第42話:二回目の侵入と、気合の入った相棒
朝。
スマホのアラームより少し早く目が覚めた俺は、部屋に漂ういい匂いに鼻をクンクンとさせた。
トーストの焼ける匂いと、卵を炒めるバターの香り。
(……あれ? なんか、前にもあったような……。)
妙に既視感のある状況に、俺はベッドから身を起こした。
ワンルームの短い廊下を抜けてキッチンを覗き込むと、そこには。
「おはよう、渉くん。もう起きちゃった?」
エプロン姿の彩が、フライパン片手に振り返った。
「おはよう……って、またかよ! なんで普通にいるんだよ」
「合鍵、持ってるから。どうせ今日も朝ごはん適当に済ませると思ったから、作りに来たの」
彩は悪びれる様子もなく、パカッと卵をもう一つ割った。
いや、合鍵で勝手に入ってきて手作り朝ごはんって、どこのラブコメだよ。
まさかこんな短期間で二回目があるとは思わなかった。
モブの心臓には負担がデカすぎる。
「作ってくれるのはありがたいけどさ。……てか、お前」
「ん?」
俺の視線に気づいて、彩がエプロンを少しずらした。
エプロンの下に着ている今日の彼女の私服は、淡いベージュの薄手のニットに、ふんわりとした白いロングスカート。
いつも図書室で見かけるショートヘアは、少しだけヘアオイルか何かでツヤが出されていて、片方だけ髪を耳にかけている。普通に、めちゃくちゃ可愛い。
「昨日、電話で『カモフラージュ頑張る』って言ってなかったか? それ、どう見ても……」
「……うん。休日のショッピングモールで悪目立ちしないための、完璧な都市迷彩」
「だから迷彩ってなんだよ。気合入った服にしか見えないぞ」
俺がジト目でツッコミを入れると、彩はメガネのブリッジをクイッと押し上げて視線を逸らした。
「……気のせい。それより、早く顔洗って着替えてきて。ご飯、冷めるから」
誤魔化すように急かされ、俺は洗面所へ向かった。
寝癖を水で必死に直し、昨日海斗の服を見立てるついでに買った服に着替える。
淡いブルーのオーバーサイズシャツに、黒の細身のパンツ。年相応にマシな格好だと思う。
リビングに戻ると、テーブルには二人分の朝食が並んでいた。
「いただきます」
「……どう?」
「美味い。てか、ほんと料理上手いな」
「……よかった」
俺が食べるのを見て、彩は小さく微笑んだ。
向かい合って朝飯を食いながら、ふと思う。
これから海斗たちの恋の行方を見守りに行く裏方のはずなのに、俺たち完全に休日のカップルみたいな空気になってないか?
食事を片付け、俺たちは目的のショッピングモールがある駅へ向かうために電車に乗った。
海斗と一条さんが家を出るのは十時の予定だ。
俺たちは少し先回りして、モールの入り口で待ち伏せる作戦だ。
ガタン、ゴトンと揺れる車内。
休日の朝にしては空いていて、俺たちは並んで座席に座っていた。
隣から、ふわりと甘いシャンプーの匂いがする。
(……いや、これ完全に俺たちのデートじゃん)
今更すぎる事実に、俺は内心で頭を抱えた。
ターゲットの二人はまだ姿すら見せていないのに、俺の意識の九割は、隣で可愛い服を着て座っている相棒にばかり向いてしまっている。
「……渉くん」
不意に、彩が俺のシャツの袖を、ちょこんと指先で摘んできた。
「……やっぱりその新しい服、似合ってる。いつもより、かっこいい」
少しだけ上目遣いで、ぽつりと言われる。
「っ……」
俺は咄嗟に顔を背け、窓の外を見るフリをした。不意打ちの『かっこいい』はマジで心臓に悪い。
「お、おう。サンキュ。……お前も、その服、似合ってるよ」
俺がボソッと返すと、隣で彩が「ふふっ」と小さく笑う気配がした。
十時二十分。
ショッピングモールの吹き抜けになっている二階通路。
俺と彩は、通路に面したオープンカフェのテラス席に陣取っていた。
目の前の通路を挟んだ真向かいには、若者向けの大きなアパレルショップがある。
ガラス張りの店内には、ついさっき合流したばかりの海斗と一条さんがいた。
一条さんが楽しそうに春物のジャケットを海斗の肩に当てて、海斗が照れくさそうに頷いているのが、ここからバッチリ見える。
「……うん、いいな。完璧な眺めだ」
「……見つかるリスクもないし、特等席だね」
アイスティーのストローを咥えながら、彩が小さく頷いた。
モールに着いて早々、俺たちは海斗たちが服屋に入るのを確認した。
だが、休日の店内で同じように服を見るフリをして尾行するのは、顔バレのリスクが高すぎる。
そこで彩が提案したのが、「向かいのカフェからの定点観測」だった。
これなら不自然に隠れる必要もないし、もし万が一見つかっても「偶然お茶してただけだ」と言い逃れができる。
「一条さん、すごく嬉しそう。風間くんも、昨日買った服、似合ってるし」
「だろ? 俺のスタイリングのおかげだな。まあ、あいつは素材がいいから何着てもサマになるんだけどさ」
グラスの水滴を拭きながら、俺は少し得意げに答えた。
主役の二人が楽しそうにしているのを見るのは、裏方として純粋に嬉しい。
だが、問題が一つある。
(……カフェで向かい合って座ってる俺たち、どう見てもデート中のカップルだよな)
目の前の席で、彩がアイスティーを飲んでいる。
ショートヘアを耳にかけた仕草や、グラスを持つ細い指先。
テラス席の明るい日差しに照らされた彼女は、周りの客が時々チラチラと振り返るくらい、女の子らしくて可愛い。
見守り任務という大義名分のもと、俺たちは堂々と休日のカフェでお茶をしている。
海斗たちを観察しているフリをしながら、俺はさっきから、目の前に座る相棒の姿ばかりを目で追ってしまっていた。
「……渉くん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもない! ほら、あいつら別の棚に移動したぞ!」
「……ほんとだ」
彩が視線を服屋に戻す。
俺はバレないように小さく息を吐き、冷たいアイスティーを一気に喉に流し込んだ。
主役たちの甘いイベントを見守るはずが、俺の心臓は、さっきから休まる暇がなかった。
第42話をお読みいただき、ありがとうございました。
合鍵での襲来から電車でのむず痒いやり取りを経て、ショッピングモールに到着した二人。
尾行のリスクを回避するために選んだのは、「向かいのカフェでお茶をしながら見守る」という、実質的なカフェデートでした(笑)。




