第29話:クレーンゲームと、部屋での休息
ランチを終えた俺たちは、その後もモールのフロアをいくつか見て回り、大体のルートやお店の配置を頭に入れた。
「まあ、大体の動線はこれで確認できたな。風間たちも、これだけお店があれば半日は余裕で持つだろ」
「……うん。見守るポイントもいくつか見つけられたし、十分な収穫」
食後のドリンクを片手に、俺たちは歩調を緩めた。
時刻は午後二時を少し回ったところ。
帰るには少し早いし、かといって服屋ばかりを見るのも疲れてきた。
「あとは……時間潰しの定番だな。あそこのゲームセンター、ちょっと覗いてみるか」
俺の提案に鈴木さんも頷き、二人で広々としたアミューズメントコーナーへと足を踏み入れた。
休日のゲーセンは、家族連れや中高生たちでかなりの賑わいを見せていた。
メダルゲームやプリクラのコーナーを通り抜け、立ち並ぶクレーンゲームの通路を歩いていると、鈴木さんの足がピタッと止まった。
「……っ」
彼女の視線の先には、大きめのクレーンゲームの筐体があった。
ガラスの向こうに積まれているのは、俺たちが共通で読んでいて、最近アニメ化もされたばかりの大人気ラノベのプライズ景品だった。
しかも、その中でも鈴木さんが「この作品で一番好き」と公言していた、マスコットキャラクターの大きなぬいぐるみだ。
「おっ、これ……アニメ化で新しく出たグッズか」
「……うん。まだお店には売ってない、プライズ限定のやつだと思う」
鈴木さんは、ガラス越しにそのぬいぐるみをジッと見つめている。
表情こそいつも通りのダウナーな感じだが、その瞳からは「欲しい」というオーラがはっきりと滲み出ていた。
しかし、彼女自身はクレーンゲームに慣れていないのか、財布を出すのを躊躇しているように見えた。
俺は小さく息を吐き、腕まくりをした。
「……ちょっと、やってみるか」
「えっ? 佐藤くん、得意なの?」
「いや、得意ってほどじゃないけど。まあ、やってみなきゃ分からんしな」
俺は百円玉を数枚取り出し、筐体に投入した。
操作ボタンに手をかけ、アームの位置を慎重に調整する。
ガラスの横から鈴木さんが、息を呑んで見守っているのが視界の端に映った。
一回目。アームはぬいぐるみを持ち上げたものの、途中でツルッと滑って落ちてしまった。
「……ああっ」と鈴木さんが残念そうな声を漏らす。
「なるほど、アームの力はそこまで強くないな。重心をずらして、少しずつ落とし口に寄せていくしかないか」
二回目、三回目と挑戦する。
隣にいる女の子の前でいいところを見せたいという男のプライドが、徐々に集中力を高めていった。
そして、五回目の挑戦。
アームの片方の爪をぬいぐるみのタグの隙間に引っかけ、バランスを崩させる。
ぬいぐるみがゴロンと転がり――そのまま、落とし口へと吸い込まれていった。
ゴトン!
景品が落ちた乾いた音が響く。
「……っしゃ! 取れたぞ!」
俺が取り出し口から大きなぬいぐるみを取り出して振り返ると、そこには、俺の知っている「鈴木さん」からは想像もつかない表情があった。
「……っ!! 佐藤くん、すごい……!」
クーデレの仮面が完全に外れた、パァッと花が咲いたような、今日一番の輝いた笑顔。
彼女は俺からぬいぐるみを両手で受け取ると、それを胸の前にギュッと抱きしめ、本当に嬉しそうに目を細めた。
その無防備で可愛すぎる笑顔に、俺の心臓は一瞬だけドクンと大きく跳ね上がり、呼吸の仕方を忘れそうになった。
「いや……まあ、五百円かかっちゃったけどな。はい、これ、今日のシミュレーションの参加報酬な」
「……ありがとう。大事にする」
照れ隠しで少しぶっきらぼうに言った俺の言葉にも、彼女はぬいぐるみに頬ずりをするようにして頷いた。
時刻は午後三時。
目的も果たしたし、戦利品も手に入れた。
これ以上遅くなると帰りの電車が混雑し始めるし、何より、履き慣れないヒールのブーツで歩き回った鈴木さんの足が疲れているだろう。
「そろそろ、帰ろうか」
「……うん」
俺たちはモールを出て、再び電車に乗った。
行きと同じように隣同士で座ったが、今度は鈴木さんの膝の上に大きなぬいぐるみがあるため、行きほどの緊張感はなく、穏やかな疲労感だけが漂っていた。
数十分後、俺のアパートの最寄り駅に到着した。
改札を出て、鈴木さんの家へ向かう分かれ道。
「今日はありがとな。……でも、慣れない靴で歩き回って疲れただろ」
「……うん。少し、足痛いかも」
「そのまま帰るより、うちで少し休んでいけよ。お茶くらい出すからさ」
ごく自然にそう提案した自分に少し驚いたが、鈴木さんも特に戸惑う様子もなく、コクリと頷いた。
「……お邪魔します」
俺の部屋に戻ると、鈴木さんは「ちょっと着替えてくる」と言って、クローゼットにしまってあった「置き部屋着」のグレーのパーカーとショートパンツを手に脱衣所へ入っていった。
少しして出てきた彼女は、すっかりリラックスモードだ。私服の時よりも、なんだかこちらの方がしっくりくるようになってしまっている自分が恐ろしい。
俺は冷蔵庫から冷たいジュースを二つのグラスに注ぎ、ローテーブルに置いた。
鈴木さんは壁際にクッションを置き、隣にゲーセンで取ったぬいぐるみをちょこんと座らせて、グラスを手に取った。
「……今日は、ありがとう。すごく楽しかった」
冷たいジュースを一口飲み、彼女が柔らかく微笑む。
「ああ。俺も、楽しかったよ。これで本番もバッチリだな」
「……うん。完璧な下見だった」
窓から差し込む西日が、部屋を淡いオレンジ色に染めている。
主役たちのためという大義名分のもとに行われた、俺たちの休日。
モブの日常に訪れたこの甘くて心地よい余韻を、俺はゆっくりと噛み締めていた。
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