第43話 つきのとおじさんは、裏日本で大物と出会った。
朝五時に、つきのからメッセージが来た。
《田中さん、緊急です!起きていますか?》
起きていた。コーヒーを作っていた。
《起きていますよ》
《今すぐ来られますか?裏日本に大きな妖怪が出ました。師匠が封じようとしましたが、一人では無理とのことで……。》
《今から行きます》
《……田中さん、今回は状況が違います。今まで出た妖怪とは、格が違う》
《どのくらい違いますか?》
《師匠が「五十年に一度の大妖だ」と言っています》
《わかりました。神社に行きます》
《ありがとうございます。田中さん——怖くなったら、言ってください》
俺は少し考えた。
《怖くないと思いますが、言います》
《……やっぱりそう言うと思いました》
コーヒーを飲んだ。薄かった。ヒナに連絡した。
《今日、裏日本に行きます。つきのさんから緊急の連絡があって》
しばらく間があった。
《うちも行きます》
《今回は危ないかもしれないので》
《だから行きます》
《……わかりました。神社に来てください》
《よし》
◇
渋谷の神社に着いたとき、つきのと月峰師匠がいた。月峰師匠の顔が、今まで見た中で一番険しかった。
「来たか」
「来ました。状況を教えてください」
「…《大禍津日》だ」
月峰がその名を言った。
つきのが続けた。
「古い妖怪の中でも、最上位に近い存在です。怨念ではなく、もっと原始的な、破壊の衝動で動くものです」
「鬼火とは違うんですか?」
「根本的に違います。鬼火は成仏させることができる。でも、大禍津日は、成仏では対処できない。封じるか、浄化するかしかない」
「浄化、とは?」
「怨念ではなく破壊衝動なので、感情を受け取っても消えません。力で押さえ込んで、完全に浄化する必要があります」
月峰が言った。
「わしとつきのの術では、封じることはできる。だが、浄化するには、田中武志、お前の器が必要になる」
「俺の器で浄化できますか?」
「試したことがない。だが、三つの世界の力を持つ器であれば、可能なはずだ」
「試したことがない、ですか……。」
「それでも来てくれるか?」
「行きます」
月峰が少し目を細めた。
「……度胸があるな」
「度胸ではなく、放っておけないので」
「同じことだ」
■《大禍津日》について(月峰師匠談)
裏日本に五十年に一度現れる上位の存在。高さ十メートルを超える黒い柱状の形をしており、触れたものを腐らせる力を持つ。普通の妖怪と違い、怨念を持たない。ただ破壊するために在る。陰陽師最大の難敵の一つ。
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ガチ勢777:大禍津日!!五十年に一度の大妖か
エトウ:「怖くなったら言って」にも「怖くないと思いますが言います」の田中さん
匿名A:試したことがないと言われても来た田中さん これが「放っておけない」
ヒナ推し最前線:お前が行ってどうにかなるのなら、行ってこい!
◇
裏日本に入った。
今日は、俺、つきの、月峰師匠、そしてヒナとサクラの五人だった。
入った瞬間、空気が違った。
赤い空が、いつもより暗く血の色から、炭の色に近かった。
「……空が、いつもと違います」とヒナが上を見た。
「大禍津日が近いからです。裏日本全体が、その影響を受けています」
「……怖いですか?」
「怖いです」
「……正直ですね」
「田中さんが怖くないので、うちが怖がっておかないとバランスが取れないので」
つきのが少し笑った。
「……ヒナさんらしいですね」
「そうですよ。それがうちですから」
「よかったです。怖くない人だけで来るより、怖がれる人がいた方が、緊張感が保てます」
「陰陽師的な考え方ですか?」
「そうです。怖いという感覚は、危機を正確に認識できているということ。それが術の精度を上げます」
「……つきのさんは怖くないんですか?」
「怖いです。でも、田中さんが来てくれたので、大丈夫だと思っています」
ヒナが俺を見た。
「……みんながそう言いますね」
「そうなりますね」
「田中さんって、本当に皆を安心させる何かがありますよ」
「よくわかりません」
「いつかわかります」
◇
黒い木々の間を抜けると、開けた場所に出た。そこにいた。《大禍津日》が。
黒く柱のような形をしていた。高さは十メートルを超えていた。
音がしなかった。
揺れていなかった。
ただ——在った。
在ることで、周囲の木が枯れて、地面が黒く染まっていた。
ヒナが息をのんだ。
サクラがカメラを向けたまま、一歩下がった。
月峰師匠が印を結ぶ。
