第59話:お揃いの匂いと、ソファー泊?
彩がお風呂から上がり、続いて俺も風呂を済ませる。
洗面所で髪を乾かしてリビングに戻ると、そこには見慣れない光景があった。
俺の部屋のソファに、モコモコの部屋着姿の彩がちょこんと座ってスマホをいじっているのだ。
異性を自分の部屋に泊めるなんて、俺の十七年の人生で当然初めての経験だ。
どう振る舞えばいいのか全くわからなくて、俺も彩も、なんだかやたらと動きが早くなっていた。
「……お茶、飲むか?」
「うん、もらう」
冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐのも一瞬。
彩もそれを受け取って、ごくごくと一気に飲み干す。
お互いに変に意識してしまって、のんびりくつろぐ余裕が全然ない。
謎の緊張感が部屋に漂っている。
「えっと……明日のイベントの予習でもしとくか」
「……うん。そうだね」
気まずさを誤魔化すように、俺たちは本棚からラノベを引っ張り出した。
明日の土曜日は、俺たちが好きな作品のコラボイベントに行く予定なのだ。
彩がソファで、俺が床に座って、それぞれ原作を読み直す。
「ここの展開、何度読んでもいいよね」
「あー、わかる。主人公がようやくデレるやつな」
そんな他愛のないオタク話をしているうちに、少しずつ肩の力が抜けていった。
気づけば二時間ほど経ち、時計の針は十一時を回っていた。
「……もうこんな時間か。明日も早いし、そろそろ寝るか」
「うん」
二人で立ち上がり、洗面台へ向かう。
今日ドラッグストアで買ってきたばかりのお揃いの歯ブラシに歯磨き粉をつけて、横に並んでシャカシャカと歯を磨く。
鏡越しにチラッと視線が合って、お互いにサッと目を逸らす。
その時、ふと気がついた。
(……なんか、同じ匂いがする)
当然といえば当然だ。
さっき同じ風呂で、今日一緒に買ったばかりの同じシャンプーとボディソープを使ったんだから。
でも、すぐ隣にいる彩から、今の俺と全く同じ匂いが漂ってくるという事実が、めちゃくちゃ心臓に悪い。
(新婚の同棲イベントかよ。モブの俺には刺激が強すぎる。)
「……とりあえず、彩は俺のベッド使って」
口をゆすいで部屋に戻り、俺はベッドを指差した。
「いつも汚くはしてないつもりだけど、一応ファブリーズくらいはしといたから」
「……え、でも。渉くんは?」
「俺はソファで寝るから。気にすんな」
彩は少し申し訳なさそうにしていたけど、俺が無理やり毛布を持ってソファに移動すると、「……おやすみ」と部屋の電気を消してくれた。
暗闇の中、俺はソファで毛布にくるまった。
……いや、寝られるわけがないだろ。
うちのソファは一人用より少し大きいくらいで、足を曲げないと収まらないから体が痛い。
でもそんなことより、数メートル先のベッドに彩が寝ていると思うと、神経が昂って全然眠気がこない。
ラブコメの主人公はよくこういう状況で「気づいたら朝だった」みたいに爆睡できるな。
俺には絶対に無理だ。
どれくらい時間が経っただろうか。
カサッ、とベッドの方で衣擦れの音がした。
「……渉くん。起きてる?」
静かな部屋に、彩の小さな声が響く。
「おう。どうした?」
「……ソファ、痛くない?」
「まあ、しょうがないだろ。そこまでじゃないし」
俺が強がって見せると、数秒の沈黙の後、彩がボソッと言った。
「……やっぱり、こっち来て。一緒に寝よ」
夕飯の時にも言っていたセリフ。
あれ、ただのからかいじゃなかったのかよ。
「いや、でもさ。さすがに狭いし……」
「……渉くんの隣がいい」
布団をギュッと握りしめるような微かな音と一緒に、彩の少し震える声が聞こえた。
「……ダメ?」
(〜〜〜っ!)
クーデレの甘えた声。
そんなの、反則だろ。
俺のモブとしての貧弱な理性は、その一言であっけなく崩れ去った。
「……わかったよ」
ため息をつきながらソファから立ち上がり、ベッドに近づく。
彩が少しだけ奥に詰めて、俺のスペースを空けてくれた。
布団をめくって潜り込むと、当然めちゃくちゃ近い。
さっき洗面台で感じたあのシャンプーの匂いが、今度はダイレクトに香ってくる。
緊張で体が強張る中、俺が仰向けになっていると、隣からすり寄ってくる気配がした。
俺の二の腕のあたりに、コツンと彩の頭が当たる。
「……おやすみ、渉くん」
安心しきったような彩の呟きと、規則正しい寝息がすぐに聞こえ始めた。
(……こんなの、朝まで寝られるわけないだろ)
俺の腕に寄り添う小さな温もりと、お揃いの甘い匂い。
限界突破のドキドキの中で、長すぎる夜はまだまだ更けていきそうになかった。
第59話をお読みいただき、ありがとうございました。




