第58話:モコモコ部屋着と寝る場所問題
月曜の昼休みに一条さんから「もしかして付き合ってるの?」なんて突っ込まれて以来。
俺と彩の間には、なんとも言えない気まずい空気が流れていた。
火、水、木。
学校で顔を合わせても、ちょっと目が合っただけでお互いにサッと逸らしてしまったり。
プリントを渡す時に変に敬語になったり。
周りから見れば挙動不審な奴らが二人いるだけだろうけど、原因はわかってる。
今日、金曜の夜に彩が俺の部屋に「お泊まり」するからだ。
意識するなという方が無理な話だった。
そんなむず痒い平日をなんとかやり過ごし、ついにやってきた金曜の朝。
ピンポーン、とアパートのチャイムが鳴った。
ドアを開けると、彩が立っていた。
いつもの通学カバンの他に、少し大きめのキャンバス地のトートバッグを肩から下げている。
「おはよう。……これ、学校に持っていくの邪魔だから、先に置かせて」
「お、おう。おはよう。適当にその辺置いていいぞ」
俺が部屋に招き入れると、彩は「お邪魔します」と小さく言って、部屋の隅にトートバッグをちょこんと置いた。
女の子のお泊まりセット。
それを見た瞬間、(マジで今日、俺の部屋に泊まるんだな……)という実感が一気に湧いてきて、変に喉が渇いた。
案の定、学校での授業中は今日の夜のことで頭がいっぱいになってしまって、先生の話なんか全然入ってこなかった。
遠くの席にいる彩をチラッと見る。
彼女はいつも通り真面目にノートをとっているように見えたけど、よく見るとページの端っこにペンで意味のない丸をぐるぐると書き続けていた。
どうやら、あいつも相当そわそわしているらしい。それを見て、少しだけホッとした自分がいた。
そして放課後。
いつものように合流して、二人で下校する。
「じゃあ、帰るか」
俺が何気なくそう口に出してから、(……そういえば、荷物が俺の家にあるってことは、当然晩ご飯も一緒に食べるのか?)と、ここに来てようやく事の重大さに気づいてしまった。
「……晩ご飯、何食べたい?」
少しの沈黙の後、彩が俺の顔を見上げて聞いてきた。
「作ってくれるの?」
「もちろん。まずは胃袋を掴んでみせようかと」
彩はちょっとだけドヤ顔をして、冗談を言う。
「マジか。じゃあお言葉に甘えて……ハンバーグがいい」
「素直だね。じゃあ、スーパー寄って帰ろっか」
そんなわけで、俺たちは駅前のスーパーでカートを押していた。
「ひき肉はこっちの方が安いね。合い挽きでいい?」
「うん。あ、玉ねぎは家にある?」
「いや、切らしてるわ」
カートを押す俺の横で、彩が慣れた手つきで食材を見比べてカゴに入れていく。
(……なんだこれ。完全に夫婦の買い出しじゃねーか)
周りの主婦たちに混ざって夕飯の買い出しをする高校生二人。
モブの俺には二次元でしか見たことのない「未知の同棲イベント」だ。
ラブコメの主人公たちって、よくこんなメンタル削られる状況を平然とこなせるよな……と、内心でツッコミを入れつつ、なんだかんだ居心地の良さを感じてしまっていた。
「ただいまー」
「……お邪魔します」
アパートに帰ると、「ちょっと着替えるね」と洗面所へ向かった。
数分後に出てきた彼女の姿を見て、俺は思わず目を逸らした。
ショートパンツに、フードがついたモコモコの部屋着。その上から、俺が普段使っている大きめのエプロンをすっぽりと被っている。
なんだその破壊力高めのビジュアルは。目に毒すぎるだろ。
「じゃあ、作っちゃうね」
彩がキッチンに立ち、トントンと玉ねぎをみじん切りにし始める。
俺はただ突っ立っているわけにもいかず、「じゃあ俺、風呂洗ってくるわ」と浴室へ向かった。
スポンジで浴槽をこすりながら、俺はふと、とある大問題に気がついた。
(……待てよ。俺の部屋、ベッド一つしかないぞ)
いくらなんでも女の子と一緒に寝るわけにはいかない。
となると、俺がソファで寝るしかないか。
そんなことを考えているうちに、リビングからいい匂いが漂ってきた。
「お待たせ。できたよ」
小さなテーブルに向かい合って座り、二人分のハンバーグ定食を前に手を合わせる。
一口食べると、肉汁がしっかり閉じ込められていてめちゃくちゃ美味い。
店で出てくるやつみたいだ。
「美味っ。これ、ヤバいな」
「ふふ、よかった」
ハンバーグを頬張りながら、海斗が授業中に寝てたとか、そんな他愛のない学校の話をする。
そして食後。
食器を片付け終えたタイミングで、俺はさっきから気になっていたことを切り出した。
「あのさ、今日寝る場所なんだけど。予備の布団ないから、彩は俺のベッド使って。俺、ソファで寝るから」
「えっ。お邪魔してるのは私なんだし、私がソファで寝るよ」
「いや、女の子をソファで寝かせられないだろ。俺は全然平気だから、ベッド使ってくれ」
俺がそう押し切ろうとすると、彩は少しだけ悪戯っぽい顔をして、俺の顔を下から覗き込んできた。
「……こういう時って、だいたい一緒に寝るよね。ラブコメだと」
「っ……! いや、そうだけど!」
急な爆弾発言に、俺は変な声が出そうになった。
「一緒に寝るって……お前、警戒心とかないのかよ!」
「全然。渉くんのこと、信用してる」
「〜〜っ!」
あっけらかんと言い放つ彩に、俺は完全にタジタジになってしまった。
クーデレの不意打ちは本当に心臓に悪い。
まだバクバクと心臓が鳴っているのを誤魔化すように、俺は立ち上がった。
「と、とりあえずお湯張れたから、先にお風呂入っちゃいなよ!」
「……うん。じゃあ、お借りします」
彩が着替えを持って浴室へ向かうのを見送り、パタンと脱衣所のドアが閉まる。
一人になった部屋で、俺は大きく息を吐き出した。
(……夜は、まだまだこれからか)
モブのキャパシティをゆうに超える長い長い夜は、まだ始まったばかりだった。
第58話をお読みいただき、ありがとうございました。
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