表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『外れ職《解除士》、勇者の加護も奴隷契約も全部まとめて無効化する~悪党の加護を剥がしたら、世界が俺に土下座した~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

第8話 奪われた名

 採石場跡の入口は、山肌に空いた黒い裂け目のようだった。


 昔は石を切り出すために開かれた場所なのだろう。入口の周囲には、割れた石材や錆びた道具が転がっている。だが、廃墟というには不自然に整っていた。


 道がある。


 人の足で何度も踏み固められた道だ。


 入口の左右には古い石柱が立ち、その上に神殿の聖印が刻まれている。


 立入禁止。


 浄化区画。


 呪病管理地。


 そう書かれた札が、風もないのにかすかに揺れていた。


 レオンは入口の前で足を止めた。


 奥から冷たい風が流れてくる。


 湿った石の匂い。


 古い水の匂い。


 そして、薄い鉄の匂い。


 リュシアの表情が変わった。


 彼女は剣の柄に手を置いたまま、入口を見つめている。


「知ってる場所?」


 レオンが尋ねると、リュシアはすぐには答えなかった。


 いつもの短い返事がない。


 それだけで、答えは半分出ていた。


「……似てる」


 やがて、彼女は言った。


「ここそのものは知らない。でも、匂いが似てる」


「匂い?」


「首輪をつけられた場所」


 レオンは言葉を失った。


 リュシアは自分の首に触れた。


 そこにはもう奴隷印はない。


 けれど、指先は何もない皮膚を確かめるように、ゆっくり動いた。


「暗い石の部屋。濡れた床。鉄の匂い。誰かが泣いてる声。私は……」


 言葉がそこで止まる。


 思い出したくないのではない。


 思い出そうとすると、何かに引っかかる。


 そんな止まり方だった。


 レオンは彼女の横顔を見た。


「記憶にも、何かされてるかもしれない」


「分かる?」


「今はまだ。触れてみないと」


「触る?」


 リュシアがこちらを見る。


 その目には迷いがあった。


 戦う時の彼女にはほとんど迷いがない。


 だが、自分の中へ踏み込まれることには、まだ慣れていない。


 当然だった。


 彼女はずっと、他人に勝手に触れられ、縛られ、所有された側にいた。


 レオンは首を横に振る。


「今はやめる。君が望んだ時だけにする」


「……解除できるなら、すぐやればいいのに」


「本人の心まで勝手に剥がすのは違う」


 リュシアは黙った。


 しばらくして、小さく頷く。


「なら、奥で必要になったら言う」


「分かった」


「でも、先に言っておく」


 リュシアは入口の闇へ目を戻した。


「私が止まったら、置いていかないで」


「置いていかない」


「動けなくなったら?」


「引っ張る」


「あなたの力で?」


「そこは相談したい」


 リュシアは少しだけ口元を緩めた。


「じゃあ、私もなるべく止まらない」


 二人は採石場跡へ入った。


 足元は石段になっていた。


 元は作業員が使っていた道だろうが、今は神殿の術式で補強されている。壁には青白い灯りが等間隔に浮かび、奥へ進むほど空気は冷たくなった。


 しばらく進むと、鉄格子の扉が現れた。


 扉そのものは古い。


 だが、中央に新しい札が貼られている。


 選別区画。


 搬送前処置室。


 レオンは眉をひそめた。


「治療施設の言葉じゃない」


「人を物みたいに分ける言葉」


 リュシアの声が硬い。


 扉の向こうから、低い呻き声が聞こえた。


 レオンは扉の術式を見る。


 施錠。


 外部侵入禁止。


 内部脱走禁止。


 発声制限。


 名前識別停止。


 その最後の一つに、嫌な気配があった。


「名前識別停止……?」


「何それ」


「中にいる人の名前を、外から認識しづらくする術式だと思う」


「どういう意味?」


「助けに来た人が、誰が誰か分からなくなる。連れていかれても、記録上は番号だけになる」


 リュシアの瞳が冷えた。


「また番号」


 彼女は処刑台で、罪人番号十七番と呼ばれていた。


 その名残が、声に滲んでいた。


 レオンは鉄格子に手を当てる。


 中にいる人たちのものではない。


 神殿が後から貼った鍵だ。


「解除」


