第35話 岩田陸、日本に帰る。岩田局長が待っていた、それを見守るおじさん
翌朝、王城の前に全員が集まった。
岩田陸は、向こうの服のままだった。
「……着替えなくていいですか?」
「向こうの服の方が動きやすいので。それに…」
岩田陸が自分の服を見た。
「……村の人たちが作ってくれたものです。大事にしたいので」
「そうですね」
「日本に帰っても、着ます」
「ちょっと目立ちますが」
「目立っていいです。これが俺が向こうにいた証拠なので」
俺は頷いた。
「良い考えです」
岩田陸が少し照れた。
シルヴィアが俺のそばに来た。
「……今日、帰るんですね」
「そうです。また来ます」
「二週間後に?」
「そのつもりです」
「楽しみにしています」
シルヴィアが岩田陸を見た。
「……岩田陸さん、お気をつけて」
異世界の言葉で言った。
岩田陸が向こうの言葉で「ありがとうございます」と言った。
「……向こうの言葉が話せるんですね」
「半年いたので、少しは」
「田中さんとは別の意味で、両方を持っている人ですね」
「そうなるかもしれません」
シルヴィアが少し笑った。
「向こうの世界のことを、こちらで話せる人が増えました。良いことです」
ガルドが俺の肩を叩いた。
「また来い」
「来ます」
「…今度は何を持ってくるんだ?」
「何がいいですか?」
「…………おにぎりでいい。」
「わかりました」
キリソウが「ガルドさんもおにぎり気に入ったんですか?」と言った。
ガルドが「昨日一つもらった」と言った。
「どうでしたか?」
「……悪くなかった」
ガルドが武骨な顔でそう言った。
全員が笑った。
ゼナが岩田陸に近づいた。
「……岩田陸さん」
「はい」
「向こうの世界に帰ったら、一つお願いがあります」
「何ですか?」
「サクラさんに伝えてください。魔力通信の周波数調整に成功しました、と。登録ボタンの設置が可能になったかもしれません、と」
岩田陸が首をかしげた。
「……よくわかりませんが、伝えます」
「よろしくお願いします」
「ゼナさんって、田中さんとサクラさんの配信を見てるんですか?」
「見ています。面白いです」
「……感想が聞けると思っていなかった」
「感想を言える方法を作っています。もうすぐできますよ?」
岩田陸が俺を見た。
「……田中さんの周りって、すごい人ばかりですね」
「そうですか?」
「みんな、田中さんのために動いてる」
「俺のためというより、繋がっているから、動いている気がします」
「繋がっている?」
「田中さんを中心に繋がっているんですよ」
ヒナが言った。
「向こうの人も、こちらの人も、田中さんを通して繋がってる。だから動くんです!」
岩田陸がしばらく考えた。
「……それが、王の役割ですか?」
「そういうことかもしれません」
俺は少し考えた。
「……わかりません。でも、そうだとしたら、良い役割だと思います」
「田中さんが「良い」と言ったっ!?」
ヒナが言った。
「よし!!!」
出発前 — 同接:3,441,004
ガチ勢777:ガルドが「おにぎり」って言った!! 武骨な顔で言うからなおさら笑う
エトウ:ゼナちゃんが登録ボタンの設置を実現しようとしてる 異世界から登録できる日が来る
匿名A:「良い役割だと思います」を田中さんが言えた 役割を受け入れてきてる
プロ冒険者X:岩田陸が「向こうで話せる人」として帰る これも繋がりの一部になった
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんと以心伝心してるのか?
