第45話:カフェでの恋愛相談と、言い訳なしの約束
昼の十二時。
午前中のシフトが終わり、バックヤードでエプロンを外してフロアに出た。
さて帰るか、と思いながら店の出口に向かおうとした時、フロアの隅の席に見覚えのある二人がいるのが見えた。
一条さんと、彩だ。
(……マジか。まだいたのか)
見つからないようにそっと帰ろうとしたが、バッチリ彩と目が合ってしまった。
彩は一条さんに気づかれないように小さく手招きをすると、俺が近づくのを待って立ち上がり、小声で言った。
「あ、渉くん。バイト終わった? ……ちょっと、助けて」
「えっ、いや、俺これから帰って……」
断ろうとした俺の言葉を遮るように、彩がスッと手を伸ばしてきた。
そのまま俺の手首をキュッと掴んで、自分の隣の空いている椅子へと引っ張る。
「ちょっとだけ。男子の意見も聞きたいから」
「わっ……と」
普段は控えめなくせに、こういう時は妙に強引だ。
手首に残る柔らかい感触に少しだけドギマギしながら、俺は観念して椅子に腰を下ろした。
「あ、佐藤くん! バイトお疲れ様」
「おう。……俺、腹減ってるんだけど、飯食いながらでもいい?」
俺が案を出すと、結局、店長おすすめのパスタを三人分頼むことになった。
休日の昼下がりに、学年一の美少女と相棒のモブ女子と俺の三人でパスタをつつく。
どういう状況なんだこれ。
「……で、どうしたの?」
俺がパスタを巻きながら聞くと、一条さんは少し照れたように本題を切り出してきた。
「明日ね、また風間くんと出かけるんだけど……どうアプローチすればいいかなって」
あの二人、昨日も一緒に服買いに行ってたよな。
俺は冷静に男子側の意見をまとめることにした。
「あのね、一条さん。風間は、単純に自分に自信がないだけだよ。一条さんみたいな子と自分が釣り合ってるなんて思ってないから、変に駆け引きとかしないで、普通に『一緒にいて楽しい』ってストレートに言ってやればいい」
「ストレートに、かぁ」
「あと、あいつ基本口下手だから、一条さんから質問を振ってやるといいよ。自分が好きな本とか映画の話なら結構喋るから、聞き手に回ってやるとあいつも話しやすいと思う」
「なるほど……本の話ね!」
「それから、あいつが歩くペース合わせてくれたりとか、ちょっとした気遣いをしてくれたら、ちゃんと言葉にして褒めてやって。男ってそういう分かりやすい反応に一番弱いから」
俺が同じ男としての意見をいくつか並べると、一条さんは「そっか……!」と感心したように何度もうなずいた。
「よし、明日頑張ってみる! 佐藤くん、具体的なアドバイスありがとう!」
一条さんはパスタを綺麗に平らげると、午後二時頃にスッキリした顔で帰っていった。
残されたのは、俺と彩の二人だけだ。
「……で、お前はそもそも何しに来たんだよ」
「本、読みに来たの」
「俺の家でか?」
「……うん」
彩はしれっとカバンから文庫本を取り出した。
「ここだと落ち着かないし、うち来るか?」
なんとなくそう提案して、俺たちは店を出た。
俺の住むアパートは、海斗と一条さんが住んでいるマンションのちょうど向かい側にある。
部屋に着いて、それぞれ適当に本を広げる。
だけど、一時間くらいすると活字を追うのにも飽きてきて、自然と会話はさっきの一条さんの話になった。
「意外と、あの人たち展開早いね」
「だな。あとは海斗次第だろ。もう俺たちが口出ししなくても、なんとかなりそうだけど」
時計を見ると、もう夕方の五時近かった。
俺は窓の外の、向かいのマンションを見やった。あの建物に海斗がいて、明日のデートに向けて無駄に緊張しているんだろう。
「……あの二人、付き合ったらさ」
ふと、口をついて出た。
「……俺たちの『見守り』も終わりか」
主役の二人がくっつけば、裏方の役目はそこまでだ。
そう言った瞬間、部屋の中に妙な沈黙が落ちた。
彩が、手元の文庫本に視線を落としたまま押し黙っている。
いつもなら淡々と何か言い返してくるのに、少しだけ寂しそうな顔をしている気がした。
「……まあ、そしたら普通に遊べばいいだけだしな」
俺が慌てて誤魔化すように付け足すと、彩はパタンと文庫本を完全に閉じて、俺の方をじっと見た。
「……普通に遊ぶって、例えば?」
「え? いや……今日みたいにどっかで飯食ったり、本屋行ったり。まあ、こうしてうちでダラダラするんでもいいし……」
頭を掻きながら適当に答えると、彩は少しだけ小首を傾げた。
「……それって、見守り任務とかの『言い訳なし』で、ってことだよね」
「まあ、そうなるな」
「……ふーん」
彩は口元に小さく笑みを浮かべて、なぜか俺の座っているクッションの方へ、にじり寄ってきた。
「おい、なんだよ」
「……別に。じゃあ、早くあの人たちにくっついてもらわないとね」
夕暮れの西日が差し込む部屋の中。
黒縁メガネの奥の瞳が、妙にキラキラして見えた。
至近距離からシャンプーの甘い匂いが香ってきて、俺は慌てて視線を窓の外に逃がした。
「お、おう。そうだな」
主役たちの恋を裏で操っているはずが、いつの間にか俺自身も変なフラグを踏み抜いている気がする。
心臓が変なリズムで跳ねているのを悟られないように、俺はただ無言で夕焼け空を見つめるしかなかった。
第45話をお読みいただき、ありがとうございました。