 鉄格子の札が裂け、扉が開いた。


 中は広い石室だった。


 壁際に、村人たちが座らされている。


 十人ほど。


 老人、若者、女、子供。


 全員の首から、小さな木札が下がっていた。


 そこに名前は書かれていない。


 数字だけだ。


 番号三十一。


 番号三十二。


 番号三十三。


 木札から細い黒い線が伸び、首筋へ食い込んでいる。


 村人たちは、こちらを見ても反応が薄かった。


 疲れているだけではない。


 何かを諦めさせられている目だった。


 部屋の奥に、看守らしき男がいた。


 太い腕。


 革鎧。


 腰には棍棒。


 神官ではない。


 雇われた監視役だろう。


 男はレオンたちを見ると、驚きより先に舌打ちした。


「侵入者か。審問局の連中、何やってやがる」


 リュシアが剣を抜いた。


 男は棍棒を肩に担ぐ。


「おいおい、女剣士か。ここで暴れるなら、そいつらが痛むぞ」


 彼が壁のレバーに手をかける。


 村人たちの木札が、同時に黒く光った。


 老人が呻く。


 子供が肩を震わせる。


 レオンは一歩前に出た。


「それ以上触らないでください」


「命令すんな、外れ職」


 男はにやりと笑った。


「神殿から聞いてるぜ。解除士だろ。妙なものを外すんだとよ。だがな、ここにある札は神殿の正規管理札だ。外したら、中の連中は自分が誰かも分からなくなる」


 村人たちが怯えたように木札を押さえる。


 看守は楽しそうに続けた。


「名前ってのは大事だ。だから預かってる。こいつらが治療を終えるまでな」


「治療?」


 リュシアが低く言う。


「ここにいる人たちは、治療されてるように見えない」


「見た目の話じゃねえ。神殿が治療だと言えば治療だ」


「便利な言葉」


「何とでも言え」


 男はレバーを少し引いた。


 村人の木札が光り、部屋中に呻き声が広がる。


 リュシアが踏み出しかける。


 レオンは手で制した。


 リュシアの動きが止まる。


 止められたことに苛立ちがある。


 けれど、村人を人質に取られている以上、強引には動けない。


 レオンは木札を見た。


 番号。


 発声制限。


 自己認識鈍化。


 外部記憶遮断。


 名乗り禁止。


 そして、所有権仮移転。


 名前を奪っているわけではない。


 名前へ手が届かないように、蓋をしている。


 本人の奥には残っている。


 だが、声に出せない。


 周囲も思い出せない。


 記録も番号になる。


 人を消すには、首を落とすより先に名前を奪えばいい。


 レオンは、そういう仕組みを見せられている気がした。


「その札は、名前を預かってるんじゃない」


 レオンは言った。


「名前を隠してる」


 看守の顔がわずかに歪む。


「だから何だ」


「人を番号にして運ぶために」


「荷は荷札をつけるだろうが」


 リュシアの殺気が膨らんだ。


 看守もそれを感じたのか、レバーを強く握る。


「動くなよ。こいつを引けば、全員の札が締まる。声も出せずに転がるぜ」


 レオンは壁のレバーを見る。


 命令装置。


 木札の痛覚印と、発声制限を強めるためのもの。


 ただ、レバーそのものは芯ではない。


 部屋の中央にある石台。


 そこに置かれた黒い箱。


 そこから木札全部へ線が伸びている。


 名前管理箱。


 ひどい名前だ。


「リュシア」


「何」


「看守を止められる?」


「札は?」


「俺が剥がす」


「同時?」


「たぶん」


「たぶんは嫌い」


「俺も最近、嫌いになってきた」


 リュシアは一度だけ息を吸った。


「三呼吸」


「分かった」


 看守が眉をひそめる。


「何をこそこそ――」


 一呼吸。


 リュシアが床を蹴った。


 看守が反応してレバーを引こうとする。


 二呼吸。


 レオンは黒い箱へ向かって走った。


 足元の石に躓きかける。


 それでも手を伸ばす。


 三呼吸。


 看守の棍棒がリュシアへ振り下ろされた。


 リュシアは受けずに半歩沈み、男の手首を柄で打つ。


 同時に、レオンの指が黒い箱に触れた。


 箱から冷たい声のような術式が流れ込む。


 番号化。


 名乗り禁止。


 家族関係遮断。


 救出対象不明化。


 搬送後記録消去。


 本人の名は奥にある。


 奪われてはいない。


