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モブの俺たちが主役カップルを裏工作でくっつけようとした結果、なぜか俺と相棒のクーデレ女子の距離がバグり始めている  作者: 比津磁界


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第67話:ヒロインの耳打ちと、空白の1週間

月曜日の昼休み。

俺と彩は、校舎の裏手にあるあまり人が来ない中庭に呼び出されていた。

呼び出しの主は、もちろん一条さんだ。


「ごめんね、二人とも。お昼休みなのに」

「いや、全然大丈夫だけど。どうしたの、こんな所に呼び出して」


俺がそう尋ねると、一条さんは少しだけ頬を赤らめ、もじもじと両手を前に組んだ。

その様子を見ただけで、これから彼女が何を言うのかなんて痛いほど予想がついた。

というか、昨日の水族館での一部始終をクラゲ水槽の陰からガン見していた俺たちにとっては、もはや答え合わせでしかない。


それでも、俺たちは『何も知らないモブと相棒』という役割を最後までまっとうしなければならない。


「……あのね。実は昨日、水族館で風間くんに告白して……。その、付き合うことになったの」


照れくさそうに、でも最高に幸せそうな笑顔で報告してくる一条さん。

その瞬間、俺と彩は顔を見合わせ、百点満点のリアクションを返した。


「えっ! マジで!? お前ら、付き合うことになったの!?」

「一条さん、おめでとう。よかったね」


俺がわざとらしく驚いてみせると、彩も普段の無表情を少しだけ緩めて、心からの祝福を贈る。

水族館で成功したことは知っていたけれど、こうして本人の口から直接聞くと、やっぱり少しだけ感慨深いものがあった。

ずっと俺たちが見守ってきた王道ラブコメの主人公とヒロインが、無事にハッピーエンドを迎えたのだから。


「うん、ありがとう。これも全部、佐藤くんと鈴木さんがいろいろ協力してくれたおかげだよ」

「俺たちは別に、大したことしてないって。一条さんが頑張ったからだろ」


一条さんは嬉しそうに笑うと、少しだけ声を潜めて言った。


「まだクラスの他の人には内緒なんだけどね。協力してくれた二人には、一番に伝えたくて」


秘密の共有。

メインキャラクターからこんな風に信頼を寄せられるなんて、モブとしては名誉なことだ。


「そっか。まあ、海斗のやつも目立つの嫌いそうだしな。俺たちは絶対言わないから安心しろ」

「うん、よろしくね。……あ、そうだ鈴木さん」


そろそろ教室に戻ろうかというタイミングで、一条さんが不意に彩の手を取った。

そして、彩の耳元に顔を寄せ、ナイショ話をするように何かをヒソヒソと囁いた。


「え……?」

何を言われたのかは、少し離れていた俺には全く聞こえなかった。

ただ、一条さんの言葉を聞いた彩が、少しだけ目を丸くして驚いたような顔をしたことだけは分かった。


「……ふふっ。じゃあね」

「う、うん……」


一条さんはイタズラっぽく笑うと、パタパタと小走りで校舎の中へと戻っていった。

残された俺と彩。

中庭に、静かな空気が流れる。


「……今、一条さんになんて言われたんだ?」

気になって俺が尋ねると、彩は少しだけ慌てたように目を逸らし、首を横に振った。


「ううん、何でもない。女の子同士の内緒話」

「……そっか。まあ、いいか」


それ以上追及するのも野暮な気がして、俺は引き下がった。

彩の顔が少しだけ赤い気がしたけれど、初夏の昼下がりの陽射しのせいかもしれない。


「じゃあ、俺たちも戻るか」

「うん」


並んで校舎へ向かって歩き出す。

いつもなら、ここで「これからの作戦」について話すところだ。

でも、もうその必要はない。

俺と彩を繋いでいた『見守り』という口実は、今、この瞬間に完全に消滅した。



その日の放課後。

俺は一人で帰り道を歩いていた。

彩とは、ホームルームが終わった後、「じゃあ、またね」と軽く挨拶を交わしただけで別れた。

今までなら、「打ち合わせしよっか」と俺の部屋に転がり込んできたり、一緒にカフェに行ったりしていたのに。

