第3話 おじさん、第三層のボスをため息一つで倒してしまう
朝、ヒナからメッセージが来た。
《今日も来てくださいね。第三層のボス部屋を攻略しますから!》
続けて、
《ちなみに第三層のボスは《アイアンゴーレム》です。攻略難度A。倒した配信者はまだ三人しかいません》
さらに続けて、
《田中さんなら余裕だと思いますが一応…》
「一応、って何だ?」
俺はコーヒーを飲みながら思った。
難度Aというのがどのくらいのものか、俺には正直よくわからなかった。
ダンジョンに入り始めてまだ三日目だ。
まあ、行けば何とかなるだろう。
根拠のない確信があった。
昔から、そういうものを持っていた気がする。
どこかで培われた、場数のようなもの。
ただ、どこで培ったのかが思い出せない。
そして、俺はスーツを着て、家を出た。
◇
渋谷ダンジョン入口、ヒナが待っていた。
今日は隣にもう一人いた。
ショートカットの女の子。
眼鏡をかけて、大きなカメラを抱えている。
年齢はヒナと同じくらいか、少し上か。
「田中さん、今日からカメラ担当を連れてきました。マネージャー兼カメラの藤本サクラです」
「藤本です。よろしくお願いします」
藤本サクラは頭を下げて、俺の顔を見て、一瞬止まった。
「……本当にスーツなんですね…。」
「はい」
「革靴も。」
「ええ」
サクラはヒナを見た。ヒナは「うちも最初そう思ったよっ…!」という顔をした。
配信開始 — 同接:67,223
ヒナ推し最前線:サクラちゃんも来たー!
匿名A:美人マネージャーさんじゃん!
ガチ勢777:今日Aボス攻略するってマジ?おじさんで?
エトウ:アイアンゴーレム……Sランク三人がかりで討伐したやつじゃなかったっけ
匿名B:おじさんが今日も革靴で来てるの安心感ある、なんでだろ?
◇
第三層への道は昨日通った第二層を抜けていく。
今日は《シャドウウルフ》の姿すらなかった。昨日俺が来た気配を覚えているのか、通路がやけに静かだった。
「……魔物いないですね」
ヒナが配信カメラに向かって言った。
「避けてるんでしょうか?」
「田中さんのことを?」
「多分?」
「それ普通じゃないですからね、一応」
「そうなんですか?」
俺は本当に知らなかった。
魔物が人間を避けるというのは、俺には当たり前のことに思えた。なぜかはわからないが。
サクラが横でカメラを回しながら小声で言った。
「……田中さん、昨日の碑文の件、本当に読めたんですか?」
「なんのことですか?」
「とぼけないでください!配信で「読める」って言いかけてたの全員気づいてます!」
俺は前を向いたまま黙った。
「……気のせいかもしれないです」
「気のせいで読めないですよっ!」
この子は、賢い子だったのか…。
第三層のボス部屋は、重い鉄扉で閉ざされていた。
扉の前には難度表示の立て札がある。
《AREA BOSS:アイアンゴーレム 推奨レベル:上級 推奨人数:四名以上》
ヒナが緊張した顔で扉を見ていた。
「……前に一回挑戦したことあって、その時は入口で諦めました」
「そうなんですか?」
「大きいんです。三メートルくらい。全身鉄の鎧みたいな魔物で、普通の攻撃がほぼ効かない」
「なるほど…。」
「田中さん、本当に大丈夫ですか?」
俺は扉に手をかけた。
「多分、大丈夫です」
ボス部屋前 — 同接:112,089
ガチ勢777:たぶんって言ったwww
エトウ:アイアンゴーレム推奨四名以上を三人で行くの正気か
匿名C:というかヒナちゃんとサクラちゃんは後ろにいてほしい
プロ冒険者X:ゴーレム系は物理無効に近い 普通の人間が素手で戦える相手じゃない
新規多数:おじさん頼む!!!
