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次の鐘が鳴るまで  作者: パルパル


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第25話 扉の向こうの少女

 「開けないで、って……」


 美咲が呟いた。


 扉の向こうから聞こえた声は、幼い少女のものだった。


 怯えているようにも、助けを求めているようにも聞こえた。


 しかし、直人には違和感があった。


 声が近すぎるのだ。


 分厚い金属扉の向こうから聞こえているはずなのに、まるで耳元で囁かれたようにはっきりと聞こえる。


「記録者。中に誰かいるんですか」


「分からない」


「あなたにも分からないんですか?」


「ここにあるのは、記録されなかったものだ。私が知っているのは、記録されたことだけだ」


 直人は扉を見つめた。


「それなら、開けて確かめるしかないでしょう」


「待ってください」


 美咲が直人の腕をつかんだ。


「この扉、変です」


「どこが?」


「……私、声を聞いたとき、懐かしいと思ったんです」


 美咲は自分の手のひらを見つめた。


 そこには、文字が浮かび始めていた。


 ――開けば、戻れない。


「戻れないって、どういう意味だよ」


 直人が尋ねても、手のひらの文字は増えなかった。


 佐伯は鍵を見つめていた。


「この鍵を渡すように言ったのは、千尋だ」


「思い出したんですか?」


 管理人が尋ねた。


「いや。思い出したわけじゃない。ただ……そう確信できるんだ」


 佐伯は胸元を押さえた。


「顔も声も分からない。でも、あの子は俺に何かを託した。俺は、それを守れなかった」


「まだ、守れなかったと決まったわけじゃありません」


 直人は言った。


「忘れてしまったことと、約束を破ったことは、同じじゃないと思います」


 佐伯は顔を上げた。


 何かを言おうとして、やめた。


 そのとき、扉の向こうから再び声がした。


『直人さん』


 全員が凍りついた。


 少女は、直人の名前を呼んだ。


『直人さん、聞こえますか』


「……俺を知っているのか?」


『知っています』


 声は静かだった。


『でも、あなたは私を知らない』


 直人は鍵を握る手に力を込めた。


「君は千尋なのか?」


 長い沈黙があった。


 やがて、少女は答えた。


『千尋は、ここにはいません』


「じゃあ、君は誰なんだ」


『私は――』


 その瞬間、地下室の照明が一斉に消えた。


 暗闇の中で、何かが走る音が響く。


 壁にぶつかる音。


 荒い呼吸。


 そして、複数の人間が同時に叫ぶ声。


「何だ!」


 管理人が叫んだ。


 直人は反射的に美咲をかばった。


 暗闇の奥から、ひとりの男が飛び出してきた。


 目は虚ろで、口元から涎が垂れている。


 その手には、折れた金属棒が握られていた。


「危ない!」


 佐伯が叫ぶ。


 男は直人に向かって突進してきた。


 直人は美咲を押しのけ、男の前に立った。


 金属棒が振り下ろされる。


 直人の肩に激痛が走った。


「ぐっ……!」


 倒れかけた直人の傷口が、淡い光に包まれた。


 いつもの治癒能力だった。


 しかし、今回は違った。


 傷が塞がると同時に、男の動きが止まったのだ。


 虚ろだった目に、一瞬だけ意識が戻る。


「……あ、れ?」


 男は自分の手にある金属棒を見つめた。


「俺は……何を……」


 次の瞬間、彼は膝から崩れ落ちた。


 直人は息を切らしながら、男を支えた。


 その背後で、記録者が叫んだ。


「扉から離れろ! そいつを中に入れるな!」


 直人が振り返る。


 金属扉が、わずかに開いていた。


 隙間の向こうには、誰もいない。


 ただ、暗闇の中に一枚の紙が置かれていた。


 そこに書かれていたのは、たった一文だった。


 ――鐘が鳴る前に、彼を殺せ。


 直人は紙を握りつぶした。


「……誰が、こんなものを」


 答えはなかった。


 だが、彼は気づいていた。


 紙に書かれた「彼」という言葉が、自分を指しているのかもしれないということに。

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