第16話:胃袋とフラグの完全制覇
おうちデート(手料理イベント)から一夜明けた月曜日。
完全に胃袋を掴まれた主人公と、報告に来るヒロイン。
モブ二人の後方腕組みドヤ顔をお楽しみください。
月曜日の朝。
学校の教室は、週末の休みボケを引きずった生徒たちのざわめきに包まれていた。
俺、佐藤渉は自分の席に座り、斜め前の席――風間海斗の背中をじっと観察していた。
風間はいつも通り、猫背でオーラを消し、静かに読書をしている。
だが、その横顔をよく見ると、どこか口角が緩んでいるというか、醸し出される空気が昨日までと比べて明らかに『ふんわり』しているのだ。
「……佐藤くん。風間くん、完全に毒気を抜かれてる」
隣の席の鈴木さんが、教科書で口元を隠しながら小声で囁いてきた。
「ああ。あいつ、昨日食ったハンバーグの余韻からまだ抜け出せてないな。胃袋を掴まれるってのは、ああいうことなんだろうな」
「……うん。男子の胃袋は、最強のバフでありデバフ。……もう彼は、一条さんのご飯なしでは生きられない体にされた」
「言い方が怖いよ」
俺たちがそんな悪魔のような実況をしていると、二時間目の休み時間のチャイムが鳴った。
クラスの連中がトイレに行ったり、売店に走ったりと立ち上がる中、俺たちの視線の先にいた一条彩乃さんが、ふいに席を立った。
一条さんは、周囲の陽キャグループからの「彩乃、次の移動教室一緒に行こー!」という声を「うん、先に行ってて!」と笑顔でかわすと、一直線に教室の後方――俺と鈴木さんの席へと向かってきたのだ。
「え、一条さん?」
クラスの男子たちの「なんで学年一の美少女が、あんな地味なモブコンビのところに行くんだ?」という不審と嫉妬の入り混じった視線が、俺たちに突き刺さる。
俺は少し焦ったが、一条さんはそんな周囲の視線など全く気にする様子もなく、俺たちの机の前に立つと、両手を胸の前で合わせて小さくお辞儀をした。
「佐藤くん、鈴木さん……っ!」
その声は、周りに聞こえないように限界まで抑えられていたが、感情は爆発しそうなほど高ぶっていた。
「……おはよう、一条さん。どうしたんだ?」
「……結果報告、かな?」
俺と鈴木さんがとぼけて尋ねると、一条さんはパァッと顔を輝かせ、コクコクと激しく頷いた。
「うん! 二人のおかげで、昨日、大成功だったよ……! 煮込みハンバーグ、すっごく美味しいって言ってくれて、ご飯三杯もおかわりしてくれたの!」
一条さんの報告に、俺と鈴木さんは心の中で再び特大のガッツポーズを決めた。
「マジか! ご飯三杯は相当だぞ。」
「……完璧。一条さんの料理スキルと、私たちのコンサルティングの勝利」
「うんっ! デミグラスソースにきのこを入れたのも大正解だった! 本当に、二人には感謝してもしきれないよ。ありがとう!」
一条さんは、心底嬉しそうな、満面の笑みを俺たちに向けた。
学年一の美少女が、自分の好きな男に手料理を褒められて喜んでいる。その事実は、クラスの他の誰一人として知らない。俺たち二人だけの秘密なのだ。
クラスの連中が「一条さん、あいつらと何話してるんだろう」といぶかしげに見ている中で、俺たちはこの優越感をたっぷり味わっていた。
「よかったな、一条さん。これで次からも、料理を振る舞う口実ができたんじゃないか?」
「えっ……次……っ!?」
「……そう。今回はお礼だったけど、次は『作りすぎたから』とか『スーパーで安かったから』とか、いくらでも理由をつけて胃袋を攻め落とせる」
鈴木さんの容赦ない追撃に、一条さんは「そ、そんな……!」と顔を真っ赤にして両手で顔をパタパタと仰いだ。
「じゃあ、私、移動教室の準備あるから! またね!」
一条さんは照れ隠しのようにそう言い残し、逃げるように教室の前方へと戻っていった。
その帰り際、一条さんが斜め前の風間の席の横を通る時。
普段ならお互いに目を逸らしてしまう二人だが、今日は違った。
風間がふと顔を上げ、一条さんと視線を交わす。
そして、小さく「……美味かったよ」と、口パクで伝えたのが見えた。
一条さんはビクッと肩を跳ねさせ、顔をさらに真っ赤にして、コクンと頷いて教室を出ていった。
「「…………」」
俺と鈴木さんは、無言のまま顔を見合わせた。
そして、お互いに腕を組み、背もたれに深く寄りかかって、これ以上ないほどの『後方腕組みドヤ顔』を作った。
「……佐藤くん。私たちの仕事は、今回は完璧だったね」
「ああ。完全に胃袋とフラグを制覇したな。」
俺たちはククッと笑い合い、満足感と共に次の授業の準備を始めた。
主役二人の恋の歯車は、俺たちの油差し(アシスト)によって、これ以上ないほど滑らかに回り始めている。
モブの高校生活は、最高に楽しい。
第16話をお読みいただき、ありがとうございました。
周囲のモブ男子たちの嫉妬の視線を浴びながら、一条さんから「秘密の報告」を受ける優越感。
そして、教室で繰り広げられた風間くんと一条さんの無言のやり取り……最高ですね。




