第44話:サプライズ来店、メインヒロインの告白
五月四日。
俺は駅前のカフェで、いつものようにエプロン姿でアルバイトのシフトに入っていた。
連休中ということもあって店はそこそこ忙しかったが、夕方になってようやく客足も落ち着いてきた頃。
カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。一名様……」
マニュアル通りの挨拶をしながら入口へ顔を向けた俺は、ピタッと動きを止めた。
そこに立っていたのは、昨日家の前で別れたばかりの相棒、彩だった。
いつもの黒縁メガネにショートヘア。服装は昨日の「気合の入ったデート服」とは違う、落ち着いた色合いのシンプルな私服だ。
(……えっ?)
うちの店に彩が来るのは初めてじゃない。俺がここでバイトしていることは知っている。
だけど、今日は別に約束なんてしていない。俺が目を丸くして固まっているのを見て、彩は少しだけ楽しそうに口角を上げた。
「……渉くん。おすすめの紅茶、ある?」
「お前な……」
俺は他のお客さんの手前、ため息を飲み込んで「お好きな席へどうぞ」とだけ返した。
昨日の満員電車での密着イベントのせいで、こっちは無駄に意識してしまっているというのに、こいつは相変わらずマイペースすぎる。
彩を適当なテーブル席に案内し、俺は業務に戻った。
彩は頼んだアールグレイの紅茶を飲みながら、カバンから文庫本を取り出して読書を始めた。俺はどうしてもそっちが気になってしまい、カウンターの中からグラスを拭きつつチラチラ見てしまう。
たまにパチリと目が合うと、彩は本で口元を隠しながら「ふふっ」と笑うのだから、完全に遊ばれているとしか思えなかった。
「(……やりにくいことこの上ないな)」
そんな風に内心でボヤいていた時だった。
カラン、と再びドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
今度は普通のお客さんだろう。そう思って顔を上げると、またしても見知った顔がそこにあった。
「あ、佐藤くん。ここでバイトしてたんだね」
明るくて華やかな声。私服姿の、一条さんだった。
休日のオーラを隠しきれていない学年一の美少女の登場に、店内の空気が少しだけフワッと明るくなる。
「(……いや、お前かよ!)」
俺は心の中で全力のツッコミを入れた。
なんで休日の俺のバイト先に、立て続けに関係者がやってくるんだ。
すると、奥のテーブル席の方から。
「ブフッ……!」
盛大に吹き出すような音と、激しく咽せる声が聞こえた。
見ると、彩が口元をハンカチで必死に押さえながら、プルプルと肩を震わせていた。どうやら、一条さんの登場という予想外すぎる事態に、飲んでいた紅茶を吹き出しかけたらしい。
普段クールな相棒の珍しい失態に、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「あれ? もしかして鈴木さん? 大丈夫!?」
一条さんが驚いて駆け寄る。
「……ゲホッ、う、うん。大丈夫。……奇遇、だね」
「びっくりした。鈴木さんも一人? もしよかったら、一緒の席に座ってもいいかな」
「……いいよ」
息を整えた彩が頷き、まさかの「メインヒロインとモブヒロインの相席」が成立してしまった。
俺はお冷とメニューを持って、二人のテーブルへと向かう。
「ご注文はお決まりですか」
「あ、じゃあ私、このフルーツティーで」
「かしこまりました。……少々お待ちください」
ハンディに注文を打ち込み、仕事モードで立ち去ろうとした、その時だった。
「あのさ、鈴木さん」
一条さんが、少しだけ真面目な、だけどひどく照れたような顔で口を開いた。
声のトーンの変化に、俺はつい足を止めてしまう。
「……ちょっとだけ、悩み、聞いてもらえないかな」
一条さんは両手でお冷のグラスをギュッと握りしめ、ポツリとこぼした。
「私……好きな人が、いるんだ」
「……」
俺はハンディを持ったまま、思わず立ち尽くした。
ちょっと待て。一昨日は海斗が『女の子と出かける服がない』って相談に来たよな。で、今度はお前かよ。
(うちのカフェは、ラブコメのイベント発生地点かセーブポイントか何かなのか……?)
俺の心の中のツッコミなど知る由もなく、一条さんの頬は林檎のように赤く染まっている。
彩は静かに「……うん、聞くよ」と頷いた。
俺は「失礼いたしました」と頭を下げて、慌ててカウンターの中へ避難した。
とはいえ、客足も落ち着いている店内だ。奥の席にいる二人の会話は、グラスを拭きながら聞き耳を立てている俺にもバッチリ届いてしまっていた。
「それで……その好きな人って?」
彩の問いかけに、一条さんはフルーツティーのグラスを両手で包み込みながら、とろけそうな笑顔を作った。
「うん。うちのクラスの……隣の席の男の子なんだけど」
(はいはい、風間海斗ですね。知ってますよ)
俺は心の中で秒で答えた。
「普段は大人しくて、ずっと本読んでるんだけど……でも、すごく優しくて、本当はすごくかっこいいの」
学年のアイドルにここまで言わせる海斗の隠れスペック、マジで恐るべしである。
「でもね……」
一条さんが、少しだけ眉を下げてため息をついた。
「何回か一緒に出かけたり、昨日も服を一緒に買いに行ったりしたんだけど……彼が私のこと、どう思ってるのか全然わからなくて……」
(いやいや、あいつもお前のこと絶対好きだから! ただのヘタレなだけだから!)
俺はカウンターの中で、手元のダスターをギュッと握りしめた。両思いなのにすれ違う、ラブコメ特有の焦れったい展開が目の前で繰り広げられている。
「実はね……明日も、一緒に出かけることになってるの」
「明日も?」
彩が少し驚いたように聞き返す。俺も驚いた。連休中、どんだけ会うんだよあいつら。
「うん。それで……明日は、もうちょっと私からアプローチしてみたいって思ってるんだけど。鈴木さん、何かできることないかな……?」
一条さんの真剣な、恋する乙女の顔。
彩は「……うーん」と少し考え込むような素振りを見せた後、なぜかチラッと、カウンターの中にいる俺の方へ視線を向けた。
(おい、こっち見るな。俺はただのモブ店員だぞ)
俺が慌てて目を逸らすと、彩は小さく「ふふっ」と笑ってから、一条さんに向き直った。
モブの平凡なバイト先に、主役たちの恋愛フラグが容赦なく押し寄せてきていた。
第44話:後書き
第44話をお読みいただき、ありがとうございました。
彩にからかわれて居心地の悪いバイト中、まさかのメインヒロイン・一条さんが来店!
渉の「いや、お前かよ!」という心のツッコミと、不意打ちすぎて盛大に紅茶を吹き出しかける彩のギャップはいかがでしたでしょうか(笑)。




