03.フラグクラッシャー(物理)
(仕方ない。無理やりでもこの手を使うしかないわ)
生えたフラグを消す方法は二つある。
一つは言葉や行動で状況を誘導して、展開を変えること。いわゆるフラグクラッシャーのように、本来起こるはずだったイベントを潰すように立ち回ることだ。
これが楽な方の方法だが、悲しいことに言動だけじゃ変わらない強固な運命というものがこの世に存在する。そういうフラグを消して運命を変えるためには、当然こちらもやり方を変える必要がある。
話が通じないなら殴るしかない。つまり、他人の頭に生えているフラグに直接触れて物理的に折るのみだ。
「あ、あの……リリアーナ様?」
ミリーの怪訝そうな声を無視して、彼女の頭を撫でる力を強くする。
そうして私の手がフラグに触れた瞬間。
パキッ
わずかな異物感と共に、手のひらから小気味よい音が聞こえた。もちろんヒロインの頭蓋骨を割った音ではなく、そこに生えていたトラブルフラグが折れた音だ。
小さな手応えと共にあっさり折れたフラグは、そのまますうっと空気に溶けて無くなる。まるで最初から存在していなかったように。
(――フラグクラッシャー(物理)なんて能力を与えるくらいなら、そもそも破滅エンドしかない悪役令嬢に転生させるな!!)
ヒロインのフラグも問題なく折れたことに対する安堵よりも、意味不明すぎる能力に対するやるせない気持ちが勝つ。
干されたハタハタのような目で自分の手を見下ろしていれば、突然その腕を強く掴まれた。それも妙に怖い顔をしたミリーに。
「え」
「リリアーナ様」
簡単に振りほどけないほど強く掴まれて、思わず二度見する。
フラグはもうなくなっているし、原作のイベントは私が暴れる予定がない以上進展しようがない。そもそもこんな展開あったっけ。
戸惑う私をよそに、ミリーは私の手を掴んだまま声を上げた。
「ごめんなさいっ!わたしにできるお詫びならしますから、もう叩かないでください……!」
「へっ????」
叩いてないし、なんなら手を離してもらいたい側だが。
ゲームではなかった展開に、混乱でとっさに反応できない。フラグを折ったはずなのに、状況が変わらない。今まで一度もなかった事に焦りながらも、私は何とか言葉を絞り出した。
「た、叩くだなんて、そんな恐ろしいことはとてもできませんわ。私はただ、貴女に怪我がないか確認しようとしただけなのよ」
努めて優しい声で話しかけるも、ミリーは私の腕を掴んだまま俯いで震えるばかり。
私に向けられる視線はだんだんと鋭さを帯びていき、ひそひそと嫌な声が耳につき始める。はたから見たら私が叩いていないなんて一目瞭然だろうに、あっという間に悪者にされていくのを感じる。
(原作の強制力ってやつ?回避しようとも、私は悪役令嬢になるしかないの……?)
だが、これまでのイベントは上手く躱していたはずだ。
フラグのおかげで険悪だった婚約者のレオンハルトとの関係も悪くないし、社交界での評判も悪くはなかった。必死に思考を巡らせていると、ふと小さな違和感に気が付いた。
……そういえば今さらだが、どうしてミリーは私の名前を知っているのだろうか。確かに私は王太子の婚約者で公爵令嬢だから知名度はあるけど、彼女が知っているはずはない。
なぜならミリーは伯爵令嬢の身分で入学しているが、孤児院出身で魔法の才能を見込まれて最近養子になった設定だからだ。貴族なら知ってて当然の常識もからっきしで、ゲームではプレイヤーの育成次第で賢くなっていくはず。
(記憶違いかしら……って、そんなことを考えている場合じゃないわね。誤解を解かないと)
気味の悪い違和感を頭の隅において、私はミリーに向き直る。
「ごめんなさい、いきなり触れて驚かせたわね。心配する気持ちが勝って、つい体が動いてしまったの。……その、よくこうして婚約者を励ましていたから、癖になっているのよ」
レオンハルトの名前を出すのは本意じゃないが、この場においてこれ以上の言い訳はとっさに思い浮かばなかったのだ。
現に、私を見つめていた視線が手のひらを返したように変わった。
「まあ、お聞きなさった!?リリアーナ様とレオンハルト殿下は本当に仲が良いのね」
「リリアーナ様に撫でられるレオンハルト殿下はよく見かける光景だよな。俺たちが見かけるくらいには、お二人にとっての日常なんだろう」
「……じゃあ、フォスター嬢の勘違いか?」
「言われてみれば叩いているようには見えませんでしたわ。フォスター嬢は私たちとは馴染みが無かったのですし、誤解があったのかもしれませんね」
風向きが変わったのはいいが、所かまわずいちゃつくカップルのように言われるのは心外である。だいたい、レオンハルトの頭を撫でたのだってのっぴきならない事情があるからだ。
顔が引きつっていくのを感じながら、ミリーに手を離してもらおうと視線で促す。しかし、表情が抜け落ちた彼女の顔を目にしてしまった。
ゲームでは一度も見たことがない、一切感情が滲んでない目に思わず息をのむ。
「……噓でしょ、これでも暴れないの?」
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