エピローグ 遙かなる師弟の絆
遠く、王都から遥かに離れた辺境の土地でのこと。
そこは、モンティエル辺境伯領という、王国の南の要所を押さえる有力貴族が治める地方だ。
その地方の中に、深い森に抱かれた、小さな集落がある。王都の喧騒はもちろん、領都のにぎわいからも無縁の、清らかな空気が流れる場所だ。
澄み切った青空の下で、村人たちが力を合わせ、新しい彫像を運んでいた。
それは、集落の外れ、森の入り口に設置された。威厳に満ちた一体の石像であった。
作業の手を休めた村人たちが、汗を拭いながら完成したばかりの像を見上げる。
その像の碑銘には、こう書かれていた。
「我らの誇り 偉大なる摂政 カルロータ様」
像は、凛とした佇まいでありながらも、どこか慈しむような、柔和な表情をしていた。
そのしなやかな手には分厚い書物が抱えられ、もう片方の手には、なぜか小さな熊のおもちゃを持っている。
彼女が王の摂政として施した数々の改革は、王都を越え、国中に波及し、この辺境の地までもがその恩恵にあずかった。
かつては痩せた土地であったここも、今では豊かな実りを約束する、のどかな田園地帯へと変貌を遂げていた。
飢える者が減り、争いが鳴りを潜め、子供たちの笑い声が絶えない――。
この国の姿は、数年前に亡くなった、摂政カルロータが残した功績の証だと言っても過言ではいだろう。
村の広場に続く、苔むした石畳の小道を、杖を頼りにゆっくりと歩く老婆の姿があった。
白く細くなった髪は、まるで雪のように優しく風に揺れ、深い皺が刻まれた目元には遠い記憶を映すかのように、穏やかな光が宿っている。
老婆は、ゆっくりと顔を上げ、新しい輝きを放つ石像を見上げた。強い日差しを避けるためか目を細め、ふっと、口元に静かな微笑みを浮かべた。
「カルロータ……」
時は流れ、数十年。季節は巡り、幾つもの季節を越えた。
老婆――セレナの脳裏には、まだ幼かった頃の、荒々しくも聡明な瞳を持つ少女の姿が鮮やかに蘇る。
あの時、王都を追われ、絶望の淵に立たされていた私を、新たな使命へと導いてくれたのは、あの小さな手のひらだった。
最初は、心の扉を固く閉ざし、誰をも拒絶した彼女。
その冷えて固まった心を解きほぐすのは、なかなか大変な作業だった。
それが、いつしかかけがえのない師弟の絆となり、やがて彼女は私の手から大きく、そして力強く羽ばたいていった。
遠い王都で、彼女がどれほどの困難を乗り越え、どれほど多くの人々の心を救ってきたか。
それを間近で見ることは叶わなかった。しかし、遠く離れたこの地にも、彼女の功績の数々はしっかりと届いている。
王都への旅立ちを見送ってのち、二人が再び会うことはついぞ一度もなかった。
それぞれの場所で、それぞれの使命を全うした結果だ。
それを恨んだことはない。
セレナは確信していたのだ。
カルロータの心には、あの日の教えが、そして私との思い出が確かに息づいているのだから、大丈夫だと。
石像のカルロータは、変わらず真っ直ぐに、集落を見つめている。まるで、遥か未来を見通し、今を生きる人々を導くかのように。
セレナは、目を細めてその姿をいつまでも眺めていた。もう、誰にも知られることのない、彼女だけの秘められた誇り。
彼女は、一人の少女を育て上げ、その手で世界をより良い場所へと導いたのだ――。
最後までお付き合い下さいましてありがとうございます。
第二部も執筆いたしました(https://ncode.syosetu.com/n2915ku/)ので、よろしければ併せてお楽しみください~。