第51話:初めての女子部屋と、クール系の七変化
カチャリ、と静かな音を立ててドアが開いた。
「どうぞ。ちょっと散らかってるけど」
「お、おう……お邪魔します」
俺は無駄に緊張しながら、彩の部屋へと足を踏み入れた。
女の子の部屋というと、なんとなくファンシーなぬいぐるみとか、甘い香りのするディフューザーとかがあるイメージだったが、彩の部屋は驚くほどシンプルだった。
白とグレーを基調としたインテリアで、余計な物がほとんど置かれていない。
ただ、壁際にある大きめの本棚だけは別で、俺たちも大好きなミステリー小説やライトノベルが隙間なくぎっしりと並んでいた。
(……なんか、すごく彩らしい部屋だな)
少しだけ安心したものの、今朝まで同じ布団の中にいたという事実が頭をよぎり、やっぱり落ち着かない。
俺は勧められるままに床のクッションへ腰を下ろした。
「じゃあ、さっそく始めるね。そこに座ってて」
彩はクローゼットから何着かの服を抱え、隣の着替えスペース(パーテーションの奥)へと消えていった。
どうやら『クール系だけど、ちゃんと可愛い服』をテーマに、いくつか候補を絞り込んでいたらしい。
しばらくすると、「まずはこれね」という声と共に、彩がパーテーションの奥から出てきた。
◇ 一着目:黒のスキニーパンツ × オーバーサイズの白Tシャツ
「どうかな?」
「お、おう……。いつもの彩って感じで、普通に似合ってるな」
モノトーンでまとめた、シンプルでカジュアルなスタイルだ。
脚のラインが綺麗に出る黒のスキニーに、あえてダボッとした大きめのTシャツを合わせている。クールな彩の雰囲気にばっちりハマっていた。
(見慣れてる安心感はあるけど、デートとかイベントっていうよりは、いつもの『休日の相棒』って感じだな。まあ、普段着としては最高なんだけど)
◇ 二着目:深緑のロングプリーツスカート × 黒のタイトなリブニット
「次はこれ」
数分後に出てきた彩を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「……なんか、一気に大人っぽくなったな」
「そう? ちょっと背伸びしてみたんだけど」
落ち着いた深緑のロングスカートに、上半身は体にフィットする黒のニット。
いつものゆるい雰囲気とは違い、女性らしい綺麗なシルエットが強調されている。
(うわ、なんか急に大人の女性って感じがして目のやり場に困るな……。高校生がラノベのイベントに行く服としては、ちょっと綺麗めすぎるというか、気合が入りすぎてる気もする)
「綺麗だけど、イベントで朝から並ぶにはちょっと動きづらいかもな」
「確かに。並ぶの立ちっぱなしだしね」
◇ 三着目:ワイドデニム × ショート丈のロゴパーカー
「じゃあ、動きやすさ重視でこれは?」
今度は一転して、ストリート系のボーイッシュな格好で出てきた。
太めのデニムパンツに、へそが少し見えそうで見えないくらいのショート丈のグレーのパーカー。
フードを少し被るような仕草が、小動物っぽくて妙にそわそわする。
(ボーイッシュな中にも、ちょっとした肌見せで女の子らしさが入ってて良いんだけど……。例の小説の『尊いペアルックシーン』の雰囲気とは、ちょっと方向性が違う気がするな)
「悪くないけど、あの小説のイメージとはちょっと違うかも」
「そっか。あのシーン、もうちょっと落ち着いた感じだもんね」
◇ 四着目:白の小花柄フリルワンピース
「……これは、正直ちょっと恥ずかしいんだけど」
パーテーションの奥から、彩がめちゃくちゃ足取りを重そうにして出てきた。
その姿を見た瞬間、俺の脳内ツッコミが一時停止した。
膝丈の、ふんわりとした白いワンピース。
おまけに鎖骨のあたりに少しフリルがあしらわれている。ザ・王道ラブコメヒロインといった感じの、甘さ一〇〇パーセントの服だった。
彩は顔を真っ赤にして、自分の袖をきゅっと握りしめている。
「……どう、かな」
「……いや、可愛い。めちゃくちゃ可愛いのは間違いないんだけど」
「んだけど?」
「黒縁メガネのクールな彩のキャラが、完全に迷子になってるぞ」
「やっぱりそうだよね! 自分でも着てて、誰だよこれって思った!」
彩は恥ずかしさに耐えかねたように、すぐにパーテーションの奥へと逃げ込んでしまった。
(心臓が止まるかと思った……。破壊力は凄まじかったけど、確かにいつもの彩らしさは皆無だったな)
◇ 五着目:ネイビーのAラインスカート × 淡いブルーのブラウス
「最後はこれね」
少し落ち着いた様子で出てきた彩のコーディネートは、まさに完璧だった。
知的な寒色系でまとめられていて、クールな彩の魅力を引き立てつつも、ブラウスの柔らかい素材感やスカートの揺れ感が、絶妙な「女の子らしさ」を演出している。
「あ……これ、めちゃくちゃ良いな。彩の良さが全部出てる気がする」
俺が素直に絶賛すると、彩はメガネの奥の瞳を少し嬉しそうに細めた。
「本当? 自分でもこれが一番しっくりくるかも。じゃあ、来週末はこれに決まり──」
「あ、いや、待て」
俺はふと、現実的な問題に気がついて声をあげた。
「可愛いのは間違いなくその五番なんだけど……それ、俺が合わせるの難易度高くないか?」
「え?」
「男物で淡いブルーのブラウスに合うネイビーのボトムスって、俺が着たらなんか塾の講師か、どっかの制服みたいになりそうだし……。そもそもペアルックとして俺が着やすい服じゃないと、当日の俺のメンタルが死ぬ」
俺の切実な訴えに、彩はハッとしたように自分の服を見つめた。
「それにさ、小説の第三巻のあのシーンって、主人公とヒロインが『お忍びでカジュアルな格好をしてる』っていうのが尊いわけじゃん? そう考えると、一着目のスタイルのほうが、俺も黒のスキニー持ってるから合わせやすいし、作品の再現度としても高いと思うんだよな」
オタクとしての熱弁を振るう俺を見て、彩は少し驚いたようにパチクリと目を瞬かせた。
そして、フッと柔らかく微笑む。
「……そっか。渉くんの言う通りだね。じゃあ、一着目の『黒スキニーにオーバーサイズのカジュアルスタイル』をベースにしよう」
ベースとなる系統が決まり、俺はホッと胸を撫でおろした。
これなら俺も手持ちの服でなんとかなりそうだし、何より過剰に目立つ心配もない。
モブとしては非常にありがたい着地点だ。
「じゃあ、明日はこれに合わせて、渉くんの服を一緒に選びに行こうね」
「おう。同じようなカラーのTシャツとか、適当なアウターを探せばいいよな」
気楽に答える俺に対し、彩はジッと俺の顔を覗き込んできた。
「何だよ」
「……渉くんってさ。普段は前髪重くして地味にしてるけど、よく見たら顔立ち整ってるし、スペック高いんだから。明日は私が、全力でプロデュースしてあげる」
(スペックが高いって、お前な……。俺はただの無害なモブだっつーの)
彩の謎の高評価に呆れつつも、明日の「服選び(という名のデート)」からはもう絶対に逃げられないことを察し、俺は静かに腹を括るしかなかった。
第51話をお読みいただき、ありがとうございました。




