第4話:モブからのアシスト
一条さんの家の鍵を拾ってしまった渉と鈴木さん。
普通ならすぐに届けるところですが、彼らは「モブ」であり「裏方」です。
風間くんという主人公を輝かせるため、二人の息の合ったステルスミッションが幕を開けます。
「……で、これどうする? さすがに家の鍵だし、職員室か落とし物センターに届けるべきか?」
俺が常識的な提案をすると、鈴木さんは即座に首を横に振った。
「……だめ。それは三流モブのやること。……この鍵は、主人公(風間くん)が見つけて、ヒロインに手渡すことで好感度が爆上がりする『SSRアイテム』だから」
「お前、言ってること完全にゲーム脳だな……。でも、一条さん本人は今頃パニックになってるぞ」
俺がそう言った矢先だった。
昇降口の方から、血相を変えた一条さんが小走りで戻ってくるのが見えた。
いつも綺麗に整えられている黒髪を揺らし、足元をキョロキョロと探しながら、泣きそうな顔で廊下を戻ってくる。
「……来た。一条さん」
「うわ、マジで泣きそうじゃん。これは早く返してやらないと可哀想だろ」
俺が柱の陰から出ようとした瞬間、鈴木さんが俺の制服の袖をギュッと引いた。
「……待って。あっち」
鈴木さんが顎でしゃくった方向、階段の踊り場から降りてきたのは、いつものように猫背で気配を消した風間海斗だった。
風間は、誰もいないはずの渡り廊下で必死に何かを探している一条さんを見て、ピタリと足を止めた。
俺と鈴木さんは、息を潜めて柱の陰に同化する。
「……どうしたの、一条さん」
周りに他の生徒がいないことを確認してから、風間が静かに声をかけた。
一条さんはビクッと肩を震わせて振り返り、風間の顔を見た瞬間に、少しだけホッとしたような、でも泣きそうな顔を向けた。
「か、風間くん……。あの、私、家の鍵を落としちゃって……。カバンに入れたはずなのに、なくて……っ」
「……鍵。それはマズいね。俺も探すよ。どの辺りで落としたか、心当たりある?」
(……よしっ!!)
俺と鈴木さんは、暗がりの中で同時にガッツポーズを作った。
風間、お前やればできるじゃないか! あの地味メンが、女の子のピンチにスッと手を差し伸べる。これぞ王道、これぞラブコメの主人公だ。
二人は手分けして、渡り廊下の周辺を探し始めた。
風間は花壇のプランターの裏や、ロッカーの下などを丹念に覗き込んでいる。
一条さんも半泣きで床を見つめているが、もちろん鍵は俺のポケットの中だ。
「……鈴木さん、今だ。俺が隙を見て、風間が探してる先に鍵を置く」
「……了解。私は一条さんの死角を作る」
俺たちは顔を見合わせ、音もなく行動を開始した。
一条さんが反対側を向いた一瞬の隙を突き、鈴木さんがさりげなく俺の影になるように立つ。俺はその横から手を伸ばし、風間がこれから覗き込もうとしている大きめのプランターの陰に向かって、銀色の鍵を滑らせた。
チャリッ、と小さな音がしたが、二人の焦る足音にかき消された。
「……あった」
数秒後。風間の低く落ち着いた声が、渡り廊下に響いた。
プランターの陰から、ウサギのキーホルダーをつまみ上げる。
「えっ……?」
「一条さん。これだよね」
風間が鍵を差し出すと、一条さんはパァッと顔を輝かせた。
さっきまでの半泣きの表情が一瞬で吹き飛び、極上の笑顔が咲き誇る。
「あっ……! そ、それ! 私の鍵! よかったぁ……っ」
「……プランターの陰に落ちてた。見つかってよかったね」
「ありがとう、風間くん……! ほんとに、ほんとにありがとう……っ」
一条さんは鍵を両手で包み込むように胸に当て、上目遣いで風間を見つめた。
対する風間も、いつもは隠れている前髪の奥で、ほんのりと頬を染めながら「……気をつけてな」とぶっきらぼうに返す。
(……くぅぅーっ!! 尊い!! 最高かよお前ら!!)
俺は柱の陰で、思わず天を仰いだ。
隣の鈴木さんも、口元を両手で覆いながら、プルプルと震えている。
「……佐藤くん。大成功」
「ああ。俺たちのステルス・デリバリー、完璧だったな」
俺たちは誰にも見られない暗がりの中で、パチン、と静かにハイタッチを交わした。
二人の世界を邪魔しないように、俺たちはそのまま音を立てずに、裏口からそっと校舎を抜け出した。
第4話をお読みいただき、ありがとうございました。
モブ二人の完璧な連携による「ステルス・デリバリー」。
無事に風間くんの株が上がり、一条さんの極上の笑顔を引き出すことに成功しました。




