第25話:提案と、俺の部屋集合
「佐藤くん、鈴木さん、おはよう!」
火曜日。
一時間目が始まる十分前。
まだざわつきの残る教室に、一条さんの弾むような声が響いた。
俺と鈴木さんが顔を上げると、そこには昨日の踊り場での不安そうな表情が嘘のように、パァッと花が咲いたような笑顔の一条さんが立っていた。
「お、一条さん。おはよう。……なんか、すごく機嫌良さそうだな」
俺がわざととぼけて尋ねると、恥ずかしそうに、けれど嬉しさを隠しきれない様子で声をひそめた。
「うん! 実はね……昨日、二人に教えてもらったショッピングモールのこと、放課後に話してみたの。そしたら『すごくいい所だね』って言ってくれて……」
「おっ」
「連休初日の、五月一日に行くことになったよ!」
俺と鈴木さんは、机の下で小さく、しかし力強くアイコンタクトを交わした。
(よし! 五月一日、土曜日だな。完全に日程を把握したぞ)
「それは良かったな! あそこ、新しくて綺麗だし、映画館も広いから一日中楽しめると思うぞ」
「楽しんでおいで」
俺たちが爽やかにエールを送ると、一条さんは「ありがとう! 二人のおかげだよ!」と何度も頷いてから、自分の席へと戻っていった。
その後ろ姿は、見ているこっちまでニヤニヤしてしまうほど、恋する女の子特有のキラキラとしたオーラを放っていた。
昼休み。
一条さんが友達と一緒に購買へ向かったのを確認し、俺と鈴木さんは教室の隅で密談を開始した。
「聞いたか、鈴木さん。本番は五月一日だぞ」
「……うん。猶予はあと四日。……ロケハンは、できるだけ早い方がいい」
「そうだな。……明日の二十八日はどうだ? 俺、明日はカフェのバイトが入ってないんだよ」
俺が提案すると、鈴木さんはスマホでカレンダーアプリを開き、少し考えてから頷いた。
「……私も大丈夫。そういえば明日は、この前の創立記念日の振替休日だった」
「お、マジか。それは好都合だな。学生も少ないだろうし、平日の昼間ならゆっくり下見できるぞ」
GW本番を前にした、絶好の「シミュレーション日」の決定だ。
「よし、決まりだな。それで、どこで待ち合わせる? 駅の改札前とかにするか?」
「……佐藤くんのアパートでいい? 私の家から駅に行く通り道だし」
「ああ、それは構わないけど。……時間はどうする?」
俺が尋ねると、鈴木さんはメガネのブリッジをクイッと押し上げ、いつになく真剣な表情になった。
「当日のシミュレーションをするなら、風間くんたちが何時に家を出るかを知っておく必要がある。……あっちのマンションから駅に向かうなら、平均的な出発時間は、多分九時半か十時くらいだと思う」
「まあ、休日のデートならそんなもんだろうな」
「……でも、万が一に備えるなら、もっと早くスタンバイして監視しないといけない」
「……というと?」
「……午前八時。佐藤くんの部屋に、私が向かう」
「は、八時!?」
俺は思わず大きな声を出しそうになり、慌てて自分の口を塞いだ。
いくら「下見」という名目の任務とはいえ、朝の八時に女の子が自分の部屋にやってくるというのは、どう考えてもハードルが高すぎる。
いや、しかし彼女の言うことは正しい。
観測者たるもの、ターゲットの初動を見逃すわけにはいかない。
家を出る時間を把握してこそ、見守りが成立するのだ。
「……何か、不都合ある?」
「い、いや。全然。大丈夫だ。……じゃあ、明日の朝八時。俺の部屋で待ってる」
「……了解。遅れないように行く」
鈴木さんは淡々と頷いたが、その耳の先がほんの少しだけ朱色に染まっているのを、俺は見逃さなかった。
翌日。
朝六時半。俺はいつもより一時間以上も早く目を覚ました。
一人暮らしの習慣で、適当にトーストを齧り、コーヒーを淹れる。
いつもならスウェットのままダラダラとスマホを見て過ごす時間だが、今日は違う。
俺は鏡の前に立ち、昨日寝る前に用意しておいた服に着替えた。
あくまで「ロケハン」だ。デートじゃない。
向こうで知り合いに会っても怪しまれないような、それでいて一日中歩き回っても疲れないような格好。
……そんな風に必死に言い訳をしながら選んだのは、シンプルな白いシャツに黒のパンツ。
その上にネイビーの薄手のジャケットを羽織った、自分なりに最大限『清潔感』を意識したスタイルだった。
着替え終わると、俺は部屋をウロウロと歩き回った。
昨夜のうちに掃除機をかけ、水回りも掃除しておいたが、改めてゴミが落ちていないか、ラノベが乱雑に積まれていないかを確認する。
(……何やってんだ、俺は。ただの同志が、合同任務に来るだけだろ)
自分にそう言い聞かせるが、心臓はさっきから、壊れた時計みたいに騒がしいリズムを刻んでいる。
同級生の女の子が、朝から自分の部屋にやってくる。
これまでラノベの世界でしか知らなかったラブコメ的なシチュエーションが、まさか自分の身に降りかかる日が来るなんて。
時計の針が、七時五十分を指した。
その時だった。
ピンポーン、と静かな部屋に鋭いチャイムの音が響いた。
予定より十分早い。
俺は一度大きく深呼吸をして、火照る頬を両手で軽く叩いてから、玄関へと向かった。
「はい」
ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開ける。
そこには、朝の清々しい空気の中に立つ、鈴木さんの姿があった。
「……おはよう、佐藤くん。……早かった?」
彼女は、少し照れくさそうに微笑みながら、俺を見上げた。
俺は、その私服姿を見て、またしても完全に言葉を失ってしまった。
これまでに見せてくれた、黒を基調としたクールなモード系とも違う。この間の、ブラウスとスリットスカパンの大人びたコーディネートとも違う。
今日の彼女は、春の暖かさをそのまま詰め込んだような、柔らかくて、どこまでも『女の子らしい』服を着ていたのだ。
俺たちの「ロケハンという名の特別な一日」が、今、予想以上の心拍数と共に幕を開けようとしていた。
第25話をお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも続きが気になる!と思っていただけましたら、下部の【☆☆☆☆☆】から応援の評価をお願いいたします。




