02.ヒロインとの初フラグ
遠くで教師の切羽詰まった声が聞こえるけど、それに反応することなく予め組み上がていた防御魔法を展開する。
体から魔力がわずかに流れる感覚。一拍置いて、青白い光のドームが私の周りを覆った。
周りから悲鳴が上がるのと同時に、遠くからねずみ花火のような軌道を描いて魔法が飛んでくる。ソレは青白い光のドームと衝突すると、バチッという破裂音を伴って霧散した。
一連の出来事に、講堂は耳が痛いほどの沈黙で満たされる。だがそれもわずかな間のことで、すぐに至る所から安堵した声が上がった。
風で乱れた長い髪を整えながら、私は小さくため息をつく。
(講堂は人で溢れかえっているのに、ピンポイントで私の方に魔法が飛んでくるなんて……。ありがとうフラグパイセン)
前世の私は乙女ゲームが大好きだったとはいえ、プレイしたゲームを全て細かく覚えておけるほど頭が良くない。
イベントが起こると分かっていても正確なタイミングまでは分からなかったから、事前に知らせてくれるフラグのおかげで余裕を持って立ち回れた。
(まあ、フラグのせいで私に矛先が向かっていると言えなくもないから感謝は違うわね……よく考えれば酷いマッチポンプだわ)
この魔法の暴発はプロローグの山場、ヒロインが攻略対象たちと出会うためのイベントだ。
ゲームでは私に魔法が当たるのだが、悪女らしく烈火のごとく怒って仕返しとしてヒロインに魔法を向けてしまう。攻略対象たちが仲裁に入ってヒロインは事なきを得るも、極端な行動に出たリリアーナはこのイベントを境に嫌われていくのだ。孤立したリリアーナはきっかけとなったヒロインを恨むようになり、嫌がらせをエスカレートさせて――最終的には断罪される。
プレイしていた時はリリアーナの結末にすっきりしたものだが、当事者になれば話は変わる。二回も若くして死ぬなんて絶対に嫌。よく分からない間に前世が終わってしまった分、今回は人生を満喫するって決めてるんだから。
パタパタとこちらに駆け寄ってくる足音に、覚悟を決めて顔を上げる。
壇上から一直線でこちらに向かうヒロインに、生徒たちはさっと道を開けていく。そうして私の前まで来た彼女は、思わず心配するほど青ざめていた。
「ご、ごめんなさい!公爵令嬢であるリリアーナ様に傷をつけるなんて……わたしったら、なんてことを……!」
ゲームと全く同じセリフを口にするヒロイン――ミリー・フォスターは、怪我の有無を確認するように私の周りでオロオロしている。
王太子の婚約者である公爵令嬢を襲ったトラブルに、周りは関わりたくなさそうにしつつも好奇の視線をこちらに向けていた。肌に刺さるそれらに居心地を悪くしつつ、私は動揺を隠すのに精一杯だった。
そっとミリーの頭上に視線を向ければ、嫌なほど目立つ黄色の旗が変わらず鎮座している。
(っ、まだフラグが折れてない!?)
魔法事故を未然に防いたのだから、大抵これでトラブルフラグは消えているはずだ。だというのに、フラグは変わらずミリーの頭上でデカデカと存在感を放っている。
――まだ、イベントは終わっていない。
そう確信するのと同時に、ミリーは赤い瞳を潤ませてこちらを見上げた。
「あの、怒ってます……よね?わたしったら、王太子妃であるリリアーナ様にこんな無礼……本当に、どうお詫びしたらいいか」
涙を浮かべ、ペコペコと何度も頭を下げるミリー。
故意で人間に魔法をぶつけるのは問題行為どころか犯罪だが、今回は完全な事故だ。怪我もなかったし、私が謝罪を受け入れればそれで終わる程度の話である。
……まあ、ゲームのリリアーナは人格否定レベルで激しく罵るのだが、そんなことをしてしまえば断罪エンドまっしぐら。
(一度目の人生が過労死で二度目の人生が処刑とか嫌!今度こそ長生きするんだから!)
悪役令嬢にならないための、大事なファーストコンタクト。
私はジャンヌダルクも称賛するレベルの優しい笑みを浮かべ、俯くミリーの頭に手を置いた。
「この通り、私は無事ですわ。だから貴女もそう気にしないでください。そちらこそ怪我はありませんか?」
「え」
いきなり頭を撫でるという不自然極まりない暴挙。だが、女にはやらねばならぬときがある。
間違っても暴力を振るっているとみられないように、優しく、だけど丁寧に入念にミリーの頭を撫でた。
――正確には、トラブルフラグが生えている部分を。
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