第44話 三人で、薄くないコーヒーを飲んだ。ヒナとつきの、少し仲良くなる
朝の渋谷の喫茶店は、客が少なく静かだった。
窓から朝の光が差し込んでいた。
三人で、カウンター側の席に並んで座った。
コーヒーが来て俺は一口飲んだ。
うん、薄くない。
「……美味しいですね」
「でしょう。うちのお気に入りですから!」
「田中さんはコーヒーが薄いのが嫌いなんですよね?」
「そうです」
「配信で見ていました。何度か言っていたので。気になった言葉は全部メモしていたので」
ヒナが「えっ」と言った。
「全部メモ?」
「田中さんがどんな人かを知りたくて。師匠に聞いてもわからないことは、配信から拾いました」
「……うちより、田中さんのことを知ってる可能性がありますね」
「そんなことはないと思います。ヒナさんは実際に一緒にいたので」
「でもうち、メモはしてません」
「体で覚えていると思います」
◇
「つきのさん、「よし」というのは、どういう言葉ですか。配信でヒナさんがよく言っていましたが、毎回少し意味が違って聞こえて」
「そうです。毎回意味が違いますよね」と俺が答えた。
「……嬉しい。決めた。安心した。受け取った。全部わかった。届いた。」
「全部「よし」という一言で?」
「……そうです」
「……面白い言葉ですね」
「うちのオリジナルではないんですが、田中さんとの間でそういう使い方になっていった感じです……」
「言葉が育っていったんですね」
「……「言葉が育った」というのは、良い表現ですね」
「陰陽師はそういうことを大事にします。言葉には力がある。使われるたびに、育っていく」
「呪文みたいなものですか?」
「近いです。でも、呪文は最初から力がある。育つ言葉は、最初は普通の言葉が、人との間で使われるうちに力を持っていくものです」
「「よし」は育った言葉、か……」
「そうだと思います。田中さんとヒナさんの間で、特別な意味を持つようになった。それが力です」
ヒナが少し間を置いた。
「……つきのさんって、こういうことをさらっと言いますね。なんか悔しいような、嬉しいような」
「どちらですか?」
「両方です!」
つきのが少し笑った。
後日公開 — 再生数:5,114,004
ガチ勢777:「よし」が育った言葉という陰陽師の解釈が最高すぎる
エトウ:つきのちゃんが田中さんの言葉を全部メモしてた ヒナちゃんとは別の形の愛情
匿名A:「悔しいような嬉しいような」という両方をヒナちゃんが言えた
プロ冒険者X:「言葉が育つ」という陰陽師の概念が全シリーズの言葉への向き合い方と一致してる
◇
「つきのさん」とヒナが言った。
「陰陽師って、ずっと秘密にしてきたんですよね?」
「そうですね。平安の時代位から」
「大変じゃなかったですか?誰にも言えないのは」
「大変でした。学校でも、友達にも、裏日本のことは話せなかったので」
「……それ、うちも似たようなものですよ。ダンジョン配信を始めてから。最初は誰にも理解してもらえなかった。登録者が0人のときは、本当に誰もいなかった。でも、あの時から一緒にいるのが田中さんで」
「ああ、配信のあの時ですか?」
「そうです。まあ、正確にはうちが田中さんについていったんですが」
つきのが少し微笑んだ。
「……ヒナさんにとって、田中さんは最初から特別な人だったんですね」
「……そうかもしれません。気づいたときにはそうなってた」
「……羨ましいです。私は配信で田中さんを知った。直接会うまで、一方的に見ていただけでした。ヒナさんは、最初から隣にいたんですね……」
「……でも、つきのさんは今日、一緒に戦いましたよ。うちはずっと後ろで見てるだけだったのに。つきのさんの方が、田中さんの力になれてます。今日は、間違いなく」
つきのが少し間を置いた。
「……ヒナさんって、正直ですね」
「そうですよ。思ったことは言います」
「……それが、田中さんの一番近くにいる人の強さかもしれません。正直に言える人が隣にいる——それが、田中さんの感情を育てられた理由だと思います」
ヒナがしばらく黙った。それから、少し笑った。
「……つきのさんって、本当にさらっと良いことを言いますね」
「……陰陽師なので」
「「陰陽師なので」で全部説明しないでください!」
つきのが声を出して笑った。
俺は二人の会話を聞きながら、コーヒーを飲んでいた。
美味しかった。
こういう場所が、世界にあることが、普通であることがとてもいいことに感じた。
◇
「田中さん」とつきのが俺に向いた。
「今日の戦いのことを、一つ聞いてもいいですか。暁の色が出たとき、何を思っていましたか?」
「……何のために使うか、を考えていました。裏日本が静かなら表が穏やか。表が穏やかなら向こうへの境界も安定する。全部が繋がっている、だから放っておけない、と考えていました」
「三つの世界全部を一度に考えていたんですね」
「そうなりましたね」
「師匠に話したら、「それが暁の色の理由だ」と言っていました。一つの意思で三つを繋いだとき、新しい色が生まれた。師匠は「三が一になる瞬間だ」と。前は三色が別々に出ていた。今日は混ざって、一色になった——田中さんの中で、三つが本当に一つになった証拠だ、と」
「……田中さんは、今、三つの世界を「持っている」のではなく、三つの世界と「なっている」んだと思います」
「……違いは何ですか?」
「持っているのは、外から取り込んだもの。なっているのは、自分がそういう存在、ということです」
「「なっている」なら、もう、失いませんね」
「……そうですね」
「……田中武志という存在が、三つの世界そのもの、ということですか、フフフ」
「それは大げさでは」と俺が言った。
「師匠の言葉です。大げさではないと思います!」
「……ふーん」
「ふーんで流さないでください」とつきのがきっぱり言った。
