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モブの俺たちが主役カップルを裏工作でくっつけようとした結果、なぜか俺と相棒のクーデレ女子の距離がバグり始めている  作者: 比津磁界


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第55話:アピールと、距離感

彩が作ってくれた豚の生姜焼き定食でお腹を満たし、俺たちはアパートを後にした。


五月も中旬。

俺たちは電車に数駅乗り、休日の買い物客でごった返す駅前の繁華街へとやってきた。


「……人、多いね」

「そうだな。はぐれないように気をつけろよ」

「……ん。わかってる」


彩は小さく頷き、俺の隣にピタリと寄ってきた。

ここまではいい。

人が多い大通りで、同行者と距離を詰めて歩くのは普通のことだ。

安全対策としても間違っていない。


だが、そこから数分歩いたあたりで、俺の脳内に強烈なエラー音が鳴り響き始めた。


(……いや、近い近い近い!)


右腕に、さっきから『色々と柔らかいもの』が当たっているのだ。

服の袖が擦れるとか、そういうレベルではない。

休日の駅前という人口密度のせいだと思いたかったが、どう見てもそれだけが理由じゃない。


いつも学校や帰り道で一緒にいる時、俺と彩は「裏方の相棒」として、つかず離れずの一定の距離感を保って歩いていた。

それが今日は、彩の肩が俺の腕に触れるどころか、半ば腕を絡めるみたいな謎のゼロ距離をキープしている。


(なんだこの状況は。モブの俺に密着イベントが発生するなんて……)


歩を進めるたびに腕に伝わる感触に、俺の心臓は限界を迎えつつあった。

このまま黙って歩き続けるのは危険すぎる。

俺は周囲の雑踏に紛れるようにして、なるべく平静を装った声でツッコミを入れた。


「あのー、鈴木さん? ちょっと近すぎやしませんかね?」

「……何が?」

「とぼけんな。さっきから色々と当たってるんだけど」


すると、隣を歩いていた彩の肩がビクッと跳ねた。

見下ろすと、いつもは涼しげな黒縁メガネの奥の目が泳ぎまくり、耳の先から首筋にかけて一気に真っ赤に染まっているのがわかった。


「……っ。ら、ラブコメ定番イベント、でしょ。ア・テ・テ・ン・ノ・ヨ」

「はあ!?」


俺は思わず大声を出しかけた。

(なんでカタコト!? しかも『アテテンノヨ』っていつの時代のオタク構文だよ! お前、絶対テンパってるだろ!)


普段は常にクールで、淡々と一条さんと海斗の恋愛を分析しているあの彩が、完全にキャラ崩壊を起こしている。

どうやら、無理をして『ヒロインの密着イベント』をこなそうとして、自分の許容量を超えて自爆したらしい。


「お前さ……」

俺は呆れ半分、そして少しだけむず痒い気持ちを抑えながら、立ち止まって彩の顔を覗き込んだ。


「添い寝の件といい、今のこれといい。ラブコメのイベント体験したいからって、最近わざと距離詰めてないか?」

「……っ」


図星を突かれたのか、彩は一瞬だけ口をごもごもさせた。

普段ならここで「自意識過剰だよ」とでも言って平然と流すところだろう。

だが、顔を真っ赤にした彩は、プイッとそっぽを向いてしまった。


そして、少しすねたような、それでいて震えるような声で呟いた。


「……誰でもいいわけ、じゃないし」


ボソッと、周囲の雑踏に消えてしまいそうなほど小さな声。

だけど、すぐ隣にいる俺の耳には、その言葉がやけにクリアに響き渡った。


(ッ…………!)


誰でもいいわけじゃない。

それはつまり、俺だから距離を詰めているという、ストレートすぎる好意の裏返しだ。


クーデレ全開の強烈なカウンターを顔面にモロに食らい、俺は完全に言葉を失った。

これ以上何か気の利いた返しをしようとしても、こっちの顔の赤さまでバレてしまう。


「……そ、そうか」

「……うん」


俺たちはそれ以上何も言えず、あまあまでむず痒い沈黙を落としたまま、ただ歩幅を合わせて歩くしかなかった。



変な空気のまま、俺たちは目的のアパレルショップに到着した。

カジュアルな服を多く取り扱うその店は、普段は適当な服しか着ない俺にとっては、少しだけ敷居が高く感じる場所だった。


店内に入った途端、彩は先ほどの照れをごまかすように、真剣に服を選んだ。


「……まずはベースになる黒のスキニーから。渉くん、サイズは?」

「えっと、ウエストは細い方だから、たぶんMか……下手したらSかも」

「了解。じゃあ、これ」


彩は慣れた手つきで店内を歩き回り、次々と服をピックアップしていく。


「あとは上に合わせるTシャツと、軽く羽織るシャツ。……うん、このチャコールグレーがいい。試着室あっちだから、着てみて」

「お、おう」


俺は彩からハンガーを数本受け取り、大人しく試着室へと入った。

渡されたのは、細身の黒のスキニーパンツと、少しくすんだチャコールグレーのオーバーサイズTシャツ。

それに、重ね着用の少しゆったりとしたオープンカラーの半袖シャツだ。

彩が着る予定の『黒スキニーに白のオーバーサイズTシャツ』というカジュアルなペアルックに、見事に雰囲気をリンクさせたチョイスだった。


俺は着ていたパーカーを脱ぎ、渡された服に腕を通した。

鏡の前に立ってみて、少し驚く。

細身のパンツを穿くことで、自分で言うのもなんだが、足の長さがやけに強調されている気がする。


「渉くん、着れた?」

「ああ、今開ける」


カーテンを開けて試着室から出ると、待ち構えていた彩が、俺をじっと無言で見つめてきた。

数秒の沈黙。


「……どうだ? やっぱ俺には似合わないか?」

俺が少し居心地悪く首の後ろを掻くと、彩は小さく息を吐き、静かに頷いた。


「……うん。計算通り」

「え?」

「渉くん、普段は前髪重くして地味なモブっぽくしてるけど。身長あるし、スタイルいいから」


彩は少しだけ視線をそらし、淡々とした口調のまま言葉を続けた。


「……黒スキニーで足の長さをごまかせない分、上にオーバーサイズの服を合わせると全体のバランスがすごく良くなる。……普通に、かっこいいと思う」

「かっ……」


彩の口からサラッと飛び出した『かっこいい』という単語に、俺はまたしても顔が熱くなるのを感じた。

クーデレのデレは、不意打ちで来るから本当に心臓に悪い。


「よ、よし! じゃあこれでお買い上げだな。着替えてくるわ!」

「……うん。待ってる」


俺は逃げるように試着室へ戻り、再び自分のモブ服に着替えた。


レジでお会計を済ませ、購入した服の入った紙袋を受け取る。

店を出ると、風が火照った頬を少しだけ冷ましてくれた。


「……これで、準備は完璧だね」

「ああ、そうだな」


来週、俺はこの服を着て、あの服を着た彩とペアルックで並んで歩く。

メインヒロインの恋愛を見守るただの観客だったはずの俺。

しかし、隣で静かに、でもどこか嬉しそうに紙袋を見つめる彩の横顔を見ながら、俺は自分がもう完全に『ラブコメの当事者』になっていることを自覚するしかなかった。

第55話をお読みいただき、ありがとうございました。

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