第30話 第十二層で、扉を完成させたおじさん
出発の朝、全員が渋谷ダンジョンの前に集まった。
今日のメンバーは七人だった。
俺、ヒナ、サクラ、リオ、キリソウ、早川、そして、神崎誠一。
神崎誠一が緊張した顔をしていた。
「……田中さん」
「はい」
「ダンジョンに入るのは、五年前以来です」
「そうでしたか。」
「あのとき第十層まで行って、向こうへ渡った。その後は一度もこちらのダンジョンには入っていません」
「怖いんですか?」
神崎誠一が少し考えた。
「……緊張しています。でも、行きたいと思ってはいます。」
「それで良いと思いますよ」
神崎誠一が頷いた。
リオが父の隣に立った。
「……お父さん、私が隣にいます…!」
「…ありがとう」
「…どういたしまして。」
ヒナがその様子を見て、俺に小声で言った。
「なんか、良いですね」
「そうですね」
「リオちゃんのお父さんが一緒に来るの、良い絵です」
「配信に残りますね」
サクラがカメラを構えていた。
「配信開始します」
「よろしくお願いします」
配信開始 — 同接:2,441,004
ガチ勢777:神崎誠一さん参戦!! 今日は七人か
エトウ:リオちゃんが「うちが隣にいます」って言えたの成長しすぎ
匿名A:神崎誠一が五年ぶりにダンジョンに入る 緊張するよな
プロ冒険者X:第十二層へ 前人未踏のエリア どうなるんだ
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが「良い絵ですね」って言ったの配信者の視点だ
キリソウ実況:今日こそ俺の出番があると信じてる
新規大量:発表を受けて来た 第十二層ってなんだ
◇
第一層から第十層まで、静かだった。
相変わらず魔物は避けていた。
王の回廊を通った。
神崎誠一が壁の文様を食い入るように見た。
「……ここが地図なんですね」
「そうです」
「私が向こうにいたとき、何度かこの層を通りましたが、地図だとは気づかなかった…。」
「俺も、記憶が戻るまでわかりませんでしたよ」
「田中さんが設計したのに、田中さん自身がわからなかったんですか?」
「…記憶を封じていたので」
「……設計者が自分の設計を解読していく、という話が好きです」
「そうですか。」
「物語みたいで」
「俺の話ですが?」
「だから面白いんですよ?」
神崎誠一が壁に手を当てた。
「……田中さんが作ったものに、田中さんと一緒に触れている。不思議な感覚です」
「…そう言われると、確かに不思議ですね」
「感慨深いです。五年間向こうで待ちながら、こういう日が来ることを夢想していました」
「…夢想していたんですか?」
「田中さんが戻ってきて、一緒にダンジョンを歩ける日を。研究者として、それが一番したかったことでした」
「…………来てよかった」
俺は思わず言っていた。
「田中さんが来てよかったと言ってくれると、嬉しいですね」
「…本当のことです」
王の回廊 — 同接:3,114,004
ガチ勢777:「設計者が自分の設計を解読していく」という表現が完璧すぎる
エトウ:神崎誠一が五年間この日を夢想してたと言った 待ってた理由が研究だった人の言葉
匿名B:田中さんが「来てよかった」って自発的に言ったの珍しい 嬉しかったんだ
リオ推し:父が夢想してた日が来た 良かった本当に
プロ冒険者X:王の回廊を田中さんと神崎誠一が並んで歩いてる絵面が最強
◇
第十層を抜けた。
光の扉。番人が頭を下げた。
神崎誠一が扉を見て、息をのんだ。
「……これが、田中さんが開けた扉」
「そうです」
「私が五年前に通ったのとは、別の扉ですね」
「向こうに繋がる扉は一つだけではないかもしれません。あなたが通った扉は、どのような扉でしたか?」
「…暗い扉でした。光がなくただ、引き込まれるような感覚があって、」
「この扉と、感触が違いますね」
「はい。……こちらの方が、温かい」
「…そうですか。」
「これが、帰還者のための扉なのかもしれません。私が通ったのは、別の入口だった」
「もしかしたら、第十二層への扉が、あなたが通ったものに近いかもしれません」
神崎誠一が俺を見た。
「……なるほど。つまり、こちらの扉が《帰還者専用》、第十二層の扉が《一般用》ということですか?」
「設計上はそうだったかもしれません。ただ、第十二層の扉はまだ未完成なので。…今日、完成させます」
「緊張しますね」
「そうですか?」
「田中さんは緊張しないんですか?」
「……少しは。」
「…それが聞けてよかったです」
「なんでですか?」
「田中さんも人間だとわかって安心しました」
ヒナが後ろで噴き出した。
◇
光の扉の前を通り過ぎて、奥へ進んだ。
番人が頭を下げたまま、道を開けた。
扉の奥——今まで一度も行ったことのない方向に、道があった。
暗い通路だった。
冥界石の金色の光も、青い光もなかった。
ただ、俺の右手が光っていた。
