第34話 おじさんは北部山岳地帯へ。岩田陸と、会った
王城に一泊した翌朝、北部へ向かった。
今回の移動は、馬だった。
俺は生まれて初めて馬に乗った。
「……乗ったことありますか?」
ヒナが隣で言った。
「ありませんね」
「向こうの記憶は?」
「あります。昔は乗っていました」
「じゃあ乗れますよね」
「体が覚えているかどうかは…」
乗ってみた。
なんか、普通に乗れた。
「……覚えていましたね」
「そうですね」
ヒナが馬に乗りながら俺を見た。
「田中さんって、体でいろんなことを覚えてますね。剣の動きも、魔物の扱い方も、馬の乗り方も」
「二十年間眠っていた記憶が、使うたびに動き出す感じがします」
「眠っていた?」
「ダンジョンに入り始めたときから、少しずつ起きてきた感じです」
「じゃあ、うちとダンジョンに入ったから始まったですね!」
「…俺が入ったんですが?」
「うちが救出されたから田中さんが来たんでしょ?だからうちが起こしたようなもの!」
「そうなりますか?」
「そうなります!」
ヒナが少し得意な顔をした。
「……この話、サクラに記録させよう」
「何をですか?」
「白川ヒナが田中武志の記憶を起こしたという歴史的事実を、です!」
「言い方が大げさですよ?」
「事実ですよ?」
後ろでサクラが「…記録します」と言った。
「…しなくていいです」
「重要な記録ですよ?」
◇
北部山岳地帯は、二時間ほどで見えてきた。
険しい山が連なっていた。
王城のある草原とは全く違う地形だった。
岩肌が多く、木が少なく、風が強かった。
「……さむい」
エリナが言った。
「こちらとは気候が違いますね」
「向こうの王城のあたりと、こんなに違うとは…」
「異世界の中でも、地域によって違うんですね」
「はい。北部は、ずっと寒いです。でも、住んでいる人たちは、ここが好きだと言いますよ」
「そういうものですよ」
「こちらも、そうですか?」
「向こうの寒い地域が好きな人もいますし、温かい地域が好きな人もいます」
「……両方あるのは、こちらでも向こうでも同じですね」
「そうですね」
エリナが笑った。
「田中さん、わたしも「りょうほう」をすぐ使ってしまいます。田中さんの言葉が、うつりましたね」
「それでいいと思います」
「よかったです!」
…「よかったです」もうつっているな。
北部への道 — 同接:2,114,004
ガチ勢777:田中さんが馬に乗れた 体が覚えてた
エトウ:「白川ヒナが田中武志の記憶を起こした歴史的事実」をサクラが記録した
匿名A:エリナちゃんの「りょうほう」と「よかったです」がうつってるの可愛すぎる
プロ冒険者X:北部山岳地帯 地図通りの場所に向かってる 岩田陸がいるといいな
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが「うちが起こした歴史的事実」って言ったの誇らしい顔してて好き
キリソウ実況:馬に乗るの俺も初めてです 思ったより揺れる あっ、落ちそう
早川メモ:双方向渡航の際には馬の乗り方の事前講習が必要かもしれない
◇
集落は、山の斜面に張り付くように作られていた。
石造りの家が、段々に並んでいた。
煙が上がっていた。
人の気配があった。
「……ここです」
神崎誠一が言った。
「向こうで聞いた話では、旅人を保護する習慣がある集落だと」
「どんな人たちなんですか、それ?」
「もともとは猟師の村です。厳しい環境で生きているので、助け合いの文化が根付いているそうです」
「信用できそうですね」
「はい。ただ、閉門衆の拠点が近かったこともあって、外部の人間には慎重かもしれません…。」
「どう挨拶するのが正しいですか?この地域の文化では」
エリナが答えた。
「……両手を胸の前で合わせて、頭を下げます。旅人の礼、です」
「わかりました」
「あと、絶対に武器を見せないことが大切です。戦いに来たのではない、と示すために」
キリソウが剣を背中に回した。
「見えないように隠しますね」
「ありがとうございます」
俺たちは馬から降りて、歩いた。
集落の入口に、老人が一人立っていた。
白髪で深いしわに目が鋭い。