 ただ、厚い蓋をされている。


 なら、その蓋だけを外す。


「お前たちの番号は、名前じゃない」


 レオンは言った。


「解除」


 黒い箱が割れた。


 村人たちの木札に亀裂が走る。


 番号三十一。


 番号三十二。


 番号三十三。


 数字が剥がれ、黒い煙となって消える。


 首筋に食い込んでいた線がほどけた。


 最初に声を出したのは、小さな女の子だった。


「……ミア」


 かすれた声。


 けれど、確かに名前だった。


「私、ミア……ミルガ村の、ミア……!」


 その声を聞いた途端、隣にいた女が泣き崩れた。


「ミア! ああ、ミア!」


 老人が自分の胸を押さえる。


「わしは、トルマン……トルマンだ……番号ではない……」


 若い男が震えながら立ち上がる。


「俺はハンス。妹を探してた。そうだ、妹を……!」


 石室に名前が戻っていく。


 番号ではなく。


 荷ではなく。


 治療対象でもなく。


 人の名が、ひとつずつ戻っていく。


 看守は目を見開いた。


「ば、馬鹿な。名前札まで外すのかよ!」


 リュシアはその隙を逃さなかった。


 棍棒を弾き、男の膝を蹴る。


 看守が崩れる。


 さらに剣の柄が顎を打ち、男は白目をむいて床に倒れた。


 リュシアは剣先を男の喉元に置き、低く言う。


「荷じゃない」


 返事はなかった。


 気絶している。


 それでも彼女は、もう一度言った。


「この人たちは、荷じゃない」


 レオンは村人たちへ近づいた。


「動けますか」


 老人のトルマンが頷く。


「足は……重いが、動ける」


「無理はしないでください。名前を隠す術式は剥がしました。でも、体力は戻っていません」


 トルマンは自分の手を見つめた。


「名前を忘れかけておった」


「完全に忘れたわけではありません。隠されていただけです」


「では、思い出せるのか」


「はい」


 その言葉に、石室のあちこちで小さな嗚咽が漏れた。


 リュシアは黙ってそれを聞いていた。


 その横顔に、レオンは違和感を覚える。


 怒りだけではない。


 痛みに似たものがある。


 その時、石室の奥から、かすれた声がした。


「……リュシア?」


 リュシアの体が固まった。


 声の方を見る。


 奥の壁際に、片腕を布で吊った男が座っていた。


 髪は白髪まじりで、頬はこけている。


 年は四十前後だろうか。


 首から下がっていた木札は割れている。


 だが、彼の目には、はっきりとした意志が戻っていた。


「リュシア・ヴァレン……なのか」


 リュシアは息を止めた。


 剣先が、わずかに下がる。


「……ガルド?」


 男は笑おうとして、咳き込んだ。


「生きてたか……よかった」


 リュシアは動かなかった。


 いや、動けなかった。


 レオンは初めて見た。


 剣を持つ彼女が、敵を前にした時よりも深く揺れている姿を。


「知り合い?」


 レオンが静かに尋ねる。


 リュシアは答えない。


 代わりに、ガルドと呼ばれた男が言った。


「灰鷹の傭兵団で、一緒だった。俺は副長のガルド。リュシアは、団で一番若い剣士だった」


 灰鷹の傭兵団。


 その名を聞いた瞬間、リュシアの指が剣の柄を強く握った。


「やめて」


 小さな声だった。


 ガルドは苦しげに目を伏せる。


「すまん」


「言わないで」


「だが、言わなきゃならない。お前は、何も悪くなかった」


 リュシアの喉が動いた。


 声は出なかった。


 ガルドはゆっくりと語り始めた。


「俺たちは、ローデン男爵から護衛依頼を受けた。呪病患者を神殿の治療施設へ運ぶ馬車の護衛だと言われた。報酬は良かった。神殿印もあった。疑う理由は少なかった」


 レオンは黙って聞いた。


 ローデン男爵。


 また、その名だ。


「でも、途中でリュシアが気づいた。馬車の中の連中は病人じゃない。縛られて、番号をつけられて、声を封じられていた。子供までいた」


 リュシアの顔色が悪くなる。


 記憶の蓋が、少しずつ開いているのだろう。


「私は……」


 彼女はかすれた声で言った。


「止めた」


「ああ。お前は止めた。馬車を止めろと叫んだ。俺たちも中を見た。団長は依頼を破棄すると言った」


 ガルドの声が震えた。


「その夜、神殿兵と男爵の私兵が来た。俺たちは反逆者にされた。団長は殺された。何人かは逃げた。何人かは捕まった」