「田中武志、動くな。まず、わしとつきのが封じを始める。封じが完成したら——お前が浄化する。わかったか?」
「わかりました」
「……一つ言っておく。浄化のとき、お前の右手に今まで以上の力が集まる。それを制御できるかどうかが鍵だ」
「…制御の仕方は?」
「力ではなく、意思で制御する。どこに向けるか、何のために使うかを——はっきり思いながら放出しろ」
「意思で制御するとは?」
「お前なら、できる。今まで何度も、意思で動いてきた男なんだろ?」
月峰がつきのを見て言った。
「つきの、始めるぞ!」
「はい、師匠!」
つきのが前に出て呪符を複数、指の間に挟んだ。
「《伏せよ、動くな、留まれ——大封の印》!」
呪符が飛んだ。
大禍津日の周囲に、光の輪が広がった。
黄金色の光。これが陰陽師の術の色なのだろう。
大禍津日が、初めて動いた。
柱が揺れ地面が震えた。
「……動いた」つきのが少し押されぎみに言う。
月峰師匠が即座に補った。
「《天地の柱よ、繋ぎ止めろ》!」
大きな印を結んだようで、光の輪が強くなった。
大禍津日が、また揺れ今度は、腕らしきものが伸びた。
黒い、太い腕がつきのに向かってくる。
だから、俺は前に出た。
「つきのさん、下がってください」
「田中さん、まだ封じが——」
「下がってください」
つきのが下がった。
俺は大禍津日の腕を右手で受けた。三色の光が爆発した。
白。金。橙。
黒い腕が、光に弾かれた。
消えなかった、だが——動きが止まった。
「……力を持っている?」
「…今のが「破壊」ですか?」
「そうだ。感情がないだろう?ただ触れて、弾こうとした」
「……怨念の成仏とは、確かに違いますね」
「だから、感情に訴えても意味がない。力を正面からぶつけて、浄化するしかない」
「封じが完成するまで、俺が受けます」
「…一人でか?」
「この腕なら、受けられます」
月峰がしばらく俺を見た。
「……つきの、急げ。田中武志の時間を無駄にするな」
「はい!」
裏日本 — 同接:4,882,004
全員:大禍津日の腕を素手で止めた!!!
ガチ勢777:「つきのさん下がって」が1話のヒナへの「ちょっとすみません通りますね」と同じ構造
エトウ:ヒナちゃんの「怖がっておかないとバランスが取れない」が面白すぎて笑った
プロ冒険者X:意思で制御する浄化 田中さんの「放っておけない」という意思がそのまま武器になる
つきの推し:月峰師匠が「つきの、急げ」と言ったの師匠の信頼が詰まってる
◇
三分間、俺は大禍津日の前に立ち続けた。
腕が来るたびに、右手で受けた。
弾いた。
三色の光が、何度も出た。
大禍津日は感情がなく、俺が受け続けても、怯えなかった。
疲れなかった。
ただ——来る、弾かれる、来るの繰り返し、そして、また腕が来る。
「……田中さん!」
「封じ、完成しました!」
光の輪が、完全になった。
大禍津日の動きが、止まった。
封じられた。
だが——消えてはいなかった。
「田中武志! 今だ!」
月峰が叫ぶ。
「浄化しろ! 意思を持て! 何のために、どこに向けるかを明確に!」
俺は右手を前に出し、三色の光が集まった。
どんどん大きくなった。
今まで出した中で、一番大きかった。
「——何のために」
俺は思った。
「裏日本が静かであれば、表の世界が穏やかでいられる。表が穏やかであれば、向こうの世界への境界も安定する。全部が繋がっている——だから」
「放っておけないんだ」
右手の三色が、一つになった。
白と金と橙が混ざって——新しい色になった。
見たことのない色だった。
強いて言えば——暁の色。
まるで、夜明けの空の色だった。
「……《浄化》」
ただそれだけ言った。
光が、大禍津日に向かって放たれ光が大禍津日を包んだ。
黒い柱が、白くなり白から、金になって金から、橙になった。
そして——消えた。
黒い染みだった地面が、元の土に戻っていく。
枯れていた木が、すぐには戻らなかったが原因は取り除けたようだ。
静寂。
「……消えた?」とつきのが呟いた。
「浄化されたんですね」
「そうだ」と月峰師匠が静かに言った。
「田中武志、大禍津日を浄化した陰陽師は、記録に残っている限り——五百年で三人だ」
「そうなんですか?」
「お前も記録に付け加えてやる」
「元経理で入れてもらえますか?」
「……「元経理の田中武志」で入れるやる」
月峰が、珍しく声を出して笑った。
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全員:浄化した!!!!!!大禍津日を!!!!!!!!!