俺たちを見て、動かなかった。
俺は両手を胸の前で合わせて、頭を下げた。
「旅人として、立ち寄らせてください」
異世界の言葉で言った。
老人が目を細めた。
「……言葉を知っているのだな」
「学んでいます」
「どこから来た?」
「王城から。少し探している人間がいまして…。」
老人が少し間を置いた。
「……王城から来た者が、ここに用があるとは珍しいな。」
「旅人が保護されていると聞きました。そのうちの一人が、俺の知り合いかもしれないので」
老人がしばらく俺を見た。
「……その珍妙な服を着た者が来たのは、初めてだ」
「そうですか?」
「変わった旅人だな」
「よく言われます」
老人が少し笑った。
「……入れ。茶を出す」
◇
集落の中心にある広場に通された。
石で作られたテーブルと椅子があった。
茶が運ばれてきた。
香ばしい匂いがした。
「……旅人というのは、一人いるな」
老人が言った。
「若い男で言葉が通じない。でも、害はなかった。半年ほど前に、山で倒れているのを私が見つけた」
「半年前ですか?」
「ああ、それからはここにいる。働いているし、礼儀正しい。ただ、何かを探しているようだった」
「何を探していましたか?」
「わからない。ただ、時々遠くを見るように空を見る。どこかへ帰りたいのだろうと、村の者たちは思っていた」
俺は少し考えた。
「会わせて頂けますか?」
「今、山の仕事をしている。戻るのは昼頃だ」
「待ちます」
「まずは、茶でも飲め。」
「…ありがとうございます」
茶を飲んだ。
少し苦かった。
でも、温かかった。
北部集落 — 同接:3,882,004
ガチ勢777:スーツで旅人の礼をする田中さんという絵面
エトウ:老人が「変わった旅人だ」「よく言われます」の田中さん この返しが好き
匿名A:半年前から山で倒れていたのを保護されてた 人って岩田陸かな?
プロ冒険者X:岩田陸だったとしたら、時々空を見る、って日本に帰りたいってことでしょ!
ヒナ推し最前線:国とのコネか…。戻ってこないか?
匿名B:旅人の礼を一発でできた田中さん 向こうの記憶が続々と使える状態になってるのかな?
新規大量:岩田陸登場まであと少し ドキドキするなぁ
◇
昼になり山から、人が戻ってきた。
数人の村人と一緒に、若い男が歩いてきている。
細かった。半年間の山の生活で体が引き締まっていたが、それでも、元は細い体型だったのだろうと思った。
日本人の顔立ちだった。
二十代前半。
村の服を着ていた。
向こうの服を着ており、もう馴染んでいた。
俺たちを見て、止まった。
ヒナを見た。
次にサクラを見た。
最後に俺を見た。
「……に、日本人?」
日本語だった。
震えていた。
「そうです」
俺が日本語で言った。
「……日本人が、なんで…?」
「探していました。岩田陸さんですか?」
若い男が固まった。
「……お、俺の名前を…?」
「知っています。母親から頼まれました」
「……母さん…!」
岩田陸の目が、揺れた。
「……母さんが」
「元気でいます。毎日探していました」
「……っ」
岩田陸が、その場で崩れ落ちた。
膝をついて、顔を手で覆った。
「……ずっと、帰れなかった。帰り方がわからなくて」
「帰れます。今日から」
「帰れる…?」
「扉ができました。俺が連れて帰れます」
岩田陸が顔を上げた。
目が赤かった。
「……あなたは誰ですか?」
「田中武志といいます」
「田中さん……」
「聞いたことがありますか?」
「……配信の噂を村の外で聞きました。王都で、なぜかたまに見られていたらしくて。スーツのおじさんが」
「俺ですね」
岩田陸がしばらく俺を見た。
「……配信のおじさんが、助けに来た…!」
「助けに来ましたよ」
「……現実ですか、これ?」
「現実です」
岩田陸が、また顔を覆った。
今度は泣いていた。
声が出ていた。
ヒナが俺の隣で小声で言った。
「田中さん……」
「はい」
「……よかったですね」
よかった、か。
そうだ、見つかって本当によかった、とそう思う。
北部集落 — 同接:5,441,882 — トレンド急上昇
全員:岩田陸見つかった!!!!!!!!!!
