第46話:お泊まりイベントの直談判
夕方。
俺の部屋で少しダラダラした後、日が傾いてきた頃に俺たちはアパートを出た。
いつものように、彩を家まで送るための帰り道。
休日の住宅街は静かで、二人で並んで歩く足音だけが響いている。
「ねえ、渉くん」
ふと、隣を歩く彩が顔を上げた。
「明日の、あの二人のデートだけど。どうする? ついて行く?」
ああ、海斗と一条さんの件か。
俺としては二人の動向を見届けたいところだが、現実問題としてそうもいかない。
「ごめん、俺、明日は昼から夕方までガッツリバイト入ってんだよね。だから明日は見守り無理だわ」
「……そっか」
「気になるなら、彩一人で見守りに行ってきたら? 一条さんからのアプローチ、どうなるか見物だし」
俺がそう提案すると、彩は少し不満げに首を横に振った。
「……行かない。渉くんがいないなら、意味ないから」
「意味ないって……一人じゃ心細いか?」
「そういうのじゃなくて」
彩はプイッと前を向いてしまった。
どういうことだ。
仲間がいないと面白くないってことか? それとも別の意味があるのか。
モブの俺には、ヒロインの言葉の裏を読むスキルは備わっていない。
「……それより」
気まずい空気を誤魔化すように、彩が話題を変えた。
「来週末、S先生のトーク&サイン会があるの、覚えてる?」
「あ、もちろん。チケット取れたんだろ?」
俺たちが共通して好きなミステリー小説家『S先生』のイベントだ。
「うん。でも、整理券もらうために朝の六時には会場に着いておきたいんだけど……」
「六時か。俺の家からの方が駅に近いし、始発に乗りやすいな。じゃあ、当日は俺の家の最寄り駅で待ち合わせるか?」
俺がごく普通に提案すると、彩はメガネのブリッジをクイッと押し上げて、少しだけ上目遣いで俺を見た。
「……朝、早いじゃん」
「まあ、そうだな」
「だから……前日の夜、渉くんの家に泊まりに行ってもいいかな」
「……は?」
あまりに唐突な爆弾発言に、俺は思わず立ち止まった。
「いやいやいや! 泊まるって、お前……! 友達としてだとしても、女子が男子の家に泊まるのはさすがにマズいだろ! ご両親だって絶対心配するって!」
「大丈夫。お母さん、渉くんのこと信用してるから」
「信用ってそういう問題じゃねえだろ!」
俺がパニックになっているうちに、いつの間にか彩の家の前に到着していた。
「ちょっと待ってて」
彩は俺の制止も聞かず、スタスタと玄関に入っていく。
数分後、ガチャリとドアが開き、彩と一緒に見覚えのある顔が出てきた。
彩のお母さんだ。
以前、ここで夕飯をご馳走になって以来、何度か顔を合わせている。
「あら、渉くん。今日も彩を送ってくれてありがとうね」
「あ、いえ! いつも鈴木さんにはお世話になってますんで……!」
俺が直立不動で挨拶すると、お母さんはニコニコと笑った。
俺が毎回きっちり門限までに彩を帰しているせいか、妙に信用されている自覚はある。
「お母さん、さっき言ってた来週のサイン会の件なんだけど」
俺の横で、彩がド直球の交渉を始めた。
「朝早いから、前日の夜、渉くんの家に泊まりに行っていい?」
(おいバカ、ストレートすぎるだろ!)
俺は冷や汗をかきながら、お母さんの顔を盗み見た。
「えっ……男の子の家に泊まるの?」
さすがのお母さんも、少しだけ眉をひそめた。当然の反応だ。よし、お母さん、もっと言ってやってくれ。
「うん。でも、渉くんだから大丈夫だよ。いつも時間通りに送ってくれるし、真面目だから変なこと絶対しないもん」
「……」
彩のやつ、俺のモブとしての「無害さ」を最大限に利用して説得しやがった。
お母さんは俺と彩の顔を交互に見比べた後、ふぅ、と小さくため息をついた。
「……まあ、渉くんなら安心ね。前にご飯食べた時もすごく礼儀正しかったし」
「えっ!?」
「でも、ちゃんと節度を守るのよ? 渉くんも、彩のことよろしくお願いしますね」
「……はいっ! もちろんです!」
俺は反射的に頭を下げた。
お母さんが家の中に戻った後、彩は「……ね? 大丈夫だったでしょ」と、小さくVサインを作ってみせた。
(いや、大丈夫じゃないから!)
お母さん、高校生の男女のお泊まりをそんな簡単に許可しちゃダメだろ!
いくら俺が無害なモブ扱いされてるからって、一応これでも健康な男子高校生なんだぞ。
来週末、俺の部屋でモブヒロインとのお泊まりイベントが発生することが確定してしまった。
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