第13話 地下に残された記録
男たちとの交渉は、幸いにも暴力に発展しなかった。
直人たちは薬を一部だけ分ける代わりに、必要な物資を持ち帰ることを認めてもらった。
納得したわけではない。
互いに、今は争う余裕がないと判断しただけだった。
建物へ戻ると、直人は薬を管理人に渡した。
それから、拾った紙片と、壁に描かれていた印について説明した。
「地下へ行け、か……」
管理人は難しい顔をした。
「この建物の地下には、昔使われていた通路がある。だが、今は封鎖されているはずだ」
「どうして封鎖されたんですか?」
「詳しくは知らん。かなり前の話だ」
直人は、紙片を見つめた。
美咲が聞いた声。
地下へ行けという言葉。
街で見つけた印。
偶然だと片づけるには、気になることが多すぎた。
「一度、確認したいと思います」
「危険だぞ」
「分かっています。でも、何か分かるかもしれない」
管理人はしばらく黙っていた。
やがて、古い鍵を取り出した。
「地下への扉は、建物の裏にある。行くなら、必ず誰かと一緒に行け」
直人はうなずいた。
その日の午後、直人と同行者の男は、建物の裏手へ向かった。
鉄製の扉には、錆が浮いていた。
鍵を差し込む。
重い音がして、扉が開いた。
階段の先は暗かった。
懐中電灯の光を頼りに、二人はゆっくりと降りていく。
湿った空気。
壁に残る水染み。
足元に散らばる古い紙。
そこは、長い間、人が使っていない場所のように見えた。
しかし、奥へ進むと、机や棚が置かれた小さな部屋があった。
「誰かが使っていたのか……?」
男がつぶやいた。
机の上には、何冊ものノートが積まれていた。
直人は一冊を開いた。
そこには、日付と時刻が並んでいた。
最初のページには、こう記されていた。
『観測記録。鐘の音と人間の行動変化について』
直人は息を呑んだ。
ページをめくる。
鐘が鳴った時刻。
人々の変化。
正気に戻った後の記憶の有無。
断片的ではあるが、確かに記録されていた。
「これを書いた人間は、鐘のことを知っていたんでしょうか」
同行者が言った。
「……少なくとも、記録しようとしていた」
直人はノートを読み進めた。
そのとき、最後のページに目が留まった。
そこには、短い一文が書かれていた。
『最初の鐘を確認。発生時刻、予測より早い』
直人は、日付を確認した。
そこに記されていたのは、世界中で最初の鐘が鳴った日よりも、数日前の日付だった。
「そんな……」
直人はページを見つめた。
鐘が鳴る前から、誰かがその存在を知っていた。
あるいは、鐘に似た何かを観測していた。
どちらにしても、偶然では済まされない。
さらにページをめくろうとしたとき、背後で足音がした。
二人は振り返った。
階段の上に、誰かが立っていた。
顔は暗くて見えない。
その人物は、静かな声で言った。
「それ以上、読まない方がいい」
直人はノートを握りしめた。
「あなたは、誰ですか?」
返事はなかった。
代わりに、その人物は一歩、階段を下りてきた。




