第36話:主人公のクレーンゲームと、緊急避難
手のひらから伝わってくる熱が、俺の思考能力をじわじわと奪っていく。
(……女の子の手って、こんなに柔らかくて温かいのか……)
右手に全神経が集中してしまい、周りの景色なんて全く頭に入ってこない。
隣を歩く鈴木さんも無言だが、絡めた指先を絶対に離そうとはしなかった。
そんなふわふわとした状態のまま、ターゲットの風間と一条さんは、昨日俺たちも下見で訪れた大型ゲームセンターへと入っていった。
「あいつら、ゲーセンに入ったぞ」
「……うん。見失わないように、少し近づこう」
俺たちは繋いだ手をそのままに、喧騒の響く店内へと足を踏み入れた。
風間たちが向かったのは、クレーンゲームのコーナーだった。
そして彼らが立ち止まった筐体の中には、昨日俺が鈴木さんのために取ったのと同じ、あの人気ラノベのマスコットぬいぐるみが積まれていた。
「あ、あれって……」
「……うん。昨日、佐藤くんが取ってくれたやつと同じ」
鈴木さんが、繋いでいない方の手でベレー帽の鍔を少し上げながら呟いた。
どうやら一条さんがそのぬいぐるみに興味を示したらしく、風間が「俺、やってみようか」と腕まくりをして挑戦し始めた。
(頑張れ、風間! そこはアームを落とす位置をもう少し右に寄せて……!)
俺は、昨日の自分の奮闘を思い出しながら、心の中で熱烈に主人公を応援した。
何度か失敗し、小銭を追加しつつも、ついに風間はぬいぐるみをゲットした。
取り出し口から景品を取り出し、一条さんに手渡す。
一条さんはパァッと顔を輝かせ、ぬいぐるみを胸に抱きしめて嬉しそうに笑っていた。
「やったな、風間のやつ……」
俺がホッと胸を撫で下ろしていると、繋いでいる俺の右手に、キュッと少しだけ力が込められた。
「ん? どうした?」
見下ろすと、鈴木さんは風間たちの方を見つめたまま、小さな声で呟いた。
「……一条さんも嬉しそう。でも……」
「でも?」
「……昨日の佐藤くんの方が、手際が良くて……かっこよかった」
ドキン、と心臓が大きく跳ねた。
クーデレ女子の不意打ちすぎるデレ。
「そ、そうか? ま、まあ俺はバイトで手先が器用になってるだけだしな……って、やばい!」
余韻に浸る間もなく、俺は致命的な事態に気づいた。
ぬいぐるみを獲って満足した主役カップルが、振り返ってこちら(出口方面)へと歩いてきたのだ。
「こっち来るぞ! ここ、隠れる場所がない……!」
通路の真ん中だ。ただ背を向けるだけでは不自然だし、すれ違う時に顔を見られたら一貫の終わりだ。
「……佐藤くん、こっち!」
鈴木さんが俺の手を強く引き、すぐ横にあったブースのカーテンを勢いよく開けた。
そこは、プリクラの筐体だった。
俺たちはそのまま、密室の中へと転がり込んだ。
「はぁ、はぁ……あぶねー、間一髪だったな」
狭いブースの中、肩と肩が触れ合うほどの至近距離で俺たちは息を潜めた。
しかし、すぐに別の問題が発生した。
「……ねえ、これ、お金入れないと怪しまれるんじゃ……?」
俺の言葉に、鈴木さんもハッとした。
確かに、カーテンを閉めて何もせずに中に入っている男女なんて、外の店員や他のお客さんから見たらただの不審なカップルだ。
「……背に腹は代えられない。これも、カモフラージュの一環」
鈴木さんは真顔でそう言い切ると、バッグから財布を取り出し、迷うことなく硬貨を投入した。
『撮影スタート! 二人でくっついてー!』
機械の陽気な音声が、狭いブース内に響き渡る。
「く、くっついてって……」
「……ほら、早く。怪しまれる」
鈴木さんは強引に俺の腕を引き寄せ、俺の肩にピトッと自分の頬をくっつけてきた。
画面の中には、ガチガチに緊張した俺と、無表情ながらも耳を真っ赤にしている鈴木さんが映っている。
カシャッ!
『次は、手でハートを作って!』
「は、ハート!? 」
「……これも見守りのため。早く」
「裏方がハート作るわけないだろ!」
抗議する俺をよそに、鈴木さんは自分の片手でハートの半分を作り、俺の顔の横に突き出してきた。
「……合わせて」
上目遣いでジッと見つめられ、俺はため息をつきながら自分の手を添え、不器用なハートマークを完成させた。
カシャッ!
その後も『見つめ合ってー!』だの『最高の笑顔で!』だの、機械の無茶振りに翻弄されながら、怒涛の撮影タイムが終了した。
「……ふぅ。終わった」
カーテンを少しだけ開けて外の様子を窺うと、風間たちはすでに店を出ていった後だった。
俺たちは機械の外に出て、印刷されたシールを受け取った。
そこには、俺の肩に頬を寄せる鈴木さんや、真っ赤な顔でハートを作る俺たちの姿が、鮮明に――どこからどう見ても幸せ絶頂のバカップルとして――残されていた。
鈴木さんはハサミでシールを半分に切り分けると、その片方を俺に差し出した。
「……はい。今日の、見守りの記録。……大事にしてね」
「記録って……これ、どう見てもただのデートの記念じゃねえか」
俺はツッコミながらも、それを受け取った。
目の前の鈴木さんがシールを見つめながら、今日一番の柔らかい笑顔を浮かべていたのを見て、文句を言う気は完全に失せてしまった。
「……ああ。大事にするよ」
俺は財布のカードポケットの、一番よく見える特等席にそのシールをそっとしまった。
主役たちの恋をアシストするはずの俺のGWは、着実に、俺自身のラブコメへと書き換えられつつあった。
第36話をお読みいただき、ありがとうございました。