扉を開けた瞬間、圧が来た。
空気が重くなった。石造りの広間、天井が高い。中央に、それはいた。
三メートルを超える鉄の巨体。
《アイアンゴーレム》。全身が錆びた黒鉄で構成された魔物。
両腕は丸太ほどの太さがあり、頭部は岩のように角張っている。目が二つ、鈍いオレンジ色に光っていた。
ヒナが息をのんだ。
サクラはカメラを構えたまま一歩下がった。
ゴーレムが俺を見た。
俺はゴーレムを見た。
……でかいな。
それだけ思った。
ゴーレムが動いた。右腕を振り上げて、床を叩いた。石畳が砕けた。
衝撃波が広間を走った。
ヒナが踏ん張った。サクラがカメラを抱えてしゃがんだ。
俺は動かなかった。
衝撃波が俺の足元で、静かに消えた。
「……」
ゴーレムが止まった。
俺は前に歩いた。ゆっくり、普通に歩いた。
ゴーレムが再び右腕を振り下ろしてきた。
俺は左手でそれを受けた。
鉄の腕が、止まった。
ゴーレムが押してくるので、俺は押し返した。
足が少しだけ後退して、靴底が石畳を削った。
そのままゴーレムの腕を掴んで、引いた。
三メートルの鉄の塊が、前のめりになった。
俺は右手を軽く振り抜いた。
ゴーレムの胴体に、亀裂が入った。
一本、二本、三本——
そしてゴーレムは、崩れた。
鉄の欠片が石畳に散らばった。オレンジ色の光が消えた。
静寂。
俺はため息をついた。
「……革靴に傷が入ってしまった…。」
同接:287,441 —
全員:革靴wwwwwwwwwwwwwwww
ガチ勢777:アイアンゴーレムを素手で亀裂入れて倒したのに革靴を気にしてる
エトウ:ゴーレム系は魔法属性じゃないと倒せないはずなのになんで素手でいけるんですか
プロ冒険者X:あの右手の一撃、スローで見たけど衝撃波出てた。魔力を手に集中させてる……?いや違う、あれは
匿名D:ヒナちゃんの顔が毎話驚き続けてるの草
匿名E:今すぐ登録してきた人↓
新規大量:↑はい
匿名F:おじさんの動きを軍事専門家に見せたいレベルだぞ、これ!
◇
ボス撃破の証明アイテムを回収して、部屋を出た。
ヒナはしばらく黙っていた。
広間を歩きながら、隣に並んで、ようやく口を開いた。
「……あの…田中さん?」
「はい」
「うち、三層のボス、ずっと倒したかったんです」
「そうなんですか?」
「半年間、強くなろうと思って配信続けて、でも届かなくて…」
ヒナの声が少し低くなっていた。
「……田中さんと一緒だったら、行けるかもしれないって、昨日から思ってました」
俺は何も言わなかった。
何を言えばいいかわからなかった。
「その、ありがとうございます」
ヒナが前を向いたまま言った。
耳が少し赤かった。
俺は「どういたしまして」とだけ言って、前を向いた。
サクラがカメラを下げながら俺の横顔を見ていた。
「……田中さんって、ちゃんと人の話聞いていたんですね」
「聞いてますよ、一応」
「なんか、そういうところが……」
サクラが言いかけて、止まった。
「なんですか?」
「なんでもないです」
帰り道、第二層の分岐を通ったとき、また見えた。
例の壁の碑文。
昨日と同じ場所。だが、文字が増えていた。
俺は立ち止まった。
——《帰還者よ、門はまだ開いている。汝が思い出す時、すべてが始まる》
昨日は前半しかなかった。
昨日より文字が、増えている。
「田中さん?」
ヒナが振り返った。
俺は碑文から目を離して、歩き出した。
「…なんでもないです。」
嘘だった。
心臓が、少し速くなっていた。
——汝が思い出す時、すべてが始まる。
思い出す、とは何を。
体育三だった冴えないおじさんが、なぜゴーレムを素手で倒せるのか。
なぜダンジョンの空気が懐かしいのか。
なぜ、知らないはずの文字が読めるのか。
俺はまだ、何も思い出せていなかった。
だが、何かが、ゆっくりと動き始めている気がした。
◇
【検証】田中武志の戦闘、物理法則おかしくない? スロー解析スレ
1 名無しさん : アイアンゴーレムの腕を片手で止めた瞬間のスロー映像、誰か持ってない?
2 名無しさん : 持ってる。あの一撃、右手に薄く光が走ってる。一瞬だけど確実に
3 名無しさん : 魔力放出? でも無登録の一般人が魔力使えるわけ……いや使えてるじゃん
4 名無しさん : 碑文が昨日から文字増えてるのに誰も突っ込んでないの? あれヤバくない?
5 名無しさん : 碑文が変化するって報告は今まで一件もない。田中が来てから変わった可能性あり
6 名無しさん : 帰還者って何? 異世界に一回行って戻ってきた人間ってこと?
7 名無しさん : それが本当なら田中武志は元異世界人ってことになるんだが
8 名無しさん : そんな設定あったら登録者1000万いくだろ 続きはよ
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