第37話:暗闇と、右肩のヒロイン
財布のカード入れに、さっきのプリクラシールをこっそりとしまった。
「さて、あいつら次はどこ行くんだろ」
少し離れた場所から海斗と一条さんの後を追うと、二人は迷うことなくエスカレーターでショッピングモールの最上階へ向かっていった。
最上階にあるのは、大型の映画館だ。
「なるほど、映画か。」
「……うん。朝から歩き回ってたし、足休めにはちょうどいい」
隣を歩く鈴木さんも小さく頷く。
ラブコメのデート回でも、中盤の映画館はけっこうある。
風間のやつ、ちゃんとデートのセオリーを予習してきたらしい。
普段は伏し目がちでオーラを消していて、周りからは「暗くて地味な奴」なんて思われてるけど、やればできるじゃないか。
二人がチケットを買ったのは、今話題のベタな恋愛映画だった。
俺たちも少し遅れて券売機に向かい、バレないように二人の斜め後ろ、最後列の端っこの席を確保した。
薄暗い館内に入り、ふかふかのシートに腰を下ろす。
すぐに照明が落ち、映画泥棒のCMを経て本編が始まった。
スクリーンには美男美女の俳優が映し出されているが、俺の意識は完全に斜め前の席に向いていた。
(さあ海斗、ここからが本番だぞ。ひじ掛けに手を置いて、一条さんと手が触れ合ってドギマギするやつ、やれるか……?)
俺はまるでスポーツ観戦でもしているかのように、暗闇の中で前の席に熱視線を送っていた。
だが、映画が中盤に差し掛かった頃だった。
コテン、と。
俺の右肩に、ふわりと軽い衝撃が走った。
「ん?」
視線だけで横を見ると、鈴木さんが俺の肩に頭を乗せて、すーすーと規則正しい寝息を立てていた。
ショートヘアから覗く無防備な顔がすぐそこにある。
(おいおいおい……!)
俺は心の中で盛大にツッコミを入れた。
(海斗と一条さんのラブコメイベントを観測しに来たのに、なんで最後列の俺の肩で『ヒロインの寝落ちイベント』が発生してんだよ!)
パニックになりつつ、肩を揺らして起こそうかとも一瞬考えた。
でも、よく考えたら、澪は今朝早くから俺の部屋に合鍵でやってきて、朝ごはんまで作って待っててくれたんだ。
それに、昨日からずっと気張って「カモフラージュ」だなんだと俺を引っ張り回していたし、疲れて当然だ。
「……まあ、いっか」
俺は小さく息を吐いて、背もたれに深く体を預けた。
このまま肩くらい貸してやってもバチは当たらないだろう。
――そう高を括っていた俺が甘かった。
肩から伝わってくる彼女の確かな体温。
ショートヘアからふわりと香る、甘いシャンプーの匂い。
少しでも動いたら起こしてしまうかもしれないという緊張感で、俺は文字通り微動だにできなくなった。
(やばい、肩が攣りそう。ていうか、心臓の音うるさすぎだろ俺……)
結局、そこから先の映画の内容なんて一ミリも頭に入ってこなかった。
斜め前の海斗たちがひじ掛けでイチャイチャしたかどうかも、完全にチェックしそびれた。
ただひたすら、右肩の温かさと、自分自身の爆音の鼓動に耐えるだけの時間が続いた。
やがてスクリーンにエンドロールが流れ、館内の照明がパッと明るくなった。
「……んっ」
鈴木さんが小さく身じろぎをして、ゆっくりと目を開けた。
そして、自分が俺の肩に頭を乗せていたことに気づいた瞬間。
「……っ!」
ビクッと肩を揺らし、奥の目を限界まで丸くした。
ショートヘアの隙間から見える耳まで、一瞬で真っ赤に染まっている。
「おはよう。よく寝てたな」
俺がわざと意地悪くからかうと、鈴木さんは慌てて姿勢を正し、そっぽを向いた。
「……寝てない。ちょっと、目を瞑って映画の音声に集中してただけ」
「いや、めっちゃスースー言ってたぞ。よだれ垂らしてないか?」
「垂らしてないっ! ……もう」
真っ赤な顔で唇を尖らせる鈴木さん。
でも、すぐに少しだけ視線を下げて、もごもごと口ごもった。
「……でも」
「ん?」
「……意外と寝心地、悪くなかった」
俺の肩を貸したこと自体は嫌じゃなかった。
そう思うと、こっちまでなんだか照れくさくなってくる。
「……そりゃどうも。肩凝ったから、後でジュースでも奢れよ」
「……考えておく」
軽口を叩き合いながら、俺たちは映画館を出た。
大きな窓から見える外の景色は、すっかりオレンジ色の夕暮れに染まっている。
「さて、いよいよデートも終わりかな」
「……うん。最後まで、しっかり見届けないと」
俺と澪は、少しだけ距離が近くなったまま、前を歩く海斗と一条さんの背中を追いかけた。
他人のラブコメを観測するはずの俺のポジションは、もうすっかり、自分自身のラブコメの当事者へと変わってしまっていた。
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