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モブの俺たちが主役カップルを裏工作でくっつけようとした結果、なぜか俺と相棒のクーデレ女子の距離がバグり始めている  作者: 比津磁界


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第63話:モヤモヤと、カウントダウン

カフェでの一条さんとの遭遇をどうにかやり過ごし、俺と彩は一旦俺の部屋へと戻ってきた。

これで本当に、一泊二日のお泊まりイベントも終了だ。


「……じゃあ、俺はこっちで着替えるから。彩は洗面所で着替えるか?」

「ううん。制服はシワにならないように畳んで鞄に入れる。……この服のまま、帰る」

「そっか。わかった」


俺は自室に入り、ダボっとした白Tシャツと黒スキニーから、いつもの着慣れたパーカーとジーパンに着替えた。

たったそれだけのことなのに、なんだか魔法が解けて、ただのモブに戻ってしまったような不思議な感覚があった。


洗面所から出てきた彩は宣言通り、さっきまで俺とお揃いだった白Tシャツと黒スキニーのままだった。手には、神絵師のサイン入りアクリルボードが入った紙袋を大事そうに抱えている。

いつものパーカー姿に戻った俺と並ぶと、やけに彩のお洒落さが際立って見えた。


アパートを出て、彩の家まで歩く。

空はすっかりオレンジ色に染まっていた。

夕暮れの住宅街を、並んでゆっくりと歩く。

長くなった二人の影が、アスファルトの上で付かず離れず揺れていた。


「……今日のイベント、マジで楽しかったな」

俺がぽつりとこぼすと、彩は紙袋を胸にギュッと抱き寄せながら小さく頷いた。


「うん。……サイン、家宝にする」

「違いない。俺も部屋の一番いいとこに飾ろ」


純粋なオタク友達としての他愛のない会話。

こういう話をしている時の彩は、普段の無表情が少しだけ緩んでいて、年相応の女の子らしくて普通に可愛いと思う。


「いよいよ来週だな、水族館」

話題は自然と、さっきカフェで聞いた一条さんの告白へと移った。


「うん。……上手くいくといいな」

「海斗のやつ、一条さんに告白されたら絶対パニックになるだろうな。でも、あいつならちゃんと一条さんの気持ちに応えるはずだ」


俺たちがずっと裏から見守ってきたメインカップルの恋が、ついに実を結ぶ。

プロデューサーとしてはこれ以上ないくらい喜ばしい結末だし、俺も彩も、心から二人のハッピーエンドを願っている。


(でも……)


隣を歩く彩の横顔を盗み見る。

夕日に照らされた白い横顔と、少しだけ上がった口角。

メガネの奥の黄色い瞳が、まっすぐ前を見据えている。

海斗と一条さんが付き合ったら、俺たちはもう「作戦会議」なんて口実で一緒に帰ることも、休日に出かけることもなくなる。

ただの席が近いクラスメイトに戻ってしまう。


俺は心の中に広がる黒いモヤモヤをグッと飲み込んだ。

役目が終わるのが寂しいなんて、ただのモブである俺が口にしていいはずがない。

口実がなくなるまでの残り少ないカウントダウンから目を逸らすように、俺はただ隣を歩く彩との静かな時間を噛み締めていた。



翌日の日曜日。

俺は朝から、アパートの一階にあるカフェでアルバイトのシフトに入っていた。


カランコロン、とドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

布巾でテーブルを拭きながら入り口に目を向けると、そこには見慣れた黒髪ショートの女子が立っていた。昨日のペアルックとは違う、いつもの控えめな私服姿だ。


「……彩?」

「こんにちは。コーヒー、一つお願い」


彩は当然のような顔で注文すると、店の隅にある小さなテーブル席にちょこんと座った。

手には文庫本を持っている。どうやら、本気でここで時間を潰すつもりらしい。


「お前、なんでここに……」

俺がお冷やを運びながら小声で尋ねると、彩は本から目を離さずに淡々と答えた。

「休日だし。読書するのにちょうどいいから」

「いや、まあそうだけど」


カウンターの奥を見ると、マスターが「いいんだよ、気にするな」と言わんばかりにウインクをしてきた。

事情を察してくれているマスターの公認なら、俺が追い出す理由もない。


結局、彩はその日、文字通り『一日中』カフェに居座った。

もちろん、ただ漫然と居座っていたわけじゃない。

お昼時になって店が混み始めると、彩は空気を読んでスッと席を立ち、外へ散歩に出かけていった。

そして客足が落ち着いた午後三時頃に、またふらりと戻ってきて同じ席に座るのだ。


夕方。

シフトの終わり際、俺はマスターから貰ったクッキーの試作品を小皿に乗せて、彩のテーブルにコトッと置いた。


「これ、マスターから。」

「……ありがとう」


クッキーを小さくかじる彩を見下ろしながら、俺はふう、と息をついた。


邪魔にならないよう配慮しつつ、ずっと自分のいる空間にいてくれる相棒。

仕事中にふと目が合うと、小さく手を振ってくれたりする。

その絶妙な距離感と気遣いが、モブの俺には勿体ないくらいに心地よかった。


(……本当に、終わっちゃうのかな)


当たり前になりつつある、この甘くて穏やかな日常。

来週の水族館が終われば、もうこんな風に休日のカフェで顔を合わせることもなくなるのだろうか。

クッキーを美味しそうに食べる彩を眺めながら、俺の平穏な心は、これまでになく大きく揺れ動いていた。

第63話をお読みいただき、ありがとうございました。

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