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クビになった冴えないおじさんがダンジョン配信を始めたら、なぜか登録者100万人超えてしまった件〜俺、実は最強だったらしい〜  作者: あっかんべー
第1章:異世界と配信とおじさん

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第26話 渋谷で、ヒナがおじさんに言った

お仕事サボり魔でごめんなさい。

でも、暇なんですよ、私。

 午後三時の渋谷は、人が多かった。


 スクランブル交差点から少し離れた路地に、コーヒーの美味しい喫茶店があった。


 ヒナが選んだ店だった。


 外から見ると、古い建物だった。木の扉に小さな看板。中に入ると、椅子が少なく、静かだった。


 俺はスーツを着ていた。


 ヒナは制服ではなく、私服だった。


 白いシャツと、少し落ち着いた色のスカート。


 普段の配信の格好とは違った。


 それに気づいたのは、席に着いてから少し経ってからだった。


 「……私服ですね」


 「そうです」


 「珍しいですね」


 「今日は配信じゃないので」


 「配信じゃないですね」


 「田中武志さんと白川ヒナで会うって言いましたよね?カメラなしで」


 「言いましたね」


 「だから、配信なしです。今日は」


 コーヒーが来た。


 俺は一口飲んだ。


 薄くなかった。


 「……美味しいですね」


 「でしょう。うちのお気に入りの店です」


 「知っていたんですか、ここを?」


 「ずっと前から。一人でよく来てました」


 「一人で?」


 「登録者が増えてきてから、人目が気になって。ここは静かで、知ってる人が少ないから」


 俺はコーヒーを置いて、ヒナを見た。


 「……配信者も、ゆっくりしたい場所が必要ですか」


 「必要です。誰だって」


 「確かに、そうですね」


 「田中さんには、そういう場所がありますか?」


 俺は少し考えた。


 「六畳一間です」


 「部屋?」


 「変わらない天井があって、薄いコーヒーがあって。それが俺のゆっくりできる場所です」


 ヒナが少し笑った。


 「……薄いのに好きなんですか?」


 「嫌いですけど、それが日常の感触なので」


 「なんか、田中さんらしい」


 「そうですか?」



 しばらく、二人でコーヒーを飲んだ。


 静かな店内だった。


 BGMがかすかに流れており、ジャズ系の、落ち着いた曲が聞こえてくる。


 ヒナがカップを両手で持って、テーブルを見ていた。


 「……田中さん」


 「はい」


 「帰ったら言うって、ずっと言ってましたよね?」


 「言っていましたね」


 「…帰ってきました」


 「帰ってきましたね」


 ヒナがカップを置いた。


 俺を見た。


 まっすぐに、見た。


 「……うち、田中さんのことが好きです!」


 言った。


 ゆっくりと、はっきりと。


 「最初は変なおじさんだと思ってました。スーツ姿に革靴でダンジョンに入って、魔物を素手で倒して、クリーニング代を心配してる人。なんだこれって思ってました」


 「それは以前も言っていましたね」


 「でも、ずっと一緒にいて。怖い場所でも、知らない世界でも。田中さんがいれば大丈夫だと思うようになって」


 ヒナが少し間を置いた。


 「…それだけじゃなくて。田中さんが誰かのために動くのを見てきました。誰かが傷つく前に、自分が先に出る。それが記憶がなくても変わらなかった。向こうでも、こっちでも」


