06.嫉妬フラグ…?
「あ……いえ、ただ自分の振る舞いを反省していただけです。もっとスマートに立ち回れていたらよかったのですが」
ぱっと思い浮かんだ言い訳を口にすれば、レオンハルトはどこか拗ねたような表情を浮かべた。
「振る舞いについては俺も意見があります。やっぱり人の頭は気軽に触らない方がいいと思うんだ」
「え?」
ぽんっ、と深紅なハートマークが描かれた黒いフラグがその頭に立つ。これは嫉妬フラグで、文字通り何かに嫉妬しているときに生えるものだが……いや何に??
首を傾げる私に、レオンハルトはなおも言い募る。
「ほら、頭って人間の急所だろう?例え親しい相手でもいきなり触れるのはよくないと思うんだ。もちろん俺は気にしないけどね。ましてやさっきのご令嬢とは初対面じゃないか。同性だとしても、迂闊に触れるのはよくないんじゃないかって思うんだ。また今日みたいなトラブルが起きるかもしれないからね。だから俺以外の頭は気軽に触らない方がいいと思うんだけど、どう?」
「どう????」
恐ろしく早口で、ほとんど何も聞き取れなかった。
……一切の曇りもなく、レオンハルトは真剣な顔だ。心なしか目が座っているような気がするが、きっとあんな出来事に巻き込まれて疲れているのだろう。
(そんな、まるで私が誰構わず人を撫でる不審者みたいな)
こちらは命がかかっているから仕方なくやっているんだ。色恋沙汰とかの下心は一切なく、胸にはいつだって死への恐怖しかない。フラグパイセンに誓ってもいい。
曖昧な反応をする私に、レオンハルトはさらに不服そうな顔をする。
「だから、撫でるのは俺だけにしてって事だよ!」
「話の論点そこでしたっけ」
思わず陸に打ちあがった魚のような目をレオンハルトに向けてしまう。そんな私の視線など気にしていない様子で、彼の白い肌が照れたようにわずかに赤くなっている。
しかも怖いことに嫉妬フラグ以外生えてないし、さっき生えた嫉妬フラグは折れていない。……話の流れ的に、まさかとは思うが、私がヒロインの頭を撫でたことに嫉妬しているの?一国の王子が?
(確かにフラグを折るため、今まで何回もレオンハルトを撫でたことあるけど!!)
わずかに残った頭の冷静な部分で今までのことを振りかえる。
私、リリアーナ・ヘルナンデスの婚約者がレオンハルトということもあって、ゲームでの断罪エンドもレオンハルトルートが一番多い。幼少期から絶えず小さいことでポンポンと悪いフラグが立ち、私はそのたびに丁寧に入念に折っていった。
特に力を自覚した最初のうちは撫でることでしかフラグを折れないと思っていたから、会うたびにレオンハルトの頭を撫でていた気がする。……数字に起こすと三日に一回くらい。それを、何年も続けて来たら……
(……刷り込みかなあ……小さい頃からの友人がいきなり他人を撫でたらマア嫌な気持ちにはなる、わよね?)
こうして考えている間もレオンハルトは何かを期待するように私を見ている。さりげなく嫉妬フラグも二本に増えていた。なんて強固な気持ちだ。
(もうこうなったら元凶のフラグを折るしかない……!)
先ほどヒロインと会ったのもあって、どんなトラブルに発生するか分からない。公衆の場ではあるが、入学式のおかげで廊下に人影もなかった。
諦めて、私はレオンハルトの頭に手を伸ばし――遠慮なく嫉妬フラグを折る。もはや腕を上げただけでレオンハルトは嬉しそうに笑って、私が撫でやすいように腰を下げてくれた。とんでもないパブロフの犬だ。
まるでゴールデンレトリバーのようで、つい気が抜けてしまう。フラグが折れたこともあって、レオンハルトの表情は先ほどと打って変わって晴れやかだ。
「……リリー、次に俺以外のやつを撫でたら本当に怒るからね」
「私、別に人の頭を撫でる趣味はないのよ……?」
「俺をこんなんにしておいてよく言うよ」
やがて満足したのか、レオンハルトはどこか名残惜しそうにしつつも姿勢を正した。私の心の何かがゴリゴリすり減った気もするが、ひとまず落ち着いたようなのでよしとする。
楽しそうに前を歩くレオンハルトの背中を眺めながら、私は自分のてのひらに視線を向けた。やはり先ほど折ったフラグの残骸は少しも残っていない。折るとき、確かな手ごたえがあるにも関わらず、だ。
(本当に、このフラグって何だろう……)
ゲームと全く違うレオンハルトを見ていると、たまに私たちが出会った日の出来事を思い出す。
そういえば初対面のときもレオンハルトの頭をおもむろに撫でてしまい、場の空気を凍らせたものだ。
♢♢♢
私が十二歳になった年、母に連れられて初めて王宮に訪れた。
そのころにはとっくに前世の記憶を思い出していたため、攻略キャラと出会うのを嫌った私はなかなかの引きこもりだった。
もちろんメイン攻略対象の実家である王宮なんてリリアーナ指定禁足地なので、最初は同行を拒否した。だけど私のボッチ性を心配した母の『王妃様とは幼馴染みだから、今回は個人的なお茶会よ』という言葉に良心が痛んで負けたのだ。
(結局、お茶会の会場に居たのは王妃とその息子の王太子レオンハルト二名。私のそれまでの努力は泡になったわ)
確かに母親二人とその子供二人という個人的な集まりだ。しかしこれは表示法違反ではないだろうか。当時の私は心の中で血涙を流しながら、完璧な王子様スマイルを浮かべたレオンハルトに挨拶をした。
だが顔を上げた私は、目に飛び込んできた光景に思わず絶句してしまう。
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