第27話 王の回廊を、もう一度歩いた。記憶がある今、見えるものが違ったおじさん
翌日の朝、スマホを開いたら全員からメッセージが来ていた。
ヒナから:《今日の配信、何時からですか?》
サクラから:《機材の確認が終わりました。いつでも出られます》
リオから:《昨日、父が家に帰りました。父から田中さんへのお礼を預かっています。会ったときに》
キリソウから:《行きます。当然》
早川から:《本日は有給を使いました。同行します》
有給で来ると言っていたが、本当に使ってきたのか。
黒沢から:《篠原室長から、今後の渡航について田中さんに意見を伺いたいとのことです。お時間があれば》
俺は全員に「午後一時、渋谷ダンジョン入口で」と返した。
それから、コーヒーを作った。
やっぱり薄かった。
昨日の美味しかった感触を思い出した。
うーん、今日も悪くはないな。
◇
渋谷ダンジョン入口に、六人が揃った。
久しぶりに見ると、入口が小さく見えた。
異世界の城門を見てきた後だから、そう感じるのかもしれなかった。
ヒナが俺の隣に来た。
「田中さん、今日の目標は?」
「王の回廊をもう一度歩くことです」
「…それだけですか?」
「それだけですね」
「…ダンジョンに入って回廊を歩くだけ……」
「気になることがあるので」
「何が気になるんですか?」
「記憶がある状態で歩いたことがない。記憶が戻る前に歩いた道を、今歩くとどう見えるか、とか」
ヒナが少し間を置いた。
「……田中さんって、本当に研究者みたい」
「昨日も言っていましたね」
「そうでしたっけ?」
「言っていました」
「まあ、いいです。行きましょう」
サクラがカメラを構えた。
「配信開始します」
「よろしくお願いします」
リオが早川の隣を歩いていた。
早川が眼鏡を押し上げながら言った。
「……有給を使って来ることを、室長は知りません」
「黒沢さんは?」
「黒沢さんは察しています。言ってはきませんが」
「察している人が多いですね、このパーティー」
「サクラさんと黒沢さんは別格ですが」
「…そうですね」
キリソウが剣の柄を確かめながら歩いていた。
「田中さん、今日は戦闘ありますか?」
「わかりません」
「わからないんですか?」
「必要があれば」
「……相変わらず、田中さんに戦ってもらう機会が少ないですよね。大体魔物が逃げるので」
「それで困っていますか?」
「困ってはいませんが、俺の出番が減るので…。」
「存在しているだけで十分ですよ」
キリソウが苦笑した。
「存在だけで十分って言われたの初めてです!?」
「本当のことですよ?」
配信開始 — 同接:1,882,004
ガチ勢777:帰ってきた配信だ!おかえり!
エトウ:早川さんが有給で来てるの室長が知らないの草
匿名A:「存在しているだけで十分」をサラッと言う田中さん
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんと田中さんの雰囲気が昨日から少し変わった気がする なんかあったな
キリソウファン:キリソウくんの出番が減ってる話に笑う
プロ冒険者X:今日は王の回廊か 記憶がある状態で歩く 何が見えるんだ
新規:異世界配信からのここの配信 空気が違う なんか落ち着いてる
◇
第七層への道は、今日も静かだった。
第一層から第六層を通り抜けるとき、魔物は今日も避けていた。
第二層では《シャドウウルフ》の気配すらなかった。
「……相変わらず逃げますね」
ヒナが言った。
「慣れてきました」
「魔物が逃げることに慣れるって、普通の冒険者じゃ一生経験しないと思いますよ?」
「そうですか?」
「そうですよ」
第五層のアーチを通った。
最初に見たとき、文字が読めると気づいた場所だった。
今も読める。当然読める。
だが、今は、読んだときに感じるものが違った。
《此処より先は、帰還者の領域なり。器なき者、踏み込むことまかりならぬ》
最初に読んだときは、「これが俺に向けられた言葉だろうか」という曖昧な感触があった。
今は違った。
——これは、俺が作った言葉だった。
記憶が戻って、はっきりわかった。
二十年前、俺がこのダンジョンを作ったとき、いや、正確には、このダンジョンを二つの世界を繋ぐ通路として設計したとき、このアーチに刻んだのは俺自身だった。
「……どうしました?」
ヒナが気づいた。
「少し思い出したことがあって」
「何を?」
「このアーチの文字、俺が刻みました」
ヒナが止まった。
「……田中さんが?」
「二十年前の俺が、ですが」
「なんで?」
「後で帰ってくる自分へのメモのようなものです。門は開いている、器が満ちれば戻れる——そういうことを自分自身に残した」
「自分でメモして、自分で見つけるのか」
「記憶を封じていたので、他に手段がなかったですよ」
ヒナがアーチを見上げた。
「……田中さん、昔から周到ですね」
「そうでしょうか?」
「ちゃんと帰る準備をしてから行ったってことじゃないですか?」
「……そうかもしれませんね」
リオが静かに言った。
「父の資料にも、ダンジョンの文字が『誰かによって意図的に刻まれた』という仮説が書いてありました。その誰かが田中さんだったんですね!」
「そうなりますね」
「父は正しかった」
「ご優秀なお父様です」
リオが小さく笑った。
「……帰ってきたら、そう伝えます」
「ぜひ」
第五層アーチ前 — 同接:2,441,004
ガチ勢777:アーチの文字を田中さん自身が刻んでた!! 伏線回収すぎる!!
