第39話:モブのバイト先と、服を買いに行く服がない問題
5月2日、午前八時半。
GW後半戦の初日だというのに、俺は少しだけどんよりとした気分で、バイト先のカフェに向かって歩いていた。
昨日の帰り道の「呼び方変更イベント」の破壊力は凄まじかった。
夜、寝る前にLINEで『おやすみ、渉くん』『おう、おやすみ彩』とやり取りをしただけで、スマホを持つ手が変な汗をかくくらい緊張してしまったのだ。
しかも今日、彩は午前中から家族の用事があるらしく、俺の部屋には来ない。
昨日までずっと一緒にいて、合鍵で当たり前のように部屋に上がり込まれていたからか、朝起きて一人分のトーストをかじっている時、なんだか無性に手持ち無沙汰だった。
(……別に、寂しいわけじゃないけどな。どうせ俺は昼までバイトだし)
心の中で強がりながら、俺はカフェの従業員用ドアを開けた。
俺のバイト先は、駅前にある少しこ洒落たカフェだ。
九時から十二時までの午前シフトに入り、エプロンを締めてホールに出る。
GWとはいえ午前中の客足はまばらで、俺は適当にテーブルを拭いたりしながら時間を潰していた。
カラン、と入り口のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
マニュアル通りに声をかけて振り向くと、そこには見慣れた、しかしこの場には絶望的に似つかわしくない男が立っていた。
長身に重たい前髪。背中を丸め、まるでこの世の終わりのような負のオーラを漂わせている風間海斗だった。
(……あいつ、こんなお洒落カフェで何やってんだ?)
海斗は周りの客(といっても数人だが)の視線を気にするようにビクビクしていて、完全に挙動不審になっている。
俺はため息をつきつつ、店の一番奥、観葉植物の陰になっていて目立たない隅の席へと彼を案内した。
「……ご注文はお決まりですか」
メニューとお冷を置きながら、わざと少し事務的な声で話しかける。
ビクッと肩を揺らした海斗が顔を上げ、俺の顔を見て目を丸くした。
「あ……佐藤。ここでバイトしてたんだ」
「おう。お前、一人でカフェなんて珍しいな」
知り合いだと分かってホッとしたのか、海斗の肩からスッと力が抜けた。
とりあえずブレンドコーヒーを一つ注文させ、俺は一度カウンターに戻った。
店長に「友達か?」と聞かれたので頷くと、「暇だし、少し話してきなよ」とありがたい許可をもらえた。
コーヒーを運びがてら、俺は海斗の向かいの席にドカッと座った。
「で? どうしたんだよ。なんでそんなお通夜みたいな顔してんだ」
「……うん。昨日、友達と出かけて、すごく楽しかったんだけど……」
海斗はコーヒーカップを両手で包み込むように持ち、深く、重いため息を吐いた。
「別れ際に、『明後日、一緒に服を見に行きたい』って誘ってくれて……」
「お、マジか。二回目のデートじゃん。順調そのものだろ」
「デート……女の子だとは言ってないが……。」
「違うのか??男と遊びに行くのに、そんなに服で迷わないだろ。好きな子だろ?正直に言え」
「好きかはまで自分でもわからないけど、女の子です……」
「そうだよな。二回目なら、順調じゃないか?」
「問題があってだな……。」
海斗がさらに前髪を深く下げて、消え入りそうな声で言った。
「……一緒に、服を買いに行くための服がないんだ……」
(出た)
俺は心の中で、スタンディングオベーションをした。
ラブコメ初期のド定番トラブル『主人公の私服ダサい(無難な物しかない)問題』だ!
これが発生しないと、ヒロインとのお買い物イベントに繋がらないからな。
王道展開をきっちり踏んでくる海斗、さすが主人公である。
「なるほどな。昨日は無難な服で行ったけど、服屋を巡るならそれなりの私服じゃないと隣を歩けない、と」
「うん……。俺、普段は真っ黒なパーカーとか、適当なシャツしか着ないから。どうしよう、佐藤」
捨てられた子犬のような目で助けを求めてくる海斗。
本来なら「自分でなんとかしろよ」と突き放すところだが、俺にはモブとしての使命がある。
……それに。
(実は俺も、新しい服が欲しかったんだよな……)
昨日の尾行中、彩は『目立たないように』と言いながらも、絶妙に可愛い服を着ていた。
あいつ、普段は図書委員でオーラを消しているくせに、私服は結構お洒落なのだ。
これから先、ゲリラデートの尾行やサポートで彩と一緒に歩く機会は増える。
その時、俺がヨレヨレの服を着ていたら、彩の隣にいて完全に浮いてしまう。
それだけは、男としてなんか嫌だった。
海斗の服を見立てるついでに、俺も無難でお洒落な服を買えば一石二鳥だ。
「……しゃーないな。男同士なら、服屋にも気兼ねなく入れるだろ。俺が一緒に選んでやるよ」
「えっ、本当!? 助かる……!」
海斗の顔に、今日初めてパッと明るい光が差した。
「俺のバイト、十二時に終わるから。それまでここで適当に時間潰して待っててくれ。終わったら、一駅隣の店に行くぞ」
「うん、わかった! ほんと、ありがとう佐藤……!」
拝まんばかりの勢いで感謝してくる海斗を適当にあしらい、俺はホールの仕事に戻った。
主人公のファッション改造計画、そして自分の私服アップデート。
GW後半戦も、暇を持て余すことはなさそうだ。
第39話をお読みいただき、ありがとうございました。
彩がいない午前中、なんだか手持ち無沙汰な渉のもとに現れたのは、負のオーラ全開の海斗でした。
悩みの種は、ラブコメ王道の「服を買いに行く服がない問題」! メタ的にテンションが上がる渉ですが、ちゃっかり「彩の隣を歩くための自分の服」を買う目的も混ざっています。




