第18話:黒のジャケットと、特等席
鈴木さんのギャップに動揺しっぱなしの渉。
カフェでのバイトを終え、店長の計らいで二人は一緒にまかないを食べることになります。
いつもの「同志」としての空気とは少し違う、不器用な会話をお楽しみください。
鈴木さんが来店してからの約一時間、俺のバイトのパフォーマンスは最悪だった。
グラスを拭きながら、オーダーを通しながら、どうしても窓際の席に座る鈴木さんの方をチラチラと見てしまうのだ。
窓からの柔らかい光を浴びて、アイスミルクティーのストローをくわえる鈴木さん。
スマホで何かを読んでいるのか、時折メガネをクイッと押し上げる仕草は学校と同じはずなのに、黒のノースリーブニットとジャケットという服装のせいで、全く別の大人びた女性に見えてしまう。
(……落ち着け、俺。相手はあの鈴木さんだ。一緒に風間のリアクションを見てガッツポーズしてた同志じゃないか。勘違いするな、ただの私服の破壊力にやられてるだけだ)
自分にそう言い聞かせるものの、彼女がストローから唇を離すたびに、なんだか見てはいけないものを見ているような気がして、慌てて視線を逸らしてしまう。
そうこうしているうちに、時計の針は十二時を回った。
俺の今日のシフトはここまでだ。
「薫さん、上がります」
「お疲れ様。……ねえ渉、あそこの窓際の可愛い子、知り合い?」
更衣室に向かおうとした俺に、カウンターの中で洗い物をしていた薫さんが、ニヤニヤしながら小声で話しかけてきた。
薫さんの視線の先には、当然、鈴木さんがいる。
「えっ……ま、まあ、一応。同じクラスの同級生です」
「なんだ、あんな可愛い同級生がいるのね。隅に置けないじゃない」
「いや、そういうんじゃなくて。後でうちの部屋に、ちょっと本を読みにに来るだけで……」
「おや、部屋に呼ぶのね! 若いねぇ。よし、渉。今日はお疲れ様ってことで、あの子と一緒にまかない食べていきなさい。パスタ作ってあげるから、あの子の分も店からのサービス」
薫さんは楽しそうにウインクをすると、手早くフライパンを取り出して火にかけた。
「ありがとうございます」と頭を下げつつ、俺は更衣室で私服に着替えた。
着替えたといっても、家から一階に降りてきただけなので、いつものチノパンにパーカーという、休日の適当な高校生スタイルだ。
さっきまでエプロン姿で少し背伸びしていた分、鈴木さんのあの完璧なダウナー系私服と並ぶと、自分の格好が急に貧相に思えて情けなくなった。
数分後。
俺は薫さんが作ってくれた『ベーコンとキノコの和風パスタ』が乗った二つの皿を両手に持ち、鈴木さんの座るテーブルへと向かった。
「……お待たせ。俺のバイト、終わったから。店長がまかないをご馳走してくれるってさ」
「……え。いいの?」
「ああ。同級生だからってサービスらしい。一緒に食おうぜ」
俺が向かいの席に座ると、鈴木さんは少し驚いたように目を瞬かせた後、「……いただきます」と小さく手を合わせた。
フォークにパスタを巻きつけ、口に運ぶ二人。
いつもなら、ここで風間と一条さんの最新のフラグ状況について熱く語り合うところだが、今日はお互いにどこか言葉少なだった。
俺は、どうしても鈴木さんの服装が気になって仕方がなかったのだ。
「……ねえ、佐藤くん」
「お、おう、どうした?」
「……さっきから、チラチラ見てる。……私の服、やっぱり変?」
鈴木さんが、パスタを咀嚼しながら、少しだけ不安そうに聞いてきた。
俺は慌ててフォークを置き、ブンブンと首を横に振った。
「変なわけないだろ! むしろ……その、すごい格好だなと思って。学校の時と全然雰囲気が違うから、最初誰か分からなくてマジでビビったぞ」
「……そう」
「ああ。……いや、正直に言うと、めちゃくちゃ可愛いと思う。その服、すげえ似合ってる」
俺が勢いに任せて本音をこぼすと、鈴木さんの動きがピタリと止まった。
彼女はフォークを持ったまま、メガネの奥の目を少しだけ見開き、じっと俺の顔を見つめてきた。
そして、数秒の沈黙の後。
彼女の白い頬が、ほんのりと、朱色に染まっていくのが分かった。
「……ありがと」
鈴木さんは顔を伏せ、黒いジャケットの襟を少しだけ引き寄せて、赤くなった顔を隠すようにした。
「……私、男の子の部屋に遊びに行くの、初めてだったから。……ちょっとだけ、気合い、入れた」
ボソッと呟かれたその言葉の破壊力たるや、凄まじかった。
ダウナーでミステリアスな女子が、俺の部屋に来るために、不慣れながらも一生懸命オシャレをしてきてくれたのだ。
その事実に、俺の心臓は再び警報を鳴らした。
いやいや、待て待て。これはフラグじゃない。
俺はモブで、彼女もモブだ。※主人公とヒロインです。
ただ「初めてだからちゃんとしなきゃ」っていう彼女なりの真面目さの表れだ。
勘違いするな、俺。
「そ、そうか。……なんか、適当な部屋で悪いな。片付けは一応したけど」
「……ううん。佐藤くんの部屋、楽しみ」
俺たちはそれ以上お互いの顔を見られなくなり、黙々とパスタを食べ進めた。
しかし、その沈黙は決して気まずいものではなく、どこかむず痒くて、甘い炭酸水のような心地よい緊張感に包まれていた。
まかないを食べ終え、薫さんに礼を言ってから、俺たちはカフェを出た。
建物の横にある外階段を上り、二階にある俺の部屋へと向かう。
「……佐藤くん」
「ん?」
「……ここが、いつも一条さんたちを監視してる、特等席」
俺の部屋のドアの前に立つと、鈴木さんは少しだけいたずらっぽく笑った。
「ああ、そうだ。」
「……お邪魔します」
ドアを開け、俺は彼女を自室へと招き入れる。
それはただ、オタク仲間を部屋に呼んだだけの出来事。
俺は無理やり自分の動揺を押し殺し、いつも通りの「同志」として彼女を迎え入れたのだった。
第18話をお読みいただき、ありがとうございました。
渉の「可愛い」というド直球な褒め言葉に、ついに鈴木さんが照れました!
「男の子の部屋に行くのが初めてで、気合を入れた」というセリフ、破壊力抜群ですね。




