの気持ちの悪い感覚。
今日は普段よりも濃い。
第三だけではない。
第二にも。
第四にも。
特に第四の一部からは、魔力とは違う、もっとどろりとした嫌な圧が混ざっている。
第四の若い騎士が、軽く杖を振っただけで魔力がぶわりと膨らんだ。
本来その年齢、その階級で出せるはずのない密度だった。
レオルドは少しだけ目を細めた。
(やはり……)
その瞬間だった。
第二の列の端にいた騎士が、重装のくせに妙に軽い足取りで位置を変えた。
鎧の重さに見合わない踏み込みだった。
さらに第三では、昨日呼び出されていた見習いの一人が、口元を拭うようにして下を向く。
息が荒い。
目もどこか虚ろだ。
第四では、魔法部隊の一人が杖を握る手を小刻みに震わせていた。
だが魔力だけは、異様に高い。
「おい、しっかり立て」
「あ、はい……」
横の騎士に小突かれ、その見習いは返事をする。
だが、目が妙だった。
血走っている。
レオルドはその様子を見つめた。
(前回の訓練の比じゃない……)
一方、ユウヤの隣では、エルンが小さく袖を引いた。
「ゆ、ユウヤさん……」
「何だ」
「第二も、第三も……あと第四の人たちも、何か変じゃないですか……?」
ユウヤは少しだけ目を見開く。
エルンですら分かるくらいか。
「……ああ」
短く答えた、その時だった。
少し前を見ていたベルグが、舌打ち混じりに呟く。
「ちっ……ありゃあ、だいぶキマってんな……」
ユウヤが眉をひそめる。
「どういうことだ?」
後ろからザックが低く続けた。
「……例の薬か。第一の方は総長が上手くやってるようだが」
ユウヤの目つきが変わる。
「おい、それ。詳しく――」
そこで、演習場全体に号令が響いた。
「各隊、開始位置につけ!!」
ざっと空気が張り詰める。
ザックは前を向いたまま言う。
「後で話す。今は動くぞ」
ユウヤは舌打ちを飲み込んだ。
頭痛はまだ残っている。
だが、もうそれどころではない。
第二。
第三。
第四。
全部にいる。
逆に、第一と第五には今のところ感じない。
ただの演習じゃない。
そんな確信が、じわじわと形を持ち始めていた。
ざっと地面を鳴らすように、騎士たちが一斉に動き出した。
第一から第五まで。
帝国騎士団のすべてが、今ひとつの演習場で交わる。
その中で。
ユウヤとレオルドは、それぞれ別の列にいながら、同じ異常を見ていた。