口実がなくなった俺たちには、一緒に帰る理由なんてどこにもなかった。


「……これで、本当に終わったんだな」


夕暮れの道を歩きながら、俺はぽつりと呟いた。

ずっと追いかけてきた王道ラブコメが、最高の形で大団円を迎えた。

メインカップルは結ばれ、俺たちモブは日常へと帰っていく。


いつもなら、お気に入りのラブコメ小説を最終巻まで読み終えた後は、心地よい幸福感と、少しの寂しさが入り混じったような、満たされた気持ちになるはずだった。

他人の恋愛を観測して、「頑張れ」と応援し、それが実ったのを見届ける。

それは俺にとって、一番の娯楽であり、日常のスパイスだった。


なのに。

今の俺の胸の中にあるのは、幸福感とは程遠い、ぽっかりと穴が空いたような虚無感だった。


(……つまんねえな)


なんでこんなに虚しいんだろう。

その理由は、自分でも痛いほど分かっていた。

俺は、一度知ってしまったのだ。


休日の朝から一緒に電車に乗って出かけること。

狭い部屋で、肩が触れ合う距離でフロアマップを覗き込むこと。

エプロン姿のこいつが作ってくれた、あったかいご飯を食べること。


彩と一緒に過ごす、あの甘くて穏やかな時間。

その幸福を知ってしまった今の俺は、もう「何事も起きないただのモブの日常」なんかじゃ、全く満足できなくなってしまっていた。



それからの1週間は、本当に、どうしようもなくつまらない日々だった。


火曜日。

朝、アパートのドアを開けても、そこには誰もいない。

学校で彩と顔を合わせれば、「おはよう」と挨拶はする。

授業の合間に、少し言葉を交わすこともある。

でも、それだけだ。


水曜日。

昼休み、自分の席で本を読んでいる彩の横顔を、無意識に目で追ってしまっている自分がいた。

ふと視線が合いそうになって、俺は慌てて前を向いた。


木曜日。

放課後、下駄箱で偶然一緒になった。「帰るの?」「うん。渉くんは?」「俺も。……じゃあな」「うん、また明日」。

一緒に帰ろう、の一言が言えなくて、俺たちは別々の方向へと歩き出した。


金曜日。

一人で部屋にいると、やけに部屋が広く、静かに感じられた。

キッチンからは、当然だけど料理の匂いもしない。

ローテーブルには、二人で覗き込んだタブレットがただポツンと置かれているだけだった。


この1週間、俺はずっと考え続けていた。

俺は、どうすればよかったのか。


「……今思えば」


ベッドに仰向けに倒れ込み、天井の木目をぼんやりと見つめる。

答えなんて、とっくの昔に出ていた。

俺が認めたくなくて、ずっと目を逸らしていただけだ。


俺は、あやかのことが好きだったんだ。


ただの相棒なんかじゃない。

一緒にいるのが心地よくて。少し不器用だけど優しい気遣いが嬉しくて。

気がつけば、一条さんや海斗の恋愛の行方よりも、隣にいるあいつの一挙一動の方が、俺の心を大きく揺さぶっていた。


自分みたいな徹底したモブに、こんな感情が芽生えるなんて思ってもみなかった。

ましてや、こんなにも距離が近くなる女の子ができるなんて、去年の俺に言っても絶対に信じないだろう。


素直になるべきだったんだ。

「一緒に帰ろう」って。

「うちでご飯食べていかないか」って。

ただそれだけ言えばよかった。


でも、怖かった。

せっかく築き上げた、あのかけがえのない関係性まで壊れてしまうかもしれない。

あの楽しかった時間を、二度と取り戻せなくなるのが、どうしようもなく怖かったのだ。


モブは、自分からイベントを起こせない。与えられた役割を演じきったら、あとは主人公たちの邪魔にならないように生きるだけ。


「……ハッ」


俺は、誰もいない部屋で自嘲気味に笑い声を漏らした。


この感情も、どっかのラノベで読んだ展開だな。


胸を締め付けるその後悔と寂しさを抱えたまま、俺はゆっくりと目を閉じた。

第67話をお読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援をいただけますと嬉しいです!

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