第15話:リビングの特等席
スーパーで食材を手に入れ、気合十分の一条さん。
そして日曜日の夜、いよいよ「手料理イベント」の幕が上がります。
日曜日の午後六時。
俺の住むアパートの自室(2DK)のインターホンが鳴った。
ドアを開けると、そこにはコンビニのレジ袋を提げた鈴木さんが立っていた。
私服姿の彼女が俺の部屋にやってくるのはこれが初めてだが、お互いにラブコメ的な緊張感や色気といったものは一ミリも存在しなかった。
「……お邪魔します。差し入れのコーラと、ポテトチップス」
「おう、サンキュ。適当にそこら辺に座ってくれ」
俺は鈴木さんをリビングへと招き入れた。
部屋の中は一応念入りに掃除をしておいたが、壁際に本棚がズラリと並び、ラノベがびっしりと詰まっているだけの殺風景な空間だ。
しかし、今日の俺たちにとって部屋のインテリアなどどうでもいい。重要なのは、この部屋の南側にある大きな窓からの『景色』だ。
俺の部屋の窓からは、道路を挟んだ向かいのマンション――風間の住む部屋のリビングが、まるで映画館のスクリーンのように真正面からバッチリと見えるのだ。
「……絶景。ここ、完全にVIP席」
「だろ? 風間の部屋のカーテンが薄手だから、中の様子がシルエット越しに、いや、隙間から普通に見えるんだよ。さあ、観測を始めようぜ」
俺たちは窓際に小さなテーブルを移動させ、コーラを注いだコップを並べた。
部屋の電気を消して薄暗くすることで、外からはこちらの様子が見えず、こちらからは向かいの明るい部屋がよく見える『マジックミラー号』的な環境を構築する。モブの執念である。
午後六時半。
向かいの風間の部屋の照明がつき、リビングに人影が現れた。
「……おっ。動きがあったぞ」
「……佐藤くん、見て。一条さんだ」
鈴木さんが指差した先。風間の部屋のリビングに、小さな手提げバッグと、大きめの風呂敷包み(おそらくタッパーが入っている)を抱えた一条さんの姿があった。
昨日スーパーで会った時、一条さんは「私の部屋で食べる」と言っていたが、結局風間の部屋にお邪魔する形になったらしい。
「……たぶん、直前になって男の子を自分の部屋(プライベート空間)に入れるのが恥ずかしくなったんだ。……乙女心の防衛本能」
「なるほどな。でも、タッパーに手料理を詰めて男の部屋にやってくるってのも、それはそれで新妻感が半端ないと思うんだが」
俺たちがそんな実況と解説を交わしている間にも、向かいの部屋ではイベントが進行していた。
一条さんが持ってきた風呂敷包みをテーブルの上に置き、中から大きなタッパーを二つ取り出す。そして、風間から受け取ったのだろう、二枚の平皿に、昨日のスーパーで買った食材で作られた『煮込みハンバーグ』を丁寧に移し替えていく。
エプロンを持参しなかったのか、一条さんは私服のままだが、甲斐甲斐しく食事の準備をするその姿は、完全に『通い妻』のそれだった。
「……一条さん、手際がいい。あのハンバーグ、ソースの照り具合まで窓越しに見える気がする」
「俺のアドバイス通り、ちゃんとデミグラスソースで煮込んだみたいだな。あれなら絶対に失敗しない」
やがて、準備が整ったらしい。
向かい合って座る風間と一条さん。
風間が手を合わせ、「いただきます」と言ってから、ハンバーグに箸を入れるのが見えた。
(……頼むぞ、風間。ここで最高のリアクションをとれよ……!)
俺と鈴木さんは、息を止めて風間の顔を凝視した。
ハンバーグを一口食べた風間。
一瞬、ピタリと動きが止まる。
そして、重い前髪の奥の目を大きく見開き、一条さんの方を向いて、何度も何度も深く頷いた。
窓越しなので声は聞こえないが、彼の口が『めちゃくちゃ美味い』と動いたのは、唇を読むまでもなく明らかだった。
その瞬間。
一条さんの顔に、今日一番の、いや、これまで観測してきた中で一番のパァッと輝くような笑顔が咲き誇った。
嬉しさのあまり両手で顔を覆い、肩をすくめて喜ぶ一条さん。
そんな彼女を見て、風間も照れくさそうに笑いながら、ハンバーグを次々と口に運んでいく。
「「…………ッッ!!!!」」
俺と鈴木さんは、暗い部屋の中で同時に立ち上がり、無言で全力のガッツポーズを決めた。
声を出してしまえば向かいに聞こえるかもしれないので、あくまでサイレントだ。だが、俺たちの魂は歓喜の雄叫びを上げていた。
「……佐藤くん。見た? あの風間くんのリアクション」
「ああ、完璧だった。あの地味メン、食レポの才能あるかもしれないぞ。一条さんのあの笑顔を引き出したんだから、百点満点だ」
「……私たちの『煮込みハンバーグ作戦』、大・大・大成功」
俺たちはコーラの入ったコップを手に取り、暗闇の中で「カチン」と祝杯を上げた。
炭酸の刺激が、興奮した体に心地よく染み渡っていく。
その後も、二人は向かい合って食事を進め、時折笑顔で言葉を交わしていた。
テレビを見るわけでもなく、スマホをいじるわけでもない。ただお互いの顔を見て、美味しいご飯を食べるだけの時間。
それは、どんな派手なラブコメのイベントよりも尊く、心温まる『日常』の光景だった。
「……なんか、お腹空いてきた」
「違いねえ。他人が美味そうに飯食ってるの見ると、無性に腹が減るんだよな」
俺たちは、一条さんの作ったハンバーグの味を想像しながら、手元のポテトチップスをかじった。
モブの休日の夜は、向かいの窓から溢れる幸せのおすそ分けによって、これ以上ないほど充実したものになっていた。
第15話をお読みいただき、ありがとうございました。
モブ二人の暗躍による「煮込みハンバーグ作戦」、見事に風間くんの胃袋を撃ち抜きました!
窓越しに観測する渉と鈴木さんのガッツポーズ、いかがだったでしょうか。
そして翌日、学校で一条さんからの「結果報告」が待っています。