 リュシアは壁に手をついた。


「私は、団を裏切ったって……」


「違う」


 ガルドは強く言った。


「お前が裏切ったんじゃない。俺たち全員が、神殿と男爵に裏切られた」


 レオンはリュシアを見た。


 彼女の首に、かつて奴隷印があった場所。


 そこには今、何もない。


 だが、目に見えない鎖はまだ残っていた。


 自分が仲間を裏切った。


 自分のせいで団が壊れた。


 そう思い込ませるための、記憶の封印。


 奴隷印と一緒に剥がれなかった奥の鎖。


 リュシアが小さく首を振る。


「でも、私が馬車を開けたから」


「開けなければ、子供たちは運ばれていた」


「私が叫んだから」


「叫ばなければ、俺たちは知らずに荷を守っていた」


「私が……」


「リュシア」


 ガルドの声が鋭くなった。


「お前は剣士だった。荷を守るためじゃない。人を守るために剣を抜いた」


 リュシアの目から、音もなく涙が落ちた。


 彼女自身も驚いたようだった。


 すぐに袖で拭おうとして、手が止まる。


 泣いてはいけないと体が覚えているのかもしれない。


 レオンは、彼女の記憶に絡む術式を見た。


 首元ではない。


 胸の奥に近いところから、細い黒い線が伸びている。


 罪悪感増幅。


 記憶混濁。


 仲間殺し誤認。


 反論不能。


 奴隷化受容。


 ひどい術式だった。


 人の後悔に寄生している。


 完全な嘘だけではない。


 彼女が馬車を開けたのは事実。


 叫んだのも事実。


 その後に仲間が死んだのも事実。


 だが、責任の向きがねじ曲げられている。


 彼女自身を縛るために。


「リュシア」


 レオンは静かに言った。


「見えてる」


 彼女は涙を拭い、こちらを見た。


「何が」


「君の記憶に、封印がある。全部は剥がせないかもしれない。君の後悔そのものは、君のものだから」


「うん」


「でも、押しつけられた罪なら剥がせる」


 リュシアは目を閉じた。


 長い沈黙。


 石室の中にいる村人たちも、ガルドも、誰も急かさなかった。


 やがて彼女は、剣を鞘に収めた。


「やって」


 その一言は、命令ではなかった。


 願いだった。


 レオンは彼女の前に立つ。


 触れていいか、と目で尋ねた。


 リュシアは小さく頷く。


 レオンは彼女の首元に指を近づけた。


 肌には触れない。


 その少し手前にある、見えない黒い結び目へ意識を伸ばす。


 これは心を変えるものではない。


 彼女の悲しみを消すものでもない。


 死んだ仲間をなかったことにするものでもない。


 ただ、誰かが勝手に結びつけた嘘の鎖を外すだけだ。


「君の罪じゃないものは」


 レオンは言った。


「君が背負わなくていい」


 黒い線が震える。


 リュシアの呼吸が乱れた。


 ガルドが祈るように目を伏せる。


 レオンは結び目だけを掴む。


「解除」


 リュシアの体が小さく震えた。


 黒い線がほどけ、薄い灰となって消える。


 彼女は両手で胸元を押さえた。


 苦しそうに息を吸う。


 それから、ゆっくり吐いた。


 涙はまだ止まっていない。


 けれど、目の奥にあった濁りが少し薄れた。


「……思い出した」


 彼女は言った。


「団長が、逃げろって言った。ガルドが、私を押した。私は、扉を開けて、子供を外へ出した」


 ガルドが頷く。


「ああ」


「私は、裏切ってない」


「裏切ってない」


「私は……奴隷になるために剣を抜いたんじゃない」


「そうだ」


 リュシアは顔を上げた。


 泣いている。


 けれど、剣士の目だった。


「私は、人を守るために剣を抜いた」


 その言葉は、レオンには解除できない。


 誰にも奪えない、彼女自身のものだった。


 石室の外で、鐘のような音が鳴った。


 低い警報音。


 看守が倒れ、名前管理箱が砕けたことで、施設の奥へ知らせが飛んだのだろう。


 村人たちが怯える。


 レオンはすぐに顔を上げた。


「急ぎましょう。ここから出ます」


 ガルドが壁に手をつき、立ち上がろうとした。


 片腕が使えず、足も震えている。


 リュシアが彼を支えた。


「歩ける?」


「昔のお前ほど速くは走れん」


「今の私でも、無理はさせない」


「そりゃ困った」


 ガルドは弱く笑った。


 その笑いに、リュシアもほんの少しだけ表情を緩める。


