第13話:夜の共有廊下と祝杯
雑貨屋でのアシストを経て、無事にプレゼントをゲットした風間くん。
しかし、モブ二人の仕事は「ターゲットがミッションを完了するまで」終わりません。
夜のアパートを舞台にした、もどかしくも尊いお礼イベントの結末。
ショッピングモールから風間の後を尾行し続け、俺たちはすっかり日の落ちた住宅街へと戻ってきた。
風間はそのまま、自分の住むお洒落なマンションのエントランスへと吸い込まれていく。
俺たちが住んでいるアパートは、道路を挟んでちょうど向かい側にある。
しかし、ここで問題が一つあった。
俺の部屋(2DK)の窓から見えるのは、向かいのマンションの『南側』、つまりリビングやベランダの方角だけなのだ。風間や一条さんが住んでいる部屋の『玄関(北側の共有廊下)』は、俺の部屋に入ってしまっては死角になって絶対に見えない。
「……佐藤くん。部屋に戻ったら、渡す瞬間が見られない」
「ああ、分かってる。だから、ここからが正念場だ」
俺と鈴木さんは、自分たちのアパートの階段の下、自動販売機の横にある暗がりに身を潜めた。
ここからなら、少し見上げる形にはなるが、道路を挟んだ向かいのマンションの二階――共有廊下を歩く住人の姿がバッチリと確認できる。
四月下旬とはいえ、夜の風はまだ少し肌寒い。
俺は制服のポケットに手を突っ込み、鈴木さんも身を縮めるようにして、じっと向かいの二階を見上げていた。
「……あいつ、今日中に渡すよな?」
「……間違いない。こういうのは、鉄は熱いうちに打て、って言う。……風間くんのあの決意に満ちた背中を見れば分かる」
鈴木さんの予想通り、十分ほど待った頃だろうか。
向かいのマンションの二階、一番端の部屋(風間の部屋)のドアがゆっくりと開いた。
中から出てきたのは、制服のブレザーを脱ぎ、ワイシャツ姿になった風間だ。手にはもちろん、先ほど雑貨屋で買った小さな紙袋が握られている。
風間は自分の部屋のドアを閉めると、そのまま隣の部屋――一条さんの部屋の前へと移動した。
そして、インターホンの前でピタリと足を止める。
「……止まったな」
「……深呼吸してる。ラスボスに挑む前のセーブポイント」
俺たちの位置からでも、風間が大きく息を吸い込み、肩を上下させているのが分かった。
何度も紙袋を持つ手を持ち上げては下ろし、迷っている。がんばれ、風間。お前の手にあるそれは、俺たちモブが身を削って(?)導き出した最適解のアイテムなんだ。自信を持て。
やがて、覚悟を決めた風間が、インターホンのボタンを押した。
数秒後。
ガチャリ、とドアが開き、一条さんが顔を出した。
彼女もブレザーを脱ぎ、少しリラックスした様子だ。隣の部屋の風間が訪ねてきたことに驚いているのか、目を丸くしているのが街灯の光の下でもはっきりと見えた。
距離があるため声は聞こえないが、二人のやり取りは手に取るように分かった。
風間が、少し顔を逸らしながら、不器用な動作で手の中の紙袋を差し出す。
おそらく『この間は、ありがとな』とか、そんなぶっきらぼうだけど照れ隠しなセリフを吐いているに違いない。
一条さんは一瞬きょとんとした後、その紙袋を両手で受け取った。
そして、中身を覗き込む。
その瞬間だった。
一条さんの顔に、まるで花が咲いたような、とびきり明るい笑顔が広がったのだ。
学校で見せる、誰に対しても平等な『完璧なアイドルの笑顔』ではない。
驚きと、嬉しさと、ほんの少しの照れが混ざり合った、年相応の女の子の『素の笑顔』だった。
「……っ!!」
隣で見ていた鈴木さんが、声にならない悲鳴を上げて口元を覆った。
俺も思わず、自動販売機に手をついて崩れ落ちそうになった。
「……尊い。なんだあの笑顔、破壊力高すぎだろ……」
「……風間くんも、やられてる。見て」
鈴木さんに言われて風間の方を見ると、彼は照れくさそうに首の後ろを掻きながら、完全に視線を泳がせていた。あの前髪の奥で、絶対に顔が真っ赤になっているはずだ。
二人は少しだけ言葉を交わし(おそらく一条さんが何度もお礼を言っているのだろう)、名残惜しそうにしながらも、一条さんが自分の部屋へと戻っていった。
風間はそのドアが閉まるのを最後まで見届け、深く、そして安堵の混じったため息を吐いてから、自分の部屋へと帰っていった。
夜の共有廊下には、再び静寂が戻った。
「……終わったな」
「……うん。見事なハッピーエンド。……お礼イベント、無事クリア」
俺たちは暗がりから抜け出し、大きく背伸びをした。
心地よい疲労感と、極上のラブコメを特等席で観測できたという達成感が、胸の奥を満たしている。
俺は横にある自動販売機に硬貨を投入し、温かい缶のミルクティーと、ブラックコーヒーのボタンを押した。
「ほら、鈴木さん。お疲れ」
「……ありがとう。佐藤くんもお疲れ様」
ガコン、と音を立てて出てきたミルクティーを鈴木さんに渡し、俺はコーヒーのプルタブを開ける。
俺たちは、夜の冷たい空気の中、缶と缶を軽くぶつけ合った。
「カチン」という小さな金属音が、暗い路地に響く。
「モブたちのステルス・ミッションに、乾杯」
「……乾杯。次のイベントも、楽しみ」
温かいコーヒーが、冷えた体に染み渡る。
主人公とヒロインの距離が、また一歩、確実に縮まった夜。
俺たちは満足感に包まれながら、それぞれの部屋へと帰っていった。
第13話をお読みいただき、ありがとうございました。
共有廊下でのもどかしい受け渡し。一条さんの「素の笑顔」と、照れる風間くん。
遠くからそれを見守る渉と鈴木さんの「祝杯」のシーン、モブコンビの絆も深まってきていますね。