白い光が、道を照らす。
「……田中さんが灯台みたいになってるますね!」
ヒナが言った。
「そうなりましたね」
「なんかかっこいいですよ?」
「そうですか?」
「そうです。前を歩く田中さんの右手が光ってて、みんながそれを頼りに歩いてる」
「……絵として面白いですね」
「面白いだけじゃなくて、かっこいいんですよ!」
「…ありがとうございます」
通路を進んでいく…。
五分。
十分。
真っ暗な中を、右手の光だけを頼りに歩いた。
それでも誰も不安そうではなかった。
「……不思議ですね」
サクラが言った。
「何がですか?」
「暗い場所を歩いているのに、怖くない。田中さんがいるからかな?、と思いながら歩いています」
「田中さんがいれば大丈夫!、はみんなの共通認識ですよ?」
ヒナが言った。
「そうなんですか?」
「そうです」
「……それは、なんか、プレッシャーになりませんか…?」
サクラが俺に聞いた。
「なりませんよ」
「…なんでですか?」
「信頼してもらえていることが、むしろ力になります」
後ろでキリソウが「それでこそ、王の器ですよね!」と小声で言っていた。
第十二層への通路 — 同接:3,882,004
ガチ勢777:田中さんの右手が灯台になってる この絵面が好きすぎる
エトウ:「信頼してもらえることが力になる」 王の器の意味がわかった気がした
匿名C:神崎誠一が「田中さんも人間とわかって安心した」で笑ったあとの展開が熱い
プロ冒険者X:未踏のエリアに入ってる 世界初だぞこれ
ヒナ推し最前線:「田中さんがいれば大丈夫はみんなの共通認識」をヒナちゃんが代弁してる
キリソウ実況:「王の器だよな」って俺が言いました
◇
通路の奥に、それはあった。
石造りの、大きなアーチ。
光の扉とは違った。
金属的な質感の、重い扉だった。
全体が暗い色をしていた。
扉の中央に、亀裂が入っていた。
完成していない、ということが一目でわかった。
「……これが、第十二層への扉…!」
神崎誠一が言った。
「そうだと思います」
「でも、亀裂が……」
「未完成なんです。二十年前、完成させる前にこちらへ来てしまった」
「では、これを完成させれば、向こうの人がこちらに来られるんですよね?」
「そうなるはずです」
神崎誠一が扉に近づいき、亀裂に手を当てた。
「……冷たい。でも、中に何かがある感じがします。エネルギーのようなものが」
「それが未完成の扉に残っているエネルギーだと思います。完成させれば、解放されるはずですよ」
「どうやって完成させますか?」
俺は右手を扉に当てた。
白い光が、扉に広がった。
亀裂が、光で満たされた。
「……」
記憶が動いた。
二十年前。
ここに立っていた。
急いでいた。
争いが広がっており、早く行かなければならない。
扉の完成まで、あと少しだった。
——あと少しなのに…!でも時間がない…!
俺は決めた…。
未完成のまま、行こう。
帰ってきたときに、完成させる。
それでいい。
帰ってきたときには——必ず…!
意識が戻った。
右手から、光が溢れていた。
今度は強くしなかった。
むしろ、ゆっくりと。
丁寧に。
亀裂を、一本ずつ埋めるように。
光が、扉の表面を走った。
亀裂が、光で満たされていった。
一本。
二本。
三本。
全部埋まっていき、扉が、変わった。
暗い色だったものが、少しずつ温かみのある色になった。
金属の質感が、柔らかくなった。
そして扉の中央に、光が灯った。
それは、小さな、白い光。
「……田中さん」
神崎誠一が静かに言った。
「…完成しましたよね、これ?」
「そうだと思います」
「…向こうの人が、ここから来られる?」
「そうなりますね」
神崎誠一が扉を見つめた。
「……五年間、ずっと、研究してきました。田中さんが帰ってきて、扉が完成する日を思い描いてきた。それが、今日来たんだっ…。」
「来ましたね」
「…とても、感慨深いです。」
「そうですね」
神崎誠一が俺を見た。
「……田中さん、ありがとうございます」
「こちらこそ」
「私に言わせてください。田中さんが来てくれたから、これが完成した。田中さんが来てくれたから、リオと再会できた。田中さんが来てくれたから、二つの世界が繋がったんです…!」
「俺が来たのは、ヒナさんたちが引っ張ってくれたからです」
ヒナが「引っ張ってないです!」と後ろで言った。
「引っ張ってくれましたよ?」
「……うちは、ただ隣にいただけです」
「それが一番大切なことだったんです」
ヒナが黙った。
サクラがカメラを向けたまま言った。
「記録します。扉完成し、向こうとこちらの本格的な交流が可能になった日として」
「それは、重要な記録ですね」
「はい。歴史的な日です!」
—— 第十二層の扉、完成 ——
向こうとこちらの、本格的な扉が今、開く
同接:5,441,882 — トレンド全席
全員:完成した!!!!!!!!!!扉が完成した!!!!!!