「今日の出来事は、陰陽師の歴史に必ず残りますよ。五百年で三人目の大禍津日の浄化。そして暁の器の覚醒。田中さんは今日、二つの記録を作りました」
「そうですか?」
「そうです。もう少し実感してください」
「……努力します」
「努力ではなく、ちゃんとやってください」
ヒナが噴き出した。
「つきのさん、うちと同じことを言いましたね!」
「……田中さんの逃げ方のパターンを把握しました。「そうですか」「気をつけます」「ふーん」の三種類です」
「正確だ……」とヒナが感心した声を出した。
「やっぱりメモしてたんですか?」
「全部!」
「……敵わないなあ」とヒナが小声で言った。
俺はコーヒーを飲んだ。黙っていた。何かを言うと、また「そうですか」か「気をつけます」か「ふーん」になりそうだったので。
後日公開 — 再生数:6,441,004
ガチ勢777:田中さんの逃げ方三種「そうですか・気をつけます・ふーん」を把握してるつきのちゃん
エトウ:「持っているのではなく、なっている」という区別が今話の核心
匿名A:「正直に言える人が隣にいることが田中さんの「よし」を育てた」という言葉が全て
プロ冒険者X:「三が一になる瞬間」という月峰師匠の解釈で暁の器の意味が明確になった
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが「つきのさんに敵わない」って言えた 認めてる
◇
店を出て朝の渋谷。
「つきのさん」とヒナが言った。
「今日の、三人でコーヒー飲んだこと、うちとつきのさんの間だけの秘密にしていいです?。裏日本のことも秘密。うちとつきのさんが最初にちゃんと話せた日だから。二人の間で持っておきたいんです」
つきのが少し間を置いた。
「……そうですね。二人の間で」
「よし」とヒナが言った。
つきのがヒナを見た。
「……今の「よし」は、何の意味ですか?」
「決めた、という意味です。つきのさんをライバルとして本気で認める、ということを。つきのさんは強い。田中さんの力になれる人です」
「……ヒナさん、正直に言える人だということが、今日よくわかりました。……うち、ヒナさんのことが好きです。ライバルとして」
「うちもです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
二人が頭を下げた。俺は少し離れて立っていた。
「……田中さんが離れてますね」とヒナが言った。
「空気を読みました」
「読めたんですね」
「練習の成果ですよ?」
ヒナが笑った。つきのも笑った。
「……うちたち、田中さんに似てきてますよ。「練習の成果」とか言い始めましたから」
「そうかもしれません。いいことですか?」
「良いことです」と俺は言った。
「即答ですね」
「本当のことなので!」
◇
つきのが神社に戻るという。
「師匠への報告があるので」
「ゼナさん経由で、サクラさんと技術交流をしていると聞いて、私も記録の重要性を教えてもらいました」
「……ゼナさんとサクラさんの影響が、つきのさんにまで」
「繋がりはそういうものです。師匠が言っています。「繋がりは、人から人へ、言葉から言葉へ、広がっていく。それが力の根源だ」と。でも、師匠の言葉より、田中さんが日々やっていることの方が、体感として伝わります。言葉は後からついてきます。田中さんはまず、動きますから」
「それが、田中さんがすごいところですよ!」とヒナが言った。
「わかる前に動く。理屈より先に、放っておけないから動く。それが信用を作っていくんだと思います」
「……今日、ヒナさんを好きになりました。ライバルとして。でも、仲間としても」
ヒナが少し黙った。
「……よし」
「今の「よし」は?」
「嬉しい、です!」
「「よし」が一言でわかるようになってきましたよ。」
「田中さんに教わります」
「喜んで教えますよ」と俺が言った。
「即答ですね」
「共有は大切なので」
つきのが笑って頭を下げた。渋谷の朝の人混みの中に、私服で消えていった。
ヒナが俺の隣に来た。
「…田中さん、つきのさん、良い人ですね」
「そうですね」
「……認めるのは悔しいですが、良い人です。それが正直ということなので」
「ヒナさんは正直ですもんね」
「そうです。それが、うちです」
朝の渋谷を、二人で歩いた。
空がオレンジから青に変わっていった。夜明けが終わって、朝になっていた。
田中武志は今日、暁の器になった。
今日のコーヒーは美味しかった。
まだ、何も変わっていない。
俺は俺のままだ、今はそれで十分だ。
◇
【感想】「正直に言える人が隣にいることが「よし」を育てた」ヒナとつきのの朝の喫茶店が全員の心に刺さった件
1 名無しさん : 「持っているのではなく、なっている」という区別が田中さんの現在地を一番正確に表してた ちな、俺その店の店員
2 名無しさん : 田中さんの逃げ方三種「そうですか・気をつけます・ふーん」をメモで把握してたつきのちゃんに笑った
3 名無しさん : 「正直に言える人が隣にいることが田中さんの「よし」を育てた理由」 ヒナちゃんの隣にいた価値が陰陽師目線で言語化された
4 名無しさん : 「今日のコーヒーはうちとつきのさんの間で持っておきたい」というヒナちゃんの提案が優しい
5 名無しさん : 「努力ではなくちゃんとやって」を二人が同じように言ってた 田中さんの同じ部分を知ってる
6 名無しさん : ゼナとサクラの影響がつきのちゃんにまで届いてる 繋がりが広がってる証拠
7 名無しさん : 「田中さんが空気を読んで離れた」 本当に成長してる
8 名無しさん : 登録者3700万突破!!!
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