第62話:一条さんの宣言と、口実の終わり
休日の昼下がり。
バイト先のカフェにふらりと現れた一条さんは、俺と彩の姿を見るなり、驚きで目をまん丸にしていた。
無理もない。
同じクラスの目立たないモブ二人が、休日にどう見てもカップルにしか見えないお揃いの服を着て、向かい合ってランチを食べているのだから。
「……相席、いいかな?」
数秒のフリーズの後、一条さんはふわりと微笑みながら俺たちのテーブルに近づいてきた。
「あ、いや、えっと」
俺がしどろもどろになっている間に、一条さんは俺の隣(彩の向かい)に腰を下ろす。
そして、興味津々といった感じで目をキラキラさせて身を乗り出してきた。
「二人って、やっぱり付き合ってたんだね!」
「ち、違う! これはただの偶然というか、共通の趣味があって、たまたまイベントに一緒に行ってきただけで……!」
俺は慌てて全力で首を振った。
実際、付き合っているわけではない。
お泊まりはしたけど。
しかし、一条さんはニヤニヤしながら俺と彩の服を指差した。
「えー? でもその服、完全にペアルックだよね? どう見ても付き合ってるようにしか見えないけどなぁ」
「うっ……」
的確すぎるツッコミ。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
助けを求めて彩の方を見ると、彼女はストローを咥えたまま、どこか満足げに、そして少し照れくさそうに目を逸らしていた。
ダメだ、こいつは否定する気がないらしい。俺は弁明を諦めて白旗を揚げるしかなかった。
ひとしきり俺たちをイジって満足したのか、一条さんはふう、と息をついてから、少しだけ真剣な表情になった。
「実はね。今日、二人に会えてよかった。言おうと思ってたことがあるの」
「言おうと思ってたこと?」
少しの沈黙。
カフェのBGMだけが流れる中、一条さんはまっすぐ俺たちの目を見て、はっきりと言った。
「私、風間くんに告白する」
その言葉を聞いた瞬間。俺と彩は、自然と顔を見合わせていた。
ついに、この時が来た。
学年のアイドルと、地味だけど実はハイスペックな主人公。
俺たちがずっと見守ってきた王道ラブコメが、ついにクライマックスを迎えようとしているのだ。
これ以上嬉しいことはない。
「いつ言うつもりなの?」
彩が静かに尋ねると、一条さんは少し頬を染めながら答えた。
「来週末。風間くんのこと、水族館に誘ったんだ。その時に、ちゃんと気持ちを伝えるつもり」
来週末。
いよいよ決戦の日が決まったらしい。
「私から告白するって決めたのには、理由があってね」
アイスティーのグラスを指でなぞりながら、一条さんがポツリとこぼす。
「風間くんって、いつもオーラを消してて、どこか自分に自信がなさそうじゃない? だから……私がちゃんと気持ちを伝えて、もし付き合えたら。もっと自分はすごいんだって、自信を持ってほしいんだ」
彼女の真っ直ぐな言葉に、俺は胸が熱くなった。
ただ顔が好きだからとか、そういう薄っぺらい理由じゃない。
一条さんは、海斗の『本質』を誰よりも理解して、丸ごと受け止めようとしている。
「……上手く、いくかな」
普段は明るくて自信に満ちている一条さんが、珍しく不安そうに俺たちを見た。
海斗の気持ちを考えれば、結果は火を見るより明らかだ。
でも、恋愛に「絶対」なんてない。
俺たちは無責任に「絶対いける」なんて言葉をかける気にはなれなかった。
「……俺たちも、全力で応援してるよ」
「うん。一条さんの気持ち、きっと伝わると思う」
俺と彩が真剣に頷くと、一条さんはパッと花が咲いたように笑った。
「ありがとう! なんだか、二人のおかげですごく勇気出たかも」
その後。
海斗を水族館に誘った時のポンコツな反応とか、最近の学校での出来事とか。
三人で他愛のない世間話をして、ただただ平和な時間が流れていった。
楽しそうに笑う一条さんと、それに相槌を打つ彩。
二人のやり取りを眺めながら、俺は温かい達成感に包まれていた。
(……よかった。メインカップルは、無事にハッピーエンドを迎えられそうだ)
俺のモブとしての役目も、これでようやく一段落――。
そこまで考えた時だった。
ふと、冷たい水のような事実が、俺の背筋をスッと撫でた。
(……待てよ)
海斗と一条さんが無事にくっついたら。
俺と彩の『見守り』の役目って、終わるんじゃないか?
そもそも、俺と彩がこうして学校以外で会ったり、一緒に出かけたり、果ては部屋でお泊まりなんてしているのは、「メインカップルの恋を応援する」という共通の目的があったからだ。
それが無くなれば、俺たちはただの『席が近いクラスメイト』に戻ってしまうのではないだろうか。
隣に座る彩の横顔を見る。
黒縁メガネの奥のまっすぐな瞳。
ショートヘアから覗く白い首筋。
一緒に買った、お揃いの白いTシャツ。
(……そんなの、嫌だ)
さっきまであんなに甘くて美味しかったはずの食後のコーヒーが、今はひどく苦く感じられた。
王道ラブコメのハッピーエンドが近づいているというのに。
俺の心の中には、かつてないほどの強烈な寂しさと焦燥感が、黒い染みのように広がっていた。
第62話をお読みいただき、ありがとうございました。
ペアルックを一条さんにイジられつつも、ついにメインヒロインからの「告白宣言」が飛び出しました!
メインカップルが結ばれれば、自分と彩をつないでいた「口実」がなくなってしまうことに。
急にコーヒーが苦く感じられるほどの強烈な寂しさ。モブの心境に大きな変化が訪れました。
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