第7話:傘と罪悪感の等価交換
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
モブの罠にハマり、雨宿りを余儀なくされた一条さん。
そこへ現れたのは、しっかり傘を持参した主人公・風間くんでした。
観客席から見守る渉と鈴木さんの前で、王道の「相合傘イベント」は発生するのか!?
昇降口には、雨宿りをする生徒たちが少しずつ増え始めていた。
一条さんは下駄箱の前に立ったまま、スマホで雨雲レーダーでも見ているのか、困り果てた顔で画面と外の景色を交互に見つめている。
「……来た」
隣に潜む鈴木さんが、短く囁いた。
階段の方から、いつものように猫背で気配を消した風間海斗が降りてくる。
そして、彼の手には――しっかりとしたビニール傘が握られていた。
「おいおい、あいつ俺の洗濯物トラップをすり抜けて傘持ってきたのかよ」
「……警戒心マックスの主人公。でも、好都合。これで『傘を貸す』イベントが発生する」
俺たちは柱の陰から、祈るような気持ちで風間の動向を見守った。
風間は昇降口に立ち尽くす一条さんの背中を見つけると、一瞬だけ歩みを止めた。
そして、小さく息を吐いてから、彼女の隣へと歩み寄っていく。
「おい風間、ここでスルーして帰ったら男じゃないぞ。一生モブのままだぞ」
「……行け、風間くん。ヒロインがピンチ」
俺たちの念が通じたのか、風間は一条さんの横に立つと、ぽつりと声をかけた。
「……一条さん。傘、忘れたの?」
「あっ、風間くん……。うん、朝は晴れてたし、お向かいさん洗濯物干してたから、つい……」
一条さんが気まずそうに笑う。
すると風間は、自分が持っていたビニール傘を、迷うことなく一条さんの前にスッと差し出した。
「え……?」
「これ、使って。俺、走って帰るから」
「だ、だめだよ! こんなに降ってるのに、風間くんが濡れちゃうよ!」
一条さんが慌てて断ろうとするが、風間は傘の柄を彼女の手に無理やり押し付けた。
「いいから。男が少し濡れるくらい、どうってことない。……じゃあな、気をつけて帰れよ」
そう言い残すと、風間は一条さんが止める間もなく、激しい雨が打ち付ける外へと勢いよく飛び出していった。
水しぶきを上げながら、あっという間に見えなくなっていくその背中。
残された一条さんは、押し付けられた傘を両手でギュッと握りしめ、雨に消えた風間の背中を、頬を真っ赤にして見つめていた。
「……よしっ!!罪悪感半端ないけどっ」
「……第一関門、突破。完璧な王道展開」
俺と鈴木さんは、暗がりで音のないハイタッチを交わした。
ヒロインを気遣い、自らは雨の中を駆け抜ける主人公。
それを胸に刻み込むヒロイン。
俺たちの仕掛けたトラップから、見事なまでに理想的なラブコメイベントが錬成されたのだ。
翌朝、すっかり晴れ渡った空の下、俺たちはいつものように教室でターゲットの登校を待っていた。
ガラリ、と教室のドアが開く。
入ってきた風間を見た瞬間、俺と鈴木さんは同時に息を呑んだ。
「……ゴホッ、ケホッ……」
風間は、誰の目から見ても明らかに体調が悪そうだった。
顔色は青白く、目の下にはうっすらとクマができている。
重い前髪の隙間から見える目は潤んでおり、熱があるのは明白だ。
彼は自分の席につくや否や、机に突っ伏してしまった。
「……佐藤くん」
「……ああ、分かってる」
俺と鈴木さんは、顔を見合わせた。
斜め前では、一条さんが心配そうに風間の背中をチラチラと見つめている。
風間が風邪を引いた原因。
それは紛れもなく、昨日の大雨の中を走って帰ったからだ。
そして、彼が走って帰るハメになったのは、一条さんが傘を忘れたから。
一条さんが傘を忘れたのは――俺がベランダに、錯覚用の洗濯物を干したからだ。
「……やばい。完全に俺たちのせいで風邪引かせた」
「……罪悪感が、エグい。フィクションの裏側には、リアルな犠牲が伴う」
俺たちは頭を抱えた。ただラブコメを観測したかっただけなのに、まさか主人公に物理的なデバフを与えてしまうなんて。
俺と鈴木さんは、机の下で固く拳を握りしめ、心に誓った。
この後、風間と一条さんのために、全力でサポート(贖罪)をしなければならない、と。
第7話をお読みいただき、ありがとうございました。
傘を押し付けて雨の中を走り去る風間くん、完全にイケメン主人公ムーブでしたね。
しかし、フィクションの裏にはリアルな犠牲が……。
自分たちの仕掛けたトラップで主人公を物理的にデバフ(風邪)してしまい、特大の罪悪感を抱えるモブ二人。次回、第8話からは怒涛の「贖罪ミッション」がスタートします!