ガチ勢777:「配信のおじさんが助けに来た」で泣いた 向こうでも見てたのか?
エトウ:「母さん」って言った瞬間崩れ落ちた岩田陸 半年間の孤独が全部出たな
匿名A:岩田局長に早く知らせてほしい 絶対泣く
プロ冒険者X:「帰れます、今日から」をすぐ言えた田中さん 準備が全部整ってたから言えただな
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんは性格いいよね。
匿名B:田中さんが「来ました」って即答したの 探しに来たんだと伝わる
新規大量:岩田局長の顔が見たい 田中さん早く連絡してあげて!
◇
岩田陸が落ち着いてから、話を聞いた。
「……去年の秋に、ダンジョンに入りました。探検のつもりで。でも、深く入りすぎて、気づいたらここにいました」
「どのダンジョンですか?」
「池袋ダンジョンです」
「池袋のダンジョンにも向こうへの扉があったんですね」
神崎誠一がメモした。
「そうです。でも、こちらへの扉だとは思わなかった。突然、見たことのない場所に出て——」
「混乱しましたよね」
「しました。言葉も通じない、食べ物も違う、何もわからなくて。でも、ここの人たちが助けてくれました」
「村の人たちに感謝しないといけませんね」
「しています。半年間、本当に親切にしてもらいました」
「帰るときに、ちゃんとお礼をしましょう」
「……帰れると思っていなかったので、お礼の準備がありません…。」
「俺たちが持ってきたものの中に、向こうの食べ物があります。それを」
「何を持ってきたんですか?」
「おにぎりを、数個」
岩田陸が少し止まった。
「……おにぎり、ですか?」
「シルヴィアという人に持っていくつもりで、多めに作ってきました」
「シルヴィア……エルフの?」
「知っているんですか?」
「名前は聞いたことがあります。王城の——」
「そうです」
岩田陸が少し驚いた顔をした。
「……田中さんって、王城と繋がりがあるんですか?」
「繋がりがあります」
「配信の噂だけではそこまでわかりませんでした…。」
「詳しいことは帰ってから話します。今は帰ることを考えましょう」
「……本当に帰れますか?」
「帰れます」
俺は岩田陸をまっすぐ見た。
「俺が連れて帰ります。約束します」
岩田陸が、また目を赤くした。
「……おじさん」
「はい」
「俺、母さんに会いたいです…!」
「会えます」
「……ありがとうございますっ…!」
「どういたしまして」
◇
村の長老に挨拶した。
「お世話になりました。半年間、陸を守ってくれて」
「この者はよく働いた。礼儀正しかった。いつでも戻ってきていい」
「そう伝えます」
おにぎりをいくつか渡した。
「向こうの世界の食べ物です。三角形をしていますが」
老人がおにぎりを見た。
「……珍しい形だな」
「向こうではよく食べます」
「美味いのか?」
「美味いですよ」
老人が一口食べた。
「……変わった味だが、悪くない」
「よかったです」
「また持ってこい」
「次来るときに」
老人が頷いた。
岩田陸が老人に深く頭を下げた。
向こうの言葉で、何かを言っていた。
「何と言ったんですか?」
俺が聞いた。
「ありがとうございました、またいつか来ます、と」
「向こうの言葉で言えるんですね」
「半年いたので……少しは」
「エリナさんよりゆっくりですが」
「エリナさん……?」
「道中で紹介しますね」
出発前 — 同接:4,441,004
ガチ勢777:老人が「また持ってこい」っておにぎり気に入ったのかい!
エトウ:岩田陸が向こうの言葉でお礼を言えた 半年間ちゃんと生きてた証拠
匿名A:「俺が連れて帰ります、約束します」をすぐ言えた田中さん かっこいい!