ガチ勢777:三色が混ざって暁の色になった瞬間 新しいフェーズが始まった感じがした
エトウ:「放っておけない」を意思として浄化に込めた これが田中さんの本質的な強さ
匿名A:「元経理の田中武志で入れる」で月峰師匠が笑った このシリーズで師匠が声出して笑ったの初めてでは
プロ冒険者X:五百年で三人の記録に入った 田中武志の名前が陰陽師の歴史に刻まれた
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが後ろからずっと見てた 田中の背中が好きそうな顔してたな…。
◇
帰り道、つきのが俺の隣を歩いた。
「田中さん、今日の光——あれは何でしたか?」
「また、新しい色が出ました」
「暁の色でした。三色が混ざって……」
「そうなりましたね」
「師匠が「暁の器」と言っていましたよ。後ろで」
「暁の器?」
「夜明けを作る器。三つの力が一つになったとき、新しい何かが生まれる——その器だ、と。師匠もよくわからないと言っていました。記録にない現象だと」
「……記録にないことが多いですね」
「田中さんは記録を更新し続けていくからですよ?」
つきのが少し間を置いた。
「……今日、ありがとうございました。師匠が封じを完成させるまでの間、一人で受け続けてくれた」
「つきのさんの封じが完成したから、浄化できました。つきのさんこそ、ありがとうございます」
「……二人でできました、ということですね」
「そうです」
「……うれしいです。師匠ではなく、田中さんと二人で戦えたことが」
「俺も、心強かったです。つきのさんの封じがなければ、俺の浄化は当てられませんでした。チームワークです」
つきのが少し目を細めた。
「……田中さん、「チームワーク」という言葉を使ったのは初めてですね。いつもは「みなさんがいたから」とか「全員のおかげ」という言い方をします」
「それは全員のときの言い方です。今日は二人だったので」
つきのが笑った。
「……使い分けているんですね」
「自然にそうなっていました」
「それは、つきのちゃんへの特別な言葉ですよ?」
後ろからヒナが言った。
「……ヒナさん、聞いていましたか」
「聞いていました。でも、それがうちの感想です」
「…………そうですか」
つきのの耳が、少し赤かった。
「……ヒナさんって、時々こういうことを言いますね」
「そういう人です」
「……ライバルとして、強敵です」
「そうですね」とヒナが少し得意そうにした。
◇
表の世界に戻った。
渋谷の朝だった。朝の光が、建物の間から差し込んでいた。
「……朝になっていました」とヒナが空を見た。
「裏日本にいた間に、夜が明けた」
「そうですね」
「朝の空、きれいですね。……今日の光の色と、少し似ています。田中さんが出した暁の色と」
「そうかもしれません」
「田中さんの中に、夜明けがある、ということですかね」
「詩的ですね」
「たまには言います」
月峰師匠が俺を振り返った。
「田中武志、一つ、礼を言っておく。五十年に一度の大妖を、お前が浄化した。これが記録に残る日が来るとは、わしも思っていなかった」
「試したことがない、とおっしゃっていましたよね」
「そうだ。だが、お前は、初めてを怖がらない男ようだがな」
「……知らなかったので」
「知らなかったから、できた、か。だが、お前は成したんだ。」
月峰が頷いた。
「……また来い」
「来ます」
「次に来るときは、もっと大きい仕事がある。裏日本の根に眠っているものを——起こす仕事だ」
「それは、記憶の鍵に関係しますか?」
「関係する。むしろ——それが鍵になると考えていいだろう」
月峰が歩いていった。
つきのが俺を見た。
「……師匠が先に言ってしまいましたが」
「構いません。楽しみにしています」
「楽しみ、ですか?」
「次が、見えてきたので」
つきのが微笑んだ。
「……田中さんと一緒に戦えて、よかったです」
「こちらこそ。いいチームワークでした」
「いいチームワークでしたね!」
ヒナが俺の隣に来た。
「田中さん、コーヒー飲みに行きませんか?あのお店に」
「あの美味しいコーヒーのお店ですか?」
「そうです。朝から開いてるので。つきのさんも来ますか?」
ヒナがつきのに聞いて、つきのが少し驚いた顔をしていた。
「……いいんですか?」
「もちろんです。ライバルとして、仲良くするのは大事ですよ!」
つきのが笑った。
「……はい。よろこんで」
三人で、朝の渋谷を歩いた。
空がオレンジだった。
それは、暁の色。
今日の戦いで出した光と、同じ色だった。
◇
【神回】「元経理の田中武志」が陰陽師の五百年の記録に入った件と暁の色が生まれた件
1 名無しさん : 三色が混ざって「暁の器」になった瞬間 王の器・天の器の次の段階が来た
2 名無しさん : 「放っておけない」を意思として浄化に込めた 田中さんの言葉が本当に力だった
3 名無しさん : 「チームワーク」という言葉をつきのちゃんにだけ使った ヒナちゃんが「特別な言葉」と解説してくれた
4 名無しさん : 五百年で三人の記録に「元経理の田中武志」で入る 月峰師匠が声出して笑った
5 名無しさん : ヒナちゃんがつきのちゃんをコーヒーに誘った ライバルとして仲良くするの強い
6 名無しさん : 「知らなかったから、できた。それが一番の力」という月峰師匠の言葉が田中さんへの最高の評価
7 名無しさん : 次が「裏日本の根を起こす仕事」と師匠が示した 三つ目の記憶の鍵への前振りが完璧
8 名無しさん : 登録者3600万突破 暁の器の誕生に世界が反応してる
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