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モブの俺たちが主役カップルを裏工作でくっつけようとした結果、なぜか俺と相棒のクーデレ女子の距離がバグり始めている  作者: 比津磁界


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第61話:サインと、モブの限界

休日の午前。

俺と彩は、電車に揺られて都内のコラボイベント会場に向かっていた。


今日の服装は、この前一緒に買ったペアルック。

ただでさえペアルックなんて照れくさいのに、さっきからやたらと電車内の視線を感じる。

(……完全に浮いてるな)

モブの分際で、こんな目立つ格好をするべきじゃなかったかもしれない。

黒縁メガネに黒髪ショートの彩は、シンプルな服のおかげで華奢さが際立って普通に可愛いけど。

俺みたいな前髪長めの陰キャが着ても、ただの勘違い野郎になってないか心配だ。


俺がそわそわしていると、隣に立つ彩は周囲の視線に気づいているはずなのに、どこか誇らしげというか、ちょっとだけ嬉しそうに口角を上げていた。



会場の最寄り駅に着くと、そこはすでに同じ目的のオタクたちでごった返していた。


「すごい人だね……」

「だな。物販の列、エグいことになってそう」


人の波に流されそうになりながら歩いていると、不意に彩が俺の隣にピタッと寄ってきた。

「……はぐれそう」

そう言って、彩は俺のシャツの袖……ではなく、ごく自然な動作で、俺の右手をギュッと握ってきた。


(出た! 人混みではぐれないように手をつなぐやつ! ラブコメのド定番イベント!)


心の中で激しくツッコミを入れるものの、手から伝わってくる柔らかさと少し高めの体温に、俺の心拍数は一気に跳ね上がる。

クーデレ女子の不意打ちは相変わらず心臓に悪い。


その後、俺たちは手をつないだまま、お目当ての神絵師のトークショーを観覧した。


「うわ、今のライブドローイングの筆の運び、ヤバすぎだろ……」

「……推しの新規絵、尊すぎて直視できない」


この時ばかりは緊張も忘れ、俺たちは純粋なオタク友達として、大好きな作品のイベントを心の底から楽しんだ。

トークショーの後は物販エリアに並び、なんとかお互いに欲しかった限定のイラスト入りアクリルボードをゲットすることができた。


そして、今日のメインイベント。

買ったアクリルボードへのサイン会だ。

少しずつ列が進み、いよいよ俺たちの番がやってきた。

憧れの神絵師を前にして、俺も彩もガチガチに緊張していた。


「お疲れ様です。えっと、名前は『ワタル』と『アヤカ』でお願いします」

「はい、ワタルさんとアヤカさんですね」


神絵師はサラサラとサインを書き入れながら、ふと顔を上げて俺たちを交互に見た。


「お二人、お揃いの服なんですね。すごく似合ってますよ。仲良しカップルで羨ましいです」

ニコッと笑いかけられた瞬間。


「あ、いや、えっと……その」

「……っ、ありがとうございます」


オタクにとっての『神』からの思わぬカップル認定に、俺たちは二人して耳まで真っ赤になってしまった。

否定する余裕すらない。



サイン入りのアクリルボードという最高の戦利品を抱えて、俺たちは熱気あふれる会場を後にした。

外の空気を吸って少し落ち着いたものの、顔の熱はまだ引いていない。


「……お昼、食べて帰ろっか」

少し下を向いたまま、彩がボソッと提案する。

「おう。そうだな」


彩はまだ俺の右手をギュッと握って離さない。

空いた方の手で、戦利品であるサイン入りアクリルボードの入った紙袋を大事そうに抱えながら、ホクホク顔で駅へ向かって歩いている。


帰りの電車内。

ダボっとしたオーバーサイズの白Tシャツに、黒のスキニーパンツ。

完成度の高すぎるペアルックのせいで、相変わらず周囲の視線が痛い。


「……なあ、彩」

「なに?」

「モブがこんな目立つ格好でウロウロするのは、そろそろ精神的に限界なんだけど。お前、なんで平気なんだ?」


つり革に掴まりながら俺が弱音を吐くと、隣に立つ彩は少しムッとしたように俺を見上げた。


「私は別に、胸張ってこの服着てるから」

「いや、ペアルックだぞ?」

「……渉くんと一緒なら、恥ずかしくないし」


(〜〜っ!)

クーデレ女子の真っ直ぐすぎる言葉に被弾して、俺は「……あっそ」と顔を逸らして誤魔化すのが精一杯だった。

こういう時、照れ隠しすら上手くできない自分が恨めしい。



人混みでご飯を食べるのも照れくさいし疲れるということで、結局お昼は俺の家――アパートの一階にある、俺のバイト先のカフェで食べることにした。


カランコロン、とドアを開けると、カウンターでグラスを拭いていたマスターが目を丸くした。


「おや、渉くん。今日は可愛い彼女さんとお揃いで?」

「マスター、からかわないでくださいよ。ただの友達なんで」

「ふふっ、お邪魔します」


いつものテーブル席に座り、俺は本格的なハンバーグランチ、彩は特製の熱々グラタンを注文した。


「このグラタン、すごく美味しい。渉くん、バイトの時いつもこんなの食べてるの?」

「まかないでたまに出るんだよ。ハンバーグも一口食うか?」

「うん、もらう」


美味しいご飯をシェアしながら、さっきのイベントのオタク話で盛り上がる。

神絵師のライブドローイングはヤバかったなとか、推しの新規絵が尊いとか。

緊張しっぱなしだった午前中から一転、ようやくモブとしての平穏な時間を取り戻した気がして、俺はすっかりリラックスしていた。


食後のコーヒーを飲みながら、深く息を吐き出す。

「はぁー……なんか、怒涛の午前中だったな」

「そうだね。でも、すごく楽しかった」

「違いない」


そんな風に、まったりとした時間を過ごしていた時だった。


カランコロン。

ドアベルが鳴り、新しい客が入ってきた。「いらっしゃいませー」とマスターが声をかける。

何気なく入り口の方を見た俺は、持っていたコーヒーのカップを危うく落としそうになった。


「……え?」


そこに立っていたのは、見慣れた私服姿の『一条さん』だった。

スマホを片手に店内を見渡した一条さんと、バッチリ目が合ってしまった。


一条さんの視線は、固まっている俺と、向かいに座る彩の顔を捉え……。

そして、俺たちが着ている服(白Tに黒スキニー)を何度も往復した。


「……えっ? 佐藤くんと、鈴木さん……?」

一条さんが、驚きで目をまん丸にしている。


(……終わった)


メインカップルの恋愛を裏で応援していたはずが、休日のペアルックデート(おまけにお泊まり明け)を、よりによってメインヒロインにガッツリ目撃されるという最大のバグ展開。


俺のモブとしての平穏な日常は、完全に崩壊の音を立てていた。

第61話をお読みいただき、ありがとうございました。

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