 「……」


 「それが、とてもかっこいいと思いました。かっこいいって言いましたよね?前に」


 「言ってもらいました」


 「嬉しかったって言ってくれましたよね」


 「言いましたね」


 「うちも、嬉しかったんです。言えて。ずっと言いたかったから」


 ヒナがカップに視線を落とした。


 「……シルヴィアさんのことも、知ってます。二十年待ってた人がいる。それはうちには勝てない」


 「勝ち負けではないと思いますが…」


 「そうかもしれない。でも、うちには、うちにしかできなかったことがあります」


 「何ですか?」


 「田中さんが何者かも知らないうちから、隣にいた。配信が7人のときから、ダンジョンに一緒に入った。向こうの世界に一緒に行った」


 ヒナが顔を上げた。


 「その時間は、うちだけのものです!」


 「そうですね」


 「だから、好きです。今も、これからも!」


 ヒナが俺を見た。


 耳が赤かった。


 でも、目が逃げていなかった。


 まっすぐ、俺を見ていた。



 俺は少し間を置いた。


 何を言うべきか、考えた。


 うまい言葉は出てこなかった。


 だから、正直に言った。


 「……俺も、ヒナさんのことが大事です」


 「大事、ですか?」


 「好きという言葉が、正しいのかどうかまだわかりません。ただ——」


 「ただ?」


 「ヒナさんがいるから、大丈夫だと思ったことが何度もありました」


 「それ、うちが田中さんに言ったのと同じですよ?」


 「そうですね」


 ヒナが少し間を置いた。


 「……田中さんも、うちがいれば大丈夫って思ってたんですか?」


 「第七層の扉の前で、ヒナさんが黙って隣に来てくれたとき。あれが、一番安心しました」


 ヒナが目を丸くした。


 「……あのとき、ただ何も言わなかっただけですよ?」


 「言わなくても良かったんです。いてくれるだけで」


 ヒナが俯いた。


 少し間があった。


 「……田中さんって、そういうことを急に言うから」


 「何かまずかったですか?」


 「まずくないです。まずくないんですけど——心臓に悪い」


 「そうですか。」


 「そうです。覚えておいてください」


 「覚えておきますね」


 ヒナが息をついた。


 それから、少し笑った。


 「……答え、もらえますか?」


 「答え?」


 「うちの気持ちへの…」


 俺はコーヒーを一口飲んだ。


 美味しかった。薄くなかった。


 「……俺は、まだ自分の気持ちを言葉にするのが下手です」


 「知ってます」


 「ただ、確かなのは、ヒナさんといると、悪くないと思う。それ以上に、良いと思うことが多い」


 「良いと思うことが多い?」


 「コーヒーが薄くない店を知っていて、連れてきてくれる人がいる。それが、嬉しいです」


 「……コーヒーで答えるんですか?」


 「それがわかりやすかったので」


 ヒナが少し笑った。


 「田中さんらしいですね!」


 「そうですか?」


 「そうです。でも——」


 ヒナがカップを置いた。


 「今は……十分です」


 「十分ですか?」


 「はい。田中さんが田中さんらしく言ってくれたから、十分です」


 ヒナが前を向いた。


 耳がまだ赤かった。


 でも、目が穏やかだった。


 「……もう少し時間かかりますか?ちゃんとした答えが出るまで」


 「…かかると思います」


 「待ちます」


 「シルヴィアに比べれば短いですか?」


 ヒナが噴き出した。


 「なんでそこでシルヴィアさんが出てくるんですかっ!」


 「比較として適切だと思って」


 「適切じゃないですよ!」


 「なんか、すみません」


 「謝らなくていいです。でも——」


 ヒナが俺を見た。


 「二十年は待ちません。それだけ言っておきます」


 「そうですね。それは申し訳ない」


 「申し訳なくなる前に、ちゃんと答えてください」


 「努力します」


 「努力じゃなくてちゃんとやってくださいっ!」


 「……はい」


 「…よしっ!」


 ヒナがまた言った。


 今回の意味も、わかった。


 決意した、という意味だった。



 店を出た。


 渋谷の路地。午後の光。人が歩いていた。


 「……田中さん」


 「はい?」


 「一つ聞いていいですか?」


 「どうぞ」


 「田中さんって、今幸せですか?」


 「幸せですよ」


 「即答だっ!」


 「即答できます」


 「なんでですか?」


 俺は少し考えた。


 「コーヒーが美味しかったし薄くなかった。隣にヒナさんがいた。俺にはそれで十分です」


 ヒナが少し間を置いた。


 「……田中さんって、本当に」


 「本当に、何ですか?」


 「…ずるい」


 「よく言われます」


 「いつも言われてますよね?」


 「そうですね」


 ヒナが歩きながら、少し笑った。


 「……次の配信、いつにしますか?」


 「明日か明後日くらいに」


 「今度は、どこ行きますか?」


 「第六層か第七層を、もう一度じっくり見たい気がします。異世界の記憶が戻ったので、見え方が変わるかもしれない」


 「面白そうですね」


 「あと、もう一度、王の回廊を歩いてみたいです」


 「なんでですか?」


 「あそこを歩くたびに、記憶が少しずつ動いていました。今なら全部の記憶がある状態で歩ける。どう感じるか、気になります」


 「田中さんって、そういうところ研究者みたいですね」


 「そうですか?」


 「自分の中を調べていく感じが?」


 「調べないと、わからないので」


 ヒナが笑った。


 「……一緒に行きます。もちろん!」


 「ありがとうございます」


 「また「ありがとう」言えてますね。偉いですね!」


 「異世界で覚えました」


 「シルヴィアさんたちのおかげですね」


 「そうかもしれません。あなたたちのおかげでもあります」


 ヒナが止まった。


 「……「あなたたち」って言いましたよね?」


 「そうですね」


 「うちだけじゃなくて?」


 「サクラさんも、リオさんも、キリソウさんも、早川さんも。全員のおかげです」


 「……わかってます。わかってるけどっ!」


 「なんですか?」


 「今日はうちだけに言ってほしかったっ!!」


 俺は少し考えた。


 「……ヒナさんのおかげです」


 「それだけ言ってくださいよっ!」


 「ヒナさんがいてくれたから、今の俺がいます」


 ヒナが前を向いた。


 「……よし」


 今回の意味は、嬉しい、だった。


 それはいつも通りだった。


 だが今日は、いつもより少し大きい「よし」だった気がした。



 別れ際、ヒナが言った。


 「田中さん」


 「はい」


 「また明日か明後日に配信しますよね」


 「そうです」


 「……今日のことは、配信で話しますか?」


 俺は少し考えた。


 「話しません」


 「なんで?」


 「今日はカメラなしで会ったので」


 「……田中さんが言わないなら、うちも言いません」


 「そうしてもらえると助かります」


 「ただ——サクラは全部知ってます」


 「…なぜですか?」


 「行き先を話したので」


 「……サクラさんは全部知っている?」


 「そういう人なので…。」


 「配信には乗せないように言ってもらえますか?」


 「言います。ただし成功するかどうかは——」


 「わかりません、ですか?」


 「わかりません」


 二人で少し笑った。


 「……では、また」


 「また」


 ヒナが歩き始めた。


 少し行って、振り返った。


 「田中さん」


 「はい」


 「今日、来てくれてありがとうございましたっ!」


 「こちらこそ」


 「コーヒー、美味しかったでしょう?」


 「美味しかったです」


 「また連れてきます」


 「楽しみにしています」


 ヒナが少し笑って、また