第60話:クーデレの寝相と、ベッドから落ちない方法
「こんなの、朝まで寝られるわけない……」
同じベッド、すぐ隣からは今日一緒に買ったシャンプーの甘い匂い。
心臓がうるさい中で、俺は長すぎる夜を覚悟していた。
……はずだったんだけど。
俺はわりかしあっさりと、深い眠りに落ちていたらしい。
いや、モブのくせにどんだけ図太い神経してんだよ俺は。
ドスッ!
「いっ……!」
鈍い衝撃と肩の痛みで、俺はパチリと目を覚ました。
状況が飲み込めず、しばし瞬きをする。
どうやら俺は今、ベッドの下、つまりフローリングの床に転がっているらしい。
「……なんで?」
いくら一人暮らしのベッドとはいえ、普通に寝ていて落ちるほど狭くはない。
肩をさすりながらのそりと起き上がり、ベッドの上を覗き込んだ。
「なるほどな……」
俺は思わず一人で納得してしまった。
ベッドの中央には、短い銀髪を枕に散らばらせた彩が、大の字で爆睡していたのだ。
俺の寝るスペースなんてミリも残されていない。
普段は黒縁メガネの奥で冷静な視線を保っているクーデレ女子なのに、寝相が壊滅的に悪いらしい。
(……どんなギャップだよ)
内心でツッコミを入れつつ、俺はため息をついた。
仕方ない。今からでも大人しくソファで寝よう。
そう思って立ち上がろうとした時、ガタッと鳴った音で、ベッドの上の彩が「ん……」と小さく呻いた。
暗闇の中で、パチリと彼女の目が開く。
彩はぼんやりと体を起こし、ベッドの下で肩を押さえている俺と、自分が完全に占拠しているベッドの状況を交互に見比べた。
そして、自分が何をやらかしたのか全てを察したらしい。
「……ごめん。私、寝相悪いって言うの忘れてた」
「いや、まあいいよ。怪我はないし」
俺は苦笑しながら立ち上がった。
「俺、やっぱりこの後はソファで寝るわ。このまま一緒に寝たら、次は彩がベッドから落ちるかもしれないし。それこそ危ないだろ」
俺なりの気遣いだった。が、彩はふるふると首を横に振った。
「……嫌だ」
「嫌だって言われてもな。俺は床でもいいけどさ」
どうやって説得しようかと頭を悩ませていると。
不意に、彩の顔がパッと明るくなった。
普段の無表情が嘘のように、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いいこと思いついた」
「なんだよ」
「とりあえず、ベッドに戻って。仰向けで寝て」
言われるがまま、俺は再びベッドに上がり、中央に仰向けで寝転がった。
すると彩は「失礼します」と小さく呟き、俺の腕の中にグイグイと入り込んできたのだ。
結果として、俺が自分の両腕で彩の体をガッチリと抱きしめるような体勢になってしまった。
「えっと……何してるの?」
俺があえて聞くと、俺の胸元に顔を埋めた彩が、少しニヤついた顔で見上げてきた。
「ラブコメイベントですよ。よかったね」
「いや、よかったねって……」
「私が寝相悪くならないように、朝までしっかり捕まえててくれればいいから」
なんて理不尽な要求だ。
「マジかよ……」とぼやきつつも、俺は恐る恐る、腕の中の小さな体をぎゅっと抱きしめた。
信じられないほど密着した状態。
さっきよりもずっと心臓がうるさい。
今度こそ一睡もできない夜を過ごすことになりそうだった。
朝の五時。
窓の外がうっすらと明るくなり始めた頃、俺はふと目を覚ました。
視線を落とすと、俺の腕の中では、まだ彩がスヤスヤと規則正しい寝息を立てていた。
夢ではなかったらしい。
(……ってか俺、この状況であっさり眠りすぎだろ)
ラブコメ主人公の鈍感力を笑えないくらい、自分の図太さに呆れてしまう。
「おい、彩。朝だぞ」
肩を軽く揺すって起こすと、「んん……」と彩がゆっくり目を開けた。
「おはよう……」
「おう、おはよ」
寝ぼけ眼の彩と、至近距離でバッチリ目が合う。
次の瞬間。彩の顔が、耳の先まで一気に真っ赤に染まった。
「っ……!?」
バッと勢いよく俺の腕から抜け出し、布団を被ってベッドの端まで転がっていく。
「おいおい、自分でやっといて照れるなら、最初からやるなよ!」
「〜〜っ! しょ、しょうがないでしょ、起きてすぐ渉くんの顔があったんだもん!」
布団の中からこもった声で言い訳が聞こえてくる。クーデレのくせに朝からポンコツすぎる。
まあ、でも。
「……とりあえず、お互いよく眠れたみたいだし、いいんじゃないか」
「……うん。渉くんの抱き心地、悪くなかったし」
布団から半分だけ顔を出した彩が、ぼそっと負け惜しみのように言った。
その後、二人で簡単な朝ごはんを食べ、いよいよお出かけの準備にとりかかる。
今日のメインイベントは、俺たちが好きな作品のイベントだ。
「お待たせ」
洗面所で着替えを終えた彩が、リビングに戻ってきた。
この前の休日に一緒に買いに行った、お揃いの服。
ダボっとしたオーバーサイズの白Tシャツに、脚のラインが綺麗に出る黒のスキニーパンツ。
ショートヘアに黒縁メガネといういつもの地味なスタイルなのに、絶妙なサイズ感のせいか、やたらとお洒落で可愛く見える。
「お、いいじゃん。似合ってるな」
俺が素直に褒めると、彩は少し照れくさそうにメガネの位置を直した。
「渉くんも。……うん、似合ってる。やっぱりそれにして正解だったね」
「サンキュ」
鏡の前で並んでみると、俺も全く同じオーバーサイズの白Tと黒スキニーを着ている。
モブの俺には少しハードルが高いかと思ったが、彩が見立ててくれたおかげで、なんだかんだ悪くない感じにまとまっていた。
見事なまでのペアルックっぷりに少し気恥ずかしくなる。
「忘れ物ないか? チケットと、財布と……」
「全部持ったよ。バッチリ」
彩が小さめのリュックを背負って頷くのを確認し、俺は玄関のドアノブに手をかけた。
「じゃあ、出発しようか」
こうして、観測者であるはずのモブと相棒の、ペアルックでの休日デートが幕を開けた。
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