第3話:イベントの匂いは足元から
連絡先を交換し、晴れて「同志」となった渉と鈴木さん。
翌朝の登校から、二人の関係は少しだけ変化を見せ始めます。
そして放課後。モブ二人の目の前に、ラブコメ王道の『あのアイテム』が転がり込んできて……?
四月も中旬を過ぎると、朝の空気も随分と暖かくなってくる。
いつもの時間にアパートを出て、駅に向かう道を歩いていると、背後から足音が近づいてきた。
「……おはよう、佐藤くん」
「お、鈴木さん。おはよう」
振り返ると、ショートヘアに黒縁メガネの鈴木さんが歩幅を合わせて並んでくる。
声のトーンは相変わらず平坦だけど、昨日連絡先を交換したせいか、少しだけ距離感が近い気がした。
「……昨日の夜、佐藤くんに言われたラノベの三巻、読み返した」
「マジか。やっぱあの図書室のシーン、焦れったくて最高だろ?」
「……うん。主人公が鈍感すぎて、ヒロインがちょっと可哀想になったけど。……でも、あれが王道」
俺たちは並んで歩きながら、昨日読んだラノベの展開についてごく自然に語り合った。
傍から見れば、ただの趣味の合うクラスメイトの男女だろう。実際、進級してまだ二週間のこの時期なら、こうやって話しながら登校していても特に悪目立ちはしない。俺たちはあくまで「モブ」としての擬態を保ちつつ、充実したオタクトークを繰り広げていた。
学校に着いてからも、俺と鈴木さんは普通に接した。
休み時間にちょっとした雑談をしたり、次の授業の準備をしながら「今日の風間、一段とオーラ消してるな」「……うん、壁と同化してる」なんて小声で言い合ったり。
共通の秘密があるだけで、退屈だった教室の風景が、急に鮮やかなものに見えてくるから不思議だ。
そして、放課後。
ホームルームが終わるや否や、鈴木さんが俺の席の横を通りすがりに、小さく呟いた。
「……佐藤くん。今日は早めに教室、出るよ」
「ん? なんで」
「……あの二人(一条・風間)の帰り際を、いい位置で観測するため。……昇降口の死角、確保する」
相変わらず、行動力だけはモブの枠を超えている。
俺は「分かった」と短く返し、帰り支度を済ませて鈴木さんと一緒に教室を出た。
向かった先は、生徒たちが必ず通る昇降口……の少し手前、中庭へと続く渡り廊下の陰だ。
ここなら、下駄箱に向かう生徒たちを観察しつつ、自分たちは目立たない。
「……で。ここで一条さんたちが来るのを待つわけか」
「……そう。昨日みたいに、偶然入り口で会うか、それとも少し時間をずらして帰るか。……二人の『今の距離感』を測る、大事な定点観測」
鈴木さんは柱の陰から、真剣な眼差しで昇降口の方を監視している。
俺も隣で壁に寄りかかりながら、放課後のざわめきをぼんやりと眺めていた。
その時だった。
俺の足元で、何かがカチャリ、と小さな音を立てた。
「……ん?」
視線を落とすと、コンクリートの床に、小さな金属製の物体が落ちていた。
丸っこいウサギのキャラクターのキーホルダーがついた、銀色の鍵だ。
「……佐藤くん、それ」
「落とし物か? しかもこれ、家の鍵じゃないか」
俺はしゃがみ込んで、その鍵を拾い上げた。
ウサギのキーホルダーには見覚えがあった。確か今日の朝、教室で一条さんがスクールバッグから教科書を出す時、カバンの端で揺れていたのと同じやつだ。
「……これ、一条さんのだぞ」
「……一条さんの、家の鍵」
俺の言葉に、鈴木さんのメガネの奥がキラリと光った。
俺と鈴木さんは、無言のまま顔を見合わせる。
完璧な美少女の、家の鍵の紛失。
放課後の、人がまばらになり始めた校舎。
そして、この後やってくるであろう、地味メンの主人公候補。
「……鈴木さん」
「……うん。完全に、『イベント』の匂いがする」
俺の手に握られた小さな鍵は、これから起こる王道ラブコメ展開へのチケットだった。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます!
モブ二人の足元に転がってきたのは、まさかの「ヒロインの家の鍵」!
これを見逃す手はありません。