シルヴィア推し:シルヴィアちゃんが「向こうのことを話せる人が増えた」と喜んでたの良かった
匿名B:村の服を着て帰る岩田陸 これが証拠だという言葉が刺さった
◇
扉を抜けた。
渋谷ダンジョン、第十二層の扉から、第十層へ。
そして地上へ。
渋谷の空気が戻ってきた。
岩田陸が深呼吸をした。
「……日本だ」
「そうです」
「……ちゃんとある」
「半年で消えたりしません」
「そうですよね。でも、半年間、信じられなかった。本当に帰れるのか、を」
「帰れましたね」
「帰れました…!」
岩田陸が繰り返した。
自分に言い聞かせるように。
「……田中さん」
「はい」
「俺、何からしたらいいですか。半年ぶりの日本で」
俺は少し考えた。
「…母親に会う?」
「それだけですか?」
「でも、それが一番です」
「……そうですね」
岩田陸が頷いた。
「その後は?」
「ゆっくりしてください。焦らなくていいです」
「でも、半年間のことを説明しなきゃいけないし、就活もしてないし、大学にも行けてないし」
「全部後で。今日は母親だけに集中しましょう」
「……簡単に言いますね」
「簡単なことです」
「簡単じゃないですよ」
「でも、今日一番大事なことは母親に会うことです。それ以外は全部、後でできます」
岩田陸が少し間を置いた。
「……田中さんって、こちらとあちらを行き来しても、こういうことを言えるんですね。結構普通のことを」
「普通のことが大事なので」
「向こうの王様なのに?」
「田中武志でもあるので」
岩田陸が笑った。
「……いいですね、それ」
「そうですか?」
「俺も、向こうにいたことを大切にしながら、こちらでも生きていきたいです」
「できますよ」
「…どうやってですか?」
「両方持っていればいい。それだけです」
岩田陸が頷いた。
「……エリナさんから聞きました。「両方持っている人は強い」って、田中さんの言葉だと」
「言いましたね」
「今日から、俺も両方持っている人間ですね」
「そうです」
「……よかった」
岩田陸が「よかった」と言った。
「その言葉も、エリナさんから」
「はい。なんか、いい言葉だなと思って、昨夜から使ってます」
「うちの言葉ですよ?」
ヒナが言った。
「……え、ヒナさんの口癖だったんですか?」
「そうです。田中さんとの間で使ってた言葉が、エリナちゃんに伝わって、岩田くんに伝わったんだと思います」
「……なんか、繋がってますね」
「そういうことです」
ヒナが少し嬉しそうだった。
◇
渋谷ダンジョン出口の前に、岩田局長が立っていた。
今日は局長の顔ではなかった。
スーツを着ていたが、眼鏡が少しずれていた。
髪がいつもより乱れていた。
急いで来たのだろう。
昨夜の電話から、ずっと来る準備をしていたのかもしれなかった。
岩田陸が出てきた。
向こうの服を着た、細い青年が。
岩田局長が目を見開いた。
「……陸」
「お母さん…」
岩田陸が走った。
岩田局長が走った。
渋谷ダンジョンの出口前で、二人が抱き合った。
岩田局長が泣いていた。
声を出して泣いていた。
局長の仮面が、全部外れていた。
そこに居るのはただの、子供を待ち続けた母親だった。
「……生きてた。ちゃんと生きてた…!」
「生きてたよ。ごめん、心配かけて…!」
「謝らなくていい。帰ってきたんだから!」
「帰ってきたよ!」
「帰ってきたわね…!」
二人がしばらく抱き合っていた。
俺たちは、少し離れて立っていた。
「……見ちゃってていいんですかね、これ?」
キリソウが小声で言った。
「配信なら止めましたよ」
サクラが小声で言った。
「それで、正解です」
「このシーンは、二人だけのものなので」
「記録は?」
「しません。これは記録する必要がありません」
サクラがカメラを下げた。
「……珍しいですね、サクラちゃんが記録しないって言うの。」
ヒナが言った。
「二人の間のことは、二人が覚えていれば十分です」
「そうですね」
早川が静かに言った。
「……局長が、局長じゃない顔をしていますね」
「そうですね」
「初めて見ました、こんな顔…。」
「良かったですね」
「……はい」
早川が、小さく頷いた。
目が少し光っていた。
配信停止中 — サクラの判断
視聴者メッセージ:なぜ止まったのか
サクラ(後日):二人の再会の場面は、二人のものです。配信する必要がありませんでした。
ガチ勢777:サクラちゃんのこの判断が一番かっこよかった
エトウ:「二人のものです」という言葉が全部