エトウ:自分へのメモを自分で見つける 二十年越しの手紙じゃん
匿名A:「帰る準備をしてから行った」というヒナちゃんの解釈が全てだった
プロ冒険者X:ダンジョン全体が田中さんの設計物だったとしたら、全層の文字の意味が変わってくる
リオ推し:リオちゃんが「父は正しかった」って言えた 研究者の父の名誉が守られた
匿名B:碑文の謎が最初からあったのにここで繋がるの構成が完璧すぎる
エトウ:神崎誠一さんが「碑文を誰かが刻んだ説」を持ってたのも回収されてる
◇
第七層、王の回廊に入った。
金色の光が壁から溢れていた。
俺は歩きながら、壁を見た。
幾何学的な文様と、文字が交互に並んでいた。
最初に来たとき、壁の文字を読んで「王の回廊」と言った。
今、壁の文字を読むと、違うものが見えた。
「……田中さん、どうですか?」
サクラが聞いた。
「思っていた通り、見え方が違います」
「どう違うんですか?」
「前に来たとき、壁の文様は装飾だと思っていました。でも今見ると、これは地図ですね」
「地図?」
「異世界の地図が、壁に刻まれています。王城の位置、各族の居住区、門の位置。全部ここに書いてあります」
全員が壁を見た。
「……知らなかった」
リオが呟いた。
「文様に見えていたものが、地図だったんですね」
「読める人間にだけ読める地図です。碑文と同じで、異世界の文字で書かれているので」
キリソウが壁に手を当てた。
「……何も感じないですが、確かに文字みたいな規則性がある気がします」
「気のせいではありません」
早川が手帳を開いた。
「田中さん、地図の内容を教えてもらえますか。できる限り詳しく」
「…わかりました。歩きながら読んでいきます」
「記録しますね」
サクラとヒナが同時に言った。
「記録係が二人になりましたね」
早川が言った。
「競合しても構いませんよ?」
サクラが言った。
二人が顔を見合わせた。
どちらも引かなかった。
ヒナが小声でキリソウに言った。
「サクラと早川さんが張り合ってる…!」
「こわい」とキリソウが小声で返した。
王の回廊 — 同接:2,882,004
ガチ勢777:壁の文様が地図だった!! 第7層来るたびに文様見てたけど気づかなかった
エトウ:「読める人間にだけ読める地図」 これも田中さんが設計したんだろうな
匿名C:サクラちゃんと早川さんが記録係で張り合ってるの草
プロ冒険者X:ダンジョン研究者がこの配信見てたら卒倒するレベルの情報が出てきてる
ヒナ推し最前線:ヒナとキリソウが「こわい」って言ってる組がいて笑う
海外勢:A MAP OF ANOTHER WORLD WAS IN THE DUNGEON ALL ALONG???
