第14話:スーパーマーケットの救世主
プレゼントイベントから数日後。
一条さんは「貰いっぱなしにはできない」と、ラブコメ最強の手段『手料理』でお返しをすることを決意します。
土曜日の夕方。
俺は、自転車で五分ほどの距離にある地元密着型のスーパーマーケット『フレッシュ・マート』に足を運んでいた。
週末の夕方特売を狙う主婦たちに混ざり、特売シールの貼られた肉や野菜をカゴに入れていく。一人暮らし歴が一年以上にもなると、自炊のスキルとスーパーでの立ち回りは自然とプロの領域に達してくるものだ。
「今日の夕飯は豚肉の生姜焼きにするか……」
惣菜コーナーを抜け、精肉コーナーで安い豚バラ肉を物色していると、横からスッと見覚えのある人影が現れた。
「……佐藤くん。奇遇」
「おっ、鈴木さんか。お前も買い出しか?」
私服姿の鈴木さんだった。
ダボッとした大きめのスウェットに、黒のスキニーパンツというラフな格好だが、それが彼女のミステリアスな雰囲気に妙にマッチしている。彼女の買い物カゴを覗くと、レトルト食品やカップ麺、それに少しの野菜が入っていた。
「……うん。親が共働きだから、週末の夕飯は私の当番。……といっても、簡単なものしか作らないけど」
「なるほどな。まあ、自炊なんて適当でいいんだよ。……ん?」
俺が相槌を打ったその時、視界の端――青果コーナーの隅で、微動だにしない一人の女子生徒の姿が目に飛び込んできた。
白のニットに淡いブルーのロングスカートという、清楚で目を引く私服姿。
しかし、その表情は真剣そのものだ。片手に買い物カゴを下げ、もう片方の手でスマホの画面を必死に睨みつけながら、目の前の玉ねぎとじゃがいもを交互に見つめて「うーん……」と唸っている。
「……一条さんだ」
「……うん。何か、深刻な悩みを抱えてる顔」
俺と鈴木さんは顔を見合わせた。
同じクラスの美少女が、休日のスーパーでスマホのレシピサイトと睨めっこをしている。この状況から導き出される答えは一つしかない。
「……あれは、誰かのために『特別な料理』を作ろうとして、何を作ればいいか迷ってる顔だな」
「……間違いない。この間のプレゼントの、お礼のお礼。……ラブコメの黄金律」
俺たちは即座に状況を理解し、不自然にならないように一条さんの背後へと近づいていった。
「おっ、一条さんじゃないか。こんなところで奇遇だな」
「……こんにちは」
俺と鈴木さんが声をかけると、一条さんは「ひゃっ!」と小さく悲鳴を上げて振り返った。
俺たちの顔を見てホッとしたのも束の間、彼女は「ちょうどよかった!」とすがるような目で俺たちを見てきた。
「佐藤くん! 鈴木さん! あの、二人ともお料理ってする!?」
「まあ、俺は一人暮らしだから自炊は毎日してるけど」
「……私はそこそこ」
一条さんはパァッと顔を輝かせた。
「よかったぁ……。実はね、この間の友達に、手料理を振る舞おうと思ってるんだけど……私、自分のご飯は作るけど、人に作ってあげるのは初めてで。何を作れば喜んでくれるか、全然分からなくて……」
なるほど、予想通りの展開だ。
一条さんは料理初心者というわけではないが、「男子の胃袋を確実に掴むメニュー」の正解が分からず、迷走していたらしい。スマホの画面には『おもてなし フレンチ』みたいな、明らかにハードルが高すぎるレシピが表示されていた。
「一条さん、フレンチは重すぎるし、そもそも失敗する確率が高い。ここはもっと王道で攻めるべきだ」
「王道……?」
「ああ。だいたいの人が絶対に好きで、かつ料理としての見栄えも良くて、さらに『多少失敗してもリカバリーが効く』最強のメニューがある」
俺が自信満々にそう言うと、一条さんと鈴木さんが同時にゴクリと唾を飲んだ。
「……それは、何?」
「『煮込みハンバーグ』だ」
俺の答えに、一条さんが目を丸くする。
「普通のハンバーグは、中まで火が通ってるか確認するのが難しくて、焦がしたり生焼けになったりするリスクが高い。でも、デミグラスソースで煮込むタイプなら、表面さえ焼けたらあとはソースにぶち込んで煮るだけだ。絶対に中まで火が通るし、ソースの味でごまかし……いや、味が染み込んでめちゃくちゃ美味くなる」
「……なるほど。合理的かつ、男女問わずテンションが上がるガッツリ系。……佐藤くん、優秀なコンサルタント」
鈴木さんの評価に気を良くしつつ、俺は「よし、食材選ぶの手伝うよ」と一条さんのカゴを覗き込んだ。
合い挽き肉の選び方、玉ねぎ、そして市販のデミグラスソース缶。俺のアドバイスに従い、一条さんは次々と必要な食材をカゴに入れていく。
「すごい……! 佐藤くんのおかげで、一気にイメージが湧いてきたよ! ありがとう!」
「気にすんな。美味しいの作ってやれよ」
嬉しそうに笑う一条さんを見て、俺もなんだか誇らしい気分になっていた。
すると、隣で黙って食材選びを手伝っていた鈴木さんが、ふと何気ないトーンで核心を突く質問を投げかけた。
「……ちなみに、一条さん。それ、いつ渡すの?」
「あっ、えっとね。明日の夜、私の部屋で一緒に食べようって約束してるの……!」
一条さんは、今日一番の真っ赤な顔をして、両手で頬を押さえた。
「「…………!!」」
俺と鈴木さんは、息を止めた。
明日の夜。一緒に食べる。
それはつまり、ただのお裾分けではなく『おうちデート(手料理編)』の確定を意味している!
「……そうか。がんばれよ、一条さん」
「……うん。応援してる」
平静を装って相槌を打つ俺たちだったが、内心のテンションは限界突破していた。
買い物を終えてホクホク顔で帰っていく一条さんを見送った後、俺と鈴木さんはスーパーの出口で固く拳を握り合った。
「……佐藤くん。明日の夜は、絶対に予定を空けておいて」
「言われるまでもない。俺の部屋の窓際(特等席)、ちゃんと用意しておくからな」
こうして、モブたちの休日は、明日の超特大イベントの観測に向けて急加速していくのだった。
第14話をお読みいただき、ありがとうございました。
スーパーマーケットで迷えるヒロインに、一人暮らしの渉が完璧なアドバイス!
失敗しない「煮込みハンバーグ」、確かにこれなら男子の胃袋を確実に掴めそうです。
そして飛び出した「明日の夜、一緒に食べる」という激アツ情報。