 レオンは石室の奥を見る。


 出口は二つ。


 来た道と、さらに奥へ続く通路。


 来た道へ戻れば、村へ逃がせる。


 奥へ進めば、連れていかれた人々の先がある。


 両方は選べない。


 いや、今は選べる形にしなければならない。


「リュシア」


「分かってる」


 彼女は村人たちを見た。


「この人たちは外へ」


「奥は?」


「行く」


 迷いはなかった。


 だが、先ほどまでとは違う。


 怒りだけで突っ込む目ではない。


 自分で選んだ目だ。


 ガルドがリュシアの腕を掴んだ。


「奥は危ない。あそこには、選別された者が送られる。俺も詳しくは知らないが、叫び声がする」


「だから行く」


「お前はもう逃げてもいい」


「逃げない」


 リュシアは静かに言った。


「今度は、自分の足で入るって決めた」


 ガルドは何か言いかけて、やめた。


 そして、レオンを見る。


「解除士」


「レオンです」


「なら、レオン。こいつは昔から無茶をする」


「知ってます」


「止められるか?」


「たぶん無理です」


「なら、横にいてやってくれ」


 レオンは頷いた。


「そのつもりです」


 警報音が近づいてくる。


 奥の通路から足音が響いた。


 複数。


 神殿兵か、看守か。


 リュシアが剣を抜く。


 レオンは割れた名前管理箱の中を見た。


 まだ小さな術式片が残っている。


 その中に、通路の扉を管理する鍵があった。


 来た道へ戻る扉。


 村へ続く出口。


 奥へ続く封鎖門。


 全部が繋がっている。


「外へ出る道を開けます」


 レオンは村人たちへ言った。


「走れない人は支え合ってください。村まで戻れば、仲間がいます」


 トルマンが頷く。


「恩に着る」


「名前を忘れないで」


 老人は胸を張った。


「忘れん。わしはトルマンだ」


 少女が母親の手を握る。


「私はミア」


 若い男が妹の名を口にする。


「俺はハンス。妹を探す」


 名前が石室に満ちる。


 レオンは割れた箱へ手を置いた。


「もう番号で閉じ込めるな」


 指先に力を込める。


「解除」


 来た道の封鎖扉が開いた。


 青白い灯りが外へ向かって伸びる。


 村人たちは互いを支えながら動き出した。


 ガルドも、トルマンに肩を借りて歩き出す。


 リュシアがその背中を見る。


「ガルド」


 男が振り返った。


「団長は」


 ガルドは静かに首を横に振った。


「最後まで立ってた」


 リュシアは目を閉じた。


「そう」


「お前に言えと言われた」


「何を」


「走れ。生きろ。剣を捨てるな」


 リュシアの手が、剣の柄を握る。


 今度は震えていなかった。


「分かった」


 ガルドは頷き、村人たちと共に出口へ向かった。


 足音が遠ざかる。


 代わりに、奥から来る足音が大きくなる。


 レオンは奥の通路を見た。


 そこには、さらに厚い鉄扉がある。


 扉の上には、神殿の聖印と黒い鎖の紋章。


 搬送後処置区画。


 関係者以外立入禁止。


 リュシアが隣に立つ。


「行ける?」


「怖いけど」


「うん」


「行く」


「うん」


 レオンは扉に手を当てた。


 今までの扉より重い。


 封印が幾重にも重ねられている。


 発見者処分。


 記録消去。


 侵入者拘束。


 証言者番号化。


 そのすべてが、奥にあるものを隠すために張られていた。


 リュシアが剣を構える。


「剥がして」


 レオンは頷いた。


「解除」


 鉄扉の封印が砕けた。


 奥から、冷たい風が吹いた。


 その風に混じって、人の声が聞こえる。


 泣き声ではない。


 祈りでもない。


 誰かが、必死に自分の名前を呼んでいる声だった。


 リュシアの目が鋭くなる。


 レオンは職業札を握った。


 奪われた名前を取り戻した人々は、外へ向かった。


 まだ奥に残る者たちがいる。


 番号にされ、運ばれ、記録から消されようとしている誰かがいる。


 なら、やることは同じだ。


 名を奪う札も。


 人を荷にする箱も。


 神殿が正しさの顔で貼った鎖も。


 全部、剥がす。


 二人は扉の奥へ踏み込んだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