匿名D:ダンジョンに入り続けてきて、全部が意味を持ってたと気づく
◇
回廊を歩きながら、俺は壁を読み続けた。
地図だけではなかった。
地図の合間に、言葉が挟まっていた。
「……何か書いてあります」
「何と?」
早川が手帳を構えた。
俺は壁を読んだ。
汝がこれを読んでいるなら、帰ってきた証拠だ。
よく帰ってきた。
向こうの世界で、ちゃんと生きたか。
ちゃんと生きていれば、それで十分だ。
向こうで出会った人たちを、大切にしろ。
帰ってきたからといって、向こうを忘れるな。
お前は今、二つの世界を持っている。
それが——最強の武器だ。
俺は壁を見たまま、少し立ち止まった。
「……田中さん」
ヒナが来た。
「何が書いてありましたか?」
俺は読んだ。
そのまま、全部読んだ。
全員が黙っていた。
「……自分で書いて、自分で読んだんですね」
リオが言った。
「そうなりますね」
「二十年前の田中さんが、今の田中さんへ書いた手紙ですね」
「……そう言えるかもしれません」
キリソウが低い声で言った。
「『お前は今、二つの世界を持っている。それが最強の武器だ』……これ、ずっと前から決まってたんですね。田中さんが最強だって」
「買いかぶりだと思います」
「買いかぶりじゃないですよ。田中さんが田中武志として生きたから最強になった、ってことでしょ。向こうの世界だけでもこっちだけでもなく、両方持ってるから」
俺は少し考えた。
「……そうかもしれません」
「キリソウさんの言い方の方が正確です」
キリソウが照れた顔をした。
「……田中さんに正確って言われると、なんか重みありますね!」
「本当のことですよ?」
早川が手帳に全て書き写した。
「……これは、政府にも報告が必要なレベルの発見ですね」
「…そうなりますか?」
「ダンジョンが異世界の王によって設計されたという証拠が揃いました。ダンジョン研究の歴史が塗り替わります」
「有給で来てよかったですか?」
「来てよかったです。今日だけで十分な実績になりました」
早川が珍しく、きっぱりと言った。
「……室長には後で説明します」
「黒沢さんも知らないんですか?」
「察しているので、知っています」
「…そうですよね」
◇
回廊の奥、第七層の大きな扉の前に来た。
《我が王よ、長い旅だった》《我らは、ずっと待っていた》
前に来たときは、この文字を読んで言葉が出なかった。
今日は違った。
「……田中さん」
ヒナが俺の隣に立った。
「この扉の文字、また読んでますか?」
「読んでいます」
「…どう感じますか。今?」
俺は少し考えた。
「前に来たときは、この文字に何かを受け取った感覚がありました。でも今は——」
「今は?」
「返してあげられた気がします」
「返した?」
「ただいまと言えた。帰ってこられた。待っていてくれた人たちに会えた。だから、この文字に対して——応えられた」
ヒナが扉を見た。
「……良かったですね」
「良かったです」
「全部、終わった感じがしますか?」
「終わっていないと思います。始まりに近い気がします」
「始まり?」
「帰ってきた。向こうとこちらを繋げた。これからが本番です」
ヒナが俺を見た。
「……本番って何するんですか?」
「まだわかりません。でも、やることは増えます」
「やること?」
「向こうと行き来しながら、配信を続けます。政府とも話します。もう一度、シルヴィアたちに会いに行きます。神崎誠一さんの研究も手伝えることがあれば」
「忙しいですね」
「そうなりそうです」
「うちも全部付き合います」
「そう言ってもらえると助かります」
「言ってもらえると助かります、か」
ヒナが少し笑った。
「嬉しいとかじゃなくて助かるんですか?」
「嬉しくもあります。両方ですね」
「……少しずつ言えるようになってきてますね」
「努力しています」
「偉い!」
ヒナがまた笑った。
その笑顔を、扉の金色の光が照らしていた。
第七層大扉前 — 同接:3,441,882
ガチ勢777:「応えられた」という言葉が今話で一番好き 田中さんが扉の言葉に答えを返した
エトウ:「終わりではなく始まり」 ここから本格的に動く
匿名A:「嬉しくもあります、両方です」を言えた田中さん ちゃんと変わってる
プロ冒険者X:ダンジョンが設計されたものだという証拠が出た 世界が変わる発見
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが「全部付き合います」って即答したの もう迷いがない
キリソウ実況:キリソウの出番はないけど今日も来てよかった
匿名E:早川さんが有給でここまでやり遂げた 室長に怒られても後悔しなそう
新規大量:「始まりに近い」 まだまだ続くんだな
◇
帰り際、第二層の分岐を通った。
碑文の壁。
最初に来た日から、文字が増え続けた壁。
今日も見た。
《帰還者よ、門はまだ開いている。汝が思い出す時、すべてが始まる。鍵は、汝の血の中にある。器が満ちる時、門は開く》
全部、読める。
全部、知っている言葉になった。
「……何が書いてありますか、今日は?」
ヒナが聞いた。
「前と同じです。新しい文字は増えていません」
「えっ?増えないんですか?」
「増える必要がないから、だと思います」
「どうしてですか?」
「全部、完成しました。帰還者が帰ってきた。門が開いて始まった。碑文の役割は、終わったんだと思います」
ヒナが碑文を見た。
「……お疲れ様です、碑文?」
「そうですね」
「二十年間、ここに刻まれて待ってたんだ」
「そうです」
ヒナが少し笑った。
「田中さんって、石にまでお疲れ様って言わせますね」
「ヒナさんが言ったんですよ」
「うちが言わせたんじゃないですか?」
「そうかもしれません」
サクラがカメラを碑文に向けた。
「……記録します。碑文の役割完了、として」
「重要な記録です?か」
「重要です」
「わかりました」
俺は碑文に手を当てた。
石の冷たさだった。
「……ありがとうございます」
石に向かって言った。
返事はなかった。
でも—悪くなかった。
第二層碑文前 — 同接:2,114,004
全員:碑文にありがとうって言った!!
