第11話 美咲の手
直人さん、少しだけいい?」
夜。
負傷者たちが眠りについたあと、美咲が声をかけてきた。
直人は壁にもたれながら顔を上げた。
「どうしたの?」
「見てほしいものがあるの」
美咲は、自分の右手を差し出した。
何も変わったところはない。
普通の手だった。
けれど、美咲の表情は真剣だった。
「昨日から、時々変な感じがするの」
「変な感じ?」
「手の奥が、熱くなるみたいな……でも、熱いわけじゃない」
直人は美咲の手をそっと取った。
初めて彼女の手に淡い光が生まれたときのことを思い出す。
あれは、偶然だったのだろうか。
「何か、きっかけはあった?」
「分からない。鐘が鳴ったときとか、誰かが大きな声を出したときとか……」
美咲は言葉を切った。
「それと、直人さんが誰かを治療しているとき」
直人は顔を上げた。
「僕が?」
「うん。近くで見ていると、手の奥が少しだけ熱くなるの」
直人は彼女の手を見つめた。
自分の能力と関係があるのだろうか。
それとも、鐘そのものと関係があるのか。
まだ何も分からない。
「痛みはある?」
「ないよ」
「気分が悪くなったりは?」
「それもない」
「だったら、無理に何かしようとしない方がいい。変化があったら、すぐに教えて」
美咲はうなずいた。
直人は手を離そうとした。
その瞬間だった。
美咲の指先が、ほんのわずかに光った。
直人は息を止めた。
淡い光。
自分が治療するときに現れるものと、よく似ている。
しかし、違った。
直人の光は、傷に触れたときに広がる。
美咲の光は、何にも触れていないのに、指先からにじみ出ていた。
「……今の、見えた?」
美咲が尋ねた。
「うん」
「私、どうなっちゃうのかな」
その声には、隠しきれない不安があった。
直人はすぐには答えられなかった。
大丈夫だと、言ってあげたかった。
でも、根拠のない安心を与えることはできない。
「まだ分からない。でも、一人で抱え込まなくていい」
美咲は、少しだけ表情を緩めた。
「ありがとう」
そのとき、遠くから物音が聞こえた。
建物の外だった。
直人は立ち上がろうとしたが、美咲が袖をつかんだ。
「待って」
「どうしたの?」
「……今、声がした」
「声?」
美咲は目を閉じた。
「鐘が鳴る直前に聞こえた声と、同じ」
直人の背筋が冷たくなった。
「何て言っていたの?」
美咲は、しばらく黙っていた。
やがて、震える声で答えた。
「地下へ、って」
直人は美咲を見つめた。
地下。
この建物の下には、古い地下通路があると管理人から聞いたことがあった。
だが、そこは危険だから近づくなと言われていた場所だった。
「声は、どこから聞こえた?」
「分からない。でも……」
美咲は、窓の外を見た。
「私たちを呼んでいる気がした」
直人は窓に近づいた。
夜の街は暗い。
遠くで、何かが動いたように見えた。
目を凝らしても、何も見えない。
ただ、街の向こうにある古い建物の屋上で、小さな光が一度だけ瞬いた。
それは、直人の手に現れる光と、よく似た色をしていた。




