08.試験のペア
すっかり聞きなれた死の音に、私は不自然に思われない程度にレオンハルトの頭上に視線を巡らせる。
(え、新しくフラグが……増えてない?)
全てのフラグを折ったわけではないが、残したものは因縁強いモノばかりなので覚えやすいのだ。
自分の生命の関わっているから、私は基本的に一度見たフラグを忘れない。つまり他の人にフラグが生えたということだが、それにしては音が近かった気がする。
首を傾げつつも周りにサッと視線を巡らせるも、やはり母や王妃の頭上にもフラグがなかった。
――つまり。
(私の頭にフラグが生えてるってこと!?)
自分の頭に手をやるも、フラグの感触はない。予想通りの結果に思わず舌打ちが出そうになる。
……というのも。私を窮地から救ってきたフラグパイセンだが、能力設計とその用途に致命的にかみ合わないバグがある。
それは、フラグはどうやら肉眼でしか見えないらしいのだ。フラグはなぜか頭のてっぺんにしか生えず、人間の視野では当然自身の頭上は見えない。
つまり、私に生えたフラグは確認できないということだ。
しかも厄介なことに、見えないと触れないときた。私は見えない時限爆弾を抱えて、そのカウントダウンを聞きながら何もできず日々を過ごさなければならないのだ。まじでそういう見えないけどいる!みたいなホラー要素いらないからもっと存在をアピールして欲しい。
(でも、状況から推測することはできる)
少し青ざめた母に、子ども同士のやり取りを微笑ましく見ている王妃。意見問題なさそうだが、王妃の目線は息子に向けられている。立場上いきなり私を糾弾できないが、きっと心配しているはず。レオンハルトが何かしら不調不満を訴えれば、即刻私は不敬罪で捕まるに違いない。
問題のレオンハルトは、いまだ困惑したままどこか呆けた様子。自分の頭に……私が撫でた部分に手をやり、感情の読めない瞳がじっと私を見ている。あんなにフラグを生やしても笑顔だった、レオンハルトがだ。
これ、どう考えても死亡フラグが立ったのでは?
しかし翌日。
早すぎる断罪を覚悟した私の元に届いたのは、レオンハルトとの婚約の知らせだった。
♢♢♢
「——だけど、ペアは俺でいいよね?」
聞き慣れた声に、はっと我に返る。
馬車に揺られながら、こちらを覗き込んでいたレオンハルトと目が合う。定期的にフラグを駆除しているため、今では有事の際を除いてフラグは生えていない。
結局あの時立ったフラグの正体は今でも分からないけど、ここまで生き延びているなら死亡フラグではないはず。
……数本溜まると効果があるフラグじゃないといいけど。とにかくイエローカードシステムじゃないことを祈ろう。
「ごめんなさい、考え事をしていたわ。何の話だったかしら」
思考を切り上げて、向かいに座っているレオンハルトに向き直る。
入学式の騒動で疲れていると考えているのか、レオンハルトは仕方なさそうに肩をすくめただけで改めて説明してくれた。
「新入生に行われる魔法適性テストの話だよ。魔力が釣り合っている上級生ならペアの相手は身分関係なく自由に組めるけど、俺がリリーの隣に立ちたいんだ。上級生と交流するせっかくのチャンスだけど、やっぱり最初は他の奴に譲りたくなくて」
「あ、もう今週中には決めないといけないんでしたっけ」
この乙女ゲームはちゃんと魔法設定を生かしているアドベンチャータイプで、育成パートと戦闘パートもしっかりしていた。
そのためゲームの舞台となる魔法学園もただの人脈作りの場ではなく、卒業までに生徒を立派な魔法使いに育成するという理念を掲げている。
(その最初の一歩が『魔法適正テスト』なのよね)
高位貴族は幼いころから家庭教師がついていることが多いから、己の得意不得意はとっくに自覚している。しかしそうではない人たちにとって、得意な魔法属性や武器種を知るための大切なテストだ。
ペア制度なのはもちろん乙女ゲームのご都合展開。新入生が上級生の攻略対象と関わるための大切なイベントである。
平民上がりのミリーに貴族の知り合いはいないが、魔力検査で起きた騒ぎのおかげで攻略対象たちの印象に残っていた。つまり悪役令嬢のおかげでペアを無事見つけられるのだが――だからこそ、レオンハルトが私にペアを申し出たことが意外だった。
「むしろ、殿下こそよろしいのですか?上級生にとっては必須のテストじゃないから、参加しない方も多いと聞くけど」
学園は三年制度で、新入生に対して上級生は余る。
必ずしも新入生の面倒を見る必要がなく、むしろペアを断って高みの見物を決める人の方が多い。原作のレオンハルトもミリーに選ばれなかった場合、リリアーナの誘いを断って不参加を決めていたはず。
「婚約者をエスコートする権利を手放すわけないじゃないか。学年が違うリリーと一緒に試験を受けられる数少ないチャンスなんだから、つれないこと言わないでよ。ね?」
「それは——」
正直、めちゃくちゃ断りたい。だって、このテストは悪役令嬢としても無視できないイベントでもあるのだ。
なぜならこの魔法適正テストで、ミリーが貴重な光魔法の使い手だということが明らかになる。唯一白魔法を扱える魔法属性のため、多くの生徒や教師が彼女に注目した。
それに嫉妬したゲームのリリアーナは悪役令嬢らしく嫌がらせをするけど、あっさり攻略対象に見つかって咎められてしまう。
私としては一般生徒と組んで目立たず終わらせたいけど、捨てられた子犬のような目でこちらを見るレオンハルトに言葉が出なくなる。
「俺を放っておいて、他の奴と組むの?」
ぽん、とフラグが立つ。怒っている顔マークが描かれた黒いフラグ。不機嫌フラグだ。
「いえ!殿下と一緒にテストを受けられるなんて、私も嬉しいですわ!!」
フラグを前に、私に選択肢などない。
心の中で血涙を流しながら、私は生をうけたばかりのフラグが折れるのを見届けながら全力で頷いた。
ぱっと表情を明るくしたレオンハルトに、最初から勝てる戦いじゃなかったと察する。婚約者という立場もあるし、ここまで嬉しそうにされて突き放せるほど情がないわけじゃないので。
「本当!?リリーが最高評価を取れるように全力でサポートするからね!」
「成績はほどほどで大丈夫です、本当に」
ミリーの目につかないようにほどほどでいいのよ、成績なんて。書面の評価とか、追放されたら何の役にも立たないものだから。
(とはいえ、これでゲームと違う流れになるのよね。魔力検査みたいな事態にならないように、ちゃんと考えないと)
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