第10話 治療の順番
「次の方、こちらへ来てください!」
直人の声は、思っていた以上にかすれていた。
床に敷かれた毛布の上には、負傷者が並んでいる。
腕を骨折した者。
頭を打った者。
歩くことさえ難しい者。
幸い、命に関わるほどの重傷者は多くなかった。
しかし、全員を治療できるかと問われれば、答えは決まっていた。
無理だ。
直人の体力にも限界がある。
能力を使うたび、指先から熱が抜けていく。頭の奥には鈍い痛みが広がり、立ち上がるだけでも息が切れるようになっていた。
「黒田さん、こっちの人を先に!」
管理人が声を張り上げた。
「いや、こっちの子供が先だ!」
別の男が言い返す。
「この人は歩けるだろう! 先に動けない人を助けろ!」
「俺の妻は出血しているんだぞ!」
声が重なり、空気が荒れていく。
直人は目を閉じた。
落ち着け。
まず、命に関わる傷を確認する。
出血が止まらない人。
呼吸が苦しそうな人。
意識がはっきりしない人。
順番を決めるしかない。
「……重傷の方から治療します。歩ける方は、壁際で待ってください」
「どうして俺が後なんだ!」
「順番を守ってください!」
自分でも驚くほど強い声が出た。
男は口を閉じた。
直人は、傷の深い女性のもとへ向かった。
手を当てる。
光が生まれる。
傷が閉じていく。
その瞬間、目の前がぐらりと揺れた。
「……っ」
直人は壁に手をついた。
「直人さん!」
美咲が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「平気……少し、立ちくらみがしただけだ」
嘘だった。
指先の感覚が薄れている。
身体の芯が冷たい。
それでも、まだ助けを求めている人がいた。
直人は再び膝をついた。
「次の方……」
「もうやめてください」
美咲が言った。
直人は顔を上げた。
「でも、まだ治療が……」
「直人さんが倒れたら、誰が助けるんですか」
返す言葉がなかった。
そのとき、先ほど治療を受けた男が立ち上がった。
「俺がやります」
「何を?」
「水を運ぶとか、毛布を配るとか……できることなら」
男は周囲を見渡した。
誰も、すぐには返事をしなかった。
男が人を傷つけたことを、みんな知っている。
その男に仕事を任せていいのか。
誰もが迷っていた。
「……お願いします」
直人は言った。
男は驚いたように顔を上げた。
「ただし、無理はしないでください。痛みがあるなら、すぐに言ってください」
「はい……」
男は深く頭を下げた。
直人は壁際に座り込み、息を整えた。
美咲が水を差し出す。
「ありがとうございます」
水を飲んだ。
冷たかった。
喉を通っていく感覚だけが、妙にはっきりしていた。
「直人さん」
「うん?」
「さっき、傷が治った人……」
「どうしたの?」
「傷はなくなったのに、ずっと震えてる人がいる」
直人は、少し離れた場所にいる男を見た。
治療を受けた男だった。
彼は自分の手を見つめていた。
傷はない。
血も止まっている。
それなのに、男の震えは収まっていなかった。
「……体の傷と、心の傷は違うんだ」
直人はつぶやいた。
美咲は何も言わなかった。
その日の夕方、管理人が備蓄品を確認した。
「水が、あと二日分しかない」
誰かが息を呑んだ。
「食料も同じくらいだ。外へ出て調達しなければならない」
直人は立ち上がろうとした。
だが、膝に力が入らなかった。
美咲が支えてくれた。
直人は自分の手を見た。
誰かを救う力。
その力を使い続ければ、いつか自分が動けなくなる。
そして、自分が動けなくなったとき。
ここにいる人たちは、どうなるのだろう。
答えは、まだなかった。