プロ冒険者X:池袋ダンジョンにも扉があった 神崎誠一がメモしてた 複数の扉があるのか?
ヒナ推し最前線:おにぎりが異世界外交の道具になってる エリナちゃんのメモが役に立ったね!
匿名B:岩田局長がこの配信を見てたら今頃どんな状態か 早く知らせてあげて!!、
キリソウ実況:エリナちゃんと岩田陸くんが話す場面楽しみ
◇
帰りの馬の上で、岩田陸がヒナに話しかけた。
「……白川ヒナさんですよね」
「そうです」
「向こうでも配信、見てました。田中さんと一緒にダンジョンに入る前のやつですが…。」
「見てたんですか! 嬉しいなぁ!」
「たまにしか見られなかったんですが応援していました。こっちに迷いこんでからも、噂程度ですが、田中さんとの話がある度に、この人達に会えれば帰れるかもしれないって思ってました」
「田中さんの話を聞いて、希望にしてたんですか?」
「はい。でも、まさか本当に来てくれるとは。」
ヒナが少し間を置いた。
「……田中さんって、そういう人なんですよ。思ったことはやる」
「そうなんですね…。」
「前もって準備して、ちゃんと来る!」
「……かっこいいですね」
「でしょう!」
ヒナが少し得意そうな顔をした。
俺はそれを聞きながら、前を向いていた。
「かっこいい」と言ってもらえたのは、嬉しかった。
嬉しかったと、思えるようになっていた。
◇
王城に戻った夜、スマホが繋がった。
岩田陸に渡した。
「……スマホ」
「半年ぶりですね」
「充電もないのに動くんですか?」
「ゼナさんが向こうのエネルギーで動かせるように改造してくれました」
「……すごい」
「母親に連絡できますよ」
岩田陸が画面を見た。
電話帳を開いた。
「お母さん」という名前を押した。
コール音がした。
しばらく経って、繋がった。
「……もしもし」
岩田陸の声は、かすかに震えていた。
「……陸?」
電話口から、岩田局長の声がした。
「お母さん、俺…!」
「……陸!!」
電話口で、声が出た。
俺たちは少し離れた。
向こうで岩田陸が話していた。
何を話しているかは聞こえなかった。
それでよかった。
「……田中さん」
ヒナが言った。
「はい」
「良いことしましたね」
「そうですね」
「嬉しいですか?」
「……嬉しいです」
「よかった」
ヒナが「よかった」と言った。
今回の意味は、田中さんが嬉しいと思えるようになった、ことだと思った。
岩田陸の声が、少し大きくなった。
「帰れます! 田中さんが連れて帰ってくれる!」
電話口でまた声がした。
今度は、泣いているような声だった。
岩田局長が、泣いていた。
「……ありがとうございます、田中さん!」
電話口から直接言ってきた。
「どういたしまして」
俺は言った。
夜の王城に、向こうの星が瞬いていた。
◇
【神回】岩田陸が見つかって母親と電話した場面で全員が泣いた件
1 名無しさん : 「配信のおじさんが助けに来た」→「約束します」→「どういたしまして」の田中さんの一本筋が通ってた
2 名無しさん : 岩田陸が向こうで田中さんの配信の噂を希望にしてたの、から見てきたものが全部繋がった
3 名無しさん : 岩田局長が「ありがとうございます田中さん!」を電話口から直接言ってきた このシーンが今話最高だった
4 名無しさん : 老人がおにぎり「また持ってこい」と言ったの 異世界外交の第一歩はおにぎりだった
5 名無しさん : 「嬉しいですか」「嬉しいです」を言えた田中さん 前の会社ブラックそうだもんな
6 名無しさん : 池袋ダンジョンにも扉があった情報 設計した田中さんはすごいが、管理がどうなるかが気になる
7 名無しさん : ゼナちゃんがスマホを向こうのエネルギーで動かせるように改造した 研究力が高すぎる
8 名無しさん : 登録者2900万突破 3000万が見えてきたな!!
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