ガチ勢777:碑文の役割完了 毎回見てきた碑文がここで締まった
エトウ:「お疲れ様です、碑文」はヒナちゃんにしか言えない言葉だよ
匿名B:石にありがとうと言う元経理のおじさん 全てが詰まってる
プロ冒険者X:碑文の文字が増えなくなった 本当に役割を終えたんだ
ヒナ推し最前線:このシーンが一番好きだった
リオ推し:田中さんが来るたびに文字が増えてた碑文 最初からずっと応援してたんだな
新規大量:このシリーズの見せ方、全部伏線が丁寧に回収されてて気持ちいい
◇
地上に出た。
夕方になっていた。
渋谷の夕暮れ。空がオレンジだった。
昨日の渋谷と同じ空だった。
全員でしばらく立っていた。
「……今日の配信、どうでしたか?」
サクラが俺に聞いた。
「良かったです」
「何か、一番良かったことは?」
「碑文にありがとうと言えたことですかね?」
「それですか?」
「ずっと言えていなかった気がするので」
「最初の方から続いてきた碑文への感謝ですね」
「そうなりますね」
ヒナが俺の隣に立った。
「田中さん、次の配信はいつですか?」
「少し間を置くかもしれません。篠原室長と話があるので」
「何の話ですか?」
「向こうとこちらの行き来について、政府との取り決めを作りたいと言っていました」
「断りますか?」
「……今回は、聞いてみます」
ヒナが少し驚いた顔をした。
「断らないんですか?」
「向こうとこちらの関係を、ちゃんと作る必要がある。そのためには政府と話すのが合理的です」
「田中さんが合理的に政府と話す……」
「変ですか?」
「変じゃないですけど、成長したなって」
「そうですか?」
「最初は「ふーん」で追い返してましたよね?」
「しましたね」
「今はちゃんと話す気になったんだっ!」
「向こうとこちらが繋がった今、俺一人の話じゃなくなりました。みんなのことも考えると、ちゃんと話す必要があります」
ヒナが俺を見た。
「……田中さん、ちゃんと王様になってきてますよ」
「田中武志のままですが?」
「田中武志のままで王様をやってるのっ!」
「両方、ということですかね?」
「そうですね!」
ヒナが空を見た。
「……次の配信、楽しみにしています」
「来てもらえると助かります」
「来ます。どこへでも」
今度は、ヒナが「どこへでも」と言った。
俺が昨日使った言葉だった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
夕暮れの渋谷に、六人が立っていた。
碑文は役割を終えた。
扉は開いた。
記憶は戻った。
でも、物語は終わっていなかった。
始まりに近かった。
田中武志として、アルディスとして。
両方として、これからも生きていく。
スマホを取り出した。
登録者数:22,441,882
「……ふーん」
言った。
ヒナが隣で笑った。
「それだけは変わりませんね」
「変わりませんよ」
「よし!」
「よし?」
「変わらなくて良かった、という意味です」
「そうですか?」
「そうです」
夕暮れの空が、少しずつ暗くなっていった。
◇
【感想】碑文にありがとうと言った田中さん、全話通した伏線が全部繋がった
1 名無しさん : 碑文の文字を田中さん自身が刻んでたのが判明 最初から全部田中さんが設計してた
2 名無しさん : 壁の文様が地図だった 第7層がまったく違う意味を持ち始めた
3 名無しさん : 「向こうの人を大切にしろ。お前は二つの世界を持っている。それが最強の武器だ」 自分から自分への手紙が完璧すぎる
4 名無しさん : 「ふーん」だけは変わらなかった ヒナちゃんの「それだけは変わらなくてよかった」で全部締まった
5 名無しさん : 田中さんが政府と「ちゃんと話す」と言った みんなのためを考えて動き始めてる 王様になってきてる
6 名無しさん : 「どこへでも」をヒナちゃんが返したの 昨日田中さんが使った言葉をヒナちゃんが使った 繋がってる
7 名無しさん : 碑文にお疲れ様・ありがとうを言わせるヒナちゃんと田中さんのコンビ最高
8 名無しさん : 登録者2244万 終わりに近くない、始まりに近いという言葉が嬉しい まだまだ続く
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