ガチ勢777:「帰ってきたときに完成させる」という二十年前の約束を今日果たした
エトウ:「ただ隣にいただけ」「それが一番大事でした」で死んだ
プロ冒険者X:向こうの人がこちらに来られる シルヴィアちゃんが来る可能性が現実になった
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが黙った 「それが一番大切なことでした」が刺さったんだ
リオ推し:神崎誠一の「ありがとうございます」が五年分の重みがあった
匿名D:亀裂を一本ずつ埋めていく描写が丁寧で好きだった
海外勢:THE DOOR IS COMPLETE!!! BOTH WORLDS ARE NOW TRULY CONNECTED!!!
◇
地上に戻ったら、夕暮れ時だった。
渋谷の夕暮れ。
七人で立った。
「……今日、すごいことをしてしまいましたね」
キリソウが言った。
「…そうですね」
「向こうの人がこちらに来られる扉ができた。これ、世界が変わりますよ?」
「変わると思いますね」
「田中さんは落ち着いていますね、また」
「今日はいつもより少し実感があります」
「少し、ですか?」
「少しです」
「……そういうところが田中さんっぽいですね」
早川が言った。
「有給でここまで来た甲斐がありました」
「今日も有給ですか?」
「今日もですね」
「…室長は?」
「……何も言いませんでした。」
「言いませんでしたか。」
「…サクラさんが昨夜のうちに、今日の発見の概要を室長に送っていましたし…。」
俺はサクラを見た。
「…知らないうちに」
「政府との取り決めで、大きな動きの前には事前に知らせることになっていましたので」
「……正しい、ことなんですが…。」
「ありがとうございます?私としては、早川さんの有給が守られればと思って。」
早川が少し驚いた顔をした。
「……サクラさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。記録係として、パーティー全員の状況管理をするのが私の仕事です」
ヒナが「さすがサクラ!」と言った。
「今日の記録には、なんと?」と聞いたら、「完璧です」と返ってきた。
神崎誠一が空を見ていた。
「……田中さん」
「はい」
「…次の渡航のとき、私も連れて行ってもらえますか。シルヴィアさんたちに、扉の完成を伝えてあげたいです」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「……あと、岩田陸という方を探す必要があります。向こうにいるかもしれないので」
神崎誠一が「岩田陸」と繰り返した。
「覚えていますか?向こうで…」
神崎誠一が少し考えた。
「……日本人の若者が、向こうで迷い込んでいるという話を聞いたことがあります。確認は取れていませんが」
「…そうですか。」
「次の渡航のときに、調べましょう」
「よろしくお願いします」
空が暗くなり始めていた。
七人でしばらく立っていた。
「……田中さん、今日の感想は?」
ヒナが聞いた。
俺は少し考えた。
「二十年前の約束を、果たせました」
「どんな約束ですか?」
「帰ってきたときに、完成させると。自分に約束していました」
「……果たせたか?」
「果たせました」
ヒナが俺を見た。
「よかったですね」
「…よかったです」
「……田中さんが「よかったです」って言うの、珍しいですね!」
「そうですか?」
「自分のことで「よかった」って言ったの、あまり聞いたことないので!」
「言い慣れていないので」
「これからは言ってくださいね?」
「……わかりました」
ヒナが笑った。
「よし!」
また「よし」が来た。
今回の意味は——前に進んだ、だと思った。
スマホを見た。
登録者数:24,882,004
「……ふーん」
言った。
全員が笑った。
渋谷の夜が、始まっていた。
◇
【神回】「帰ってきたときに完成させる」二十年前の約束が今日、果たされた
1 名無しさん : 二十年前の記憶「急いでいた、帰ってきたときに完成させる」→今日完成 これを待ってた
2 名無しさん : 「ただ隣にいただけ」「それが一番大事でした」でヒナちゃんが黙ったの 田中さんはちゃんとわかってる
3 名無しさん : 亀裂を一本ずつ丁寧に埋める描写 急がなかったのが良かった 大事な場面だから
4 名無しさん : サクラちゃんが早川さんの有給を守るために事前に室長に送ってたの パーティー全員の状況管理してる
5 名無しさん : 神崎誠一が「日本人の若者が迷い込んでいる話を聞いた」 岩田陸の手がかりが出てきた
6 名無しさん : 「田中さんが来てくれたから全てが繋がった」という神崎誠一の言葉が五年分の重みがあった
7 名無しさん : 「よかったですね」「よかったです」の交換 自分のことで「よかった」を言えた田中さん
8 名無しさん : 登録者2488万突破 向こうとこちらが本格的に繋がった これからどこまで行くんだ
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