匿名A:配信止めたのに視聴者全員が納得したの、サクラちゃんへの信頼よ
ヒナ推し最前線:早川さんが目を光らせてたのわかってた 局長のこと心配してたんだな。
◇
しばらくして、岩田局長が俺に近づいてきた。
目が赤かった。
眼鏡のレンズが少し曇っていた。
「……田中さん」
「はい」
「ありがとうございました…!」
「どういたしまして」
「……局長として言うべきことと、母として言いたいことが、今は全部同じです」
「そうなんですか?」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
岩田局長が深く頭を下げた。
「……頭を上げてください」
「もう少し」
「上げてください」
岩田局長が顔を上げた。
前は、目がリオの目に似ていた。
何かを探している目。
でも今日は、見つかった目をしていた。
「…田中さんは、なんで助けに行ったんですか?」
「頼まれたので」
「…それだけですか?」
「……向こうとこちらを繋げる役割が俺にはあります。その一部として、帰れない人を帰す、ということも含まれると思ったので」
「役割としてですか?」
「そうです。でも…」
俺は少し考えた。
「役割だから動いたより、動きたかったから動いた、の方が正確かもしれません」
「動きたかった?」
「誰かが帰れないでいるのを、放っておけなかった。それだけです」
岩田局長がしばらく俺を見た。
「……田中さんって、すごく普通のことのように言いますね」
「普通ですか?」
「…とても特別なことをしているのに、理由がすごく普通でした」
「そういうものじゃないですか?」
岩田局長が、また少し笑った。
「……そういうものじゃないですが、田中さんにはそれが似合います」
「ありがとうございます」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
岩田局長が岩田陸の隣に戻った。
陸がぺこりと頭を下げた。
「田中さん、また来てもいいですか。向こうに」
「いつでも」
「村の人たちに、お礼がしたいので」
「一緒に行きましょう」
「……ほんとうに、ありがとうございました!」
「どういたしまして」
二人が歩いていった。
渋谷の人混みの中に。
向こうの服を着た青年と、眼鏡がずれた母親が、並んで歩いていった。
その後ろ姿を、俺たちは少しの間、見ていた。
◇
その夜、ヒナからメッセージが来た。
《今日、良いことしましたね》
《そうですか?》
《そうです。でも田中さんは「そうですか」って言うんですね》
《良いことをしたという実感が、まだうまくできなくて》
《え、どういうことですか?》
《良いことをして、それを自分で認めるのが、下手なのかもしれません》
しばらく間があった。
《田中さん》
《はい》
《今日、良いことをしました》
《……そうですね》
《もっとちゃんと!》
《……良いことができました》
《よし》
「よし」が来た。
これは、認められた、のだろうか?
いや、自分で認めた、という再確認だったんだろう。
俺はコーヒーを作った。
今日もやっぱり薄かった。
でも今日は、一番美味しかった。
一番、ではないかもしれない。
でも、今日の気分には合っていた。
それで十分だった。
◇
【感想】サクラが配信を止めた判断と、田中さんが「良いことができました」と言えた瞬間が今話最高だった
1 名無しさん : サクラが「二人が覚えていれば十分」と言って配信を止めた 記録係の矜持がここに出た
2 名無しさん : 「局長として言うべきことと母として言いたいことが今は同じ」という言葉が答えだった
3 名無しさん : 「放っておけなかった、それだけ」 田中さんの動く理由がいつもこれで、それが一番強い
4 名無しさん : 「よし」が「良いことができましたと自分で認めた」という意味になった ヒナちゃんがずっと引き出してきたんだね!最初は感情が死んでたのに!
5 名無しさん : 向こうの服を着た青年と眼鏡がずれた母親が並んで歩いていった後ろ姿 このシーンが好きすぎる
6 名無しさん : 「よし」の連鎖 ヒナ→エリナ→岩田陸、そして今日田中さんが自分で認めることに使われた
7 名無しさん : 今日もコーヒーを飲んでるのかな? 薄いコーヒーバロメーターが今までで最高値を記録したと思う
8 名無しさん : 登録者3000万突破!!!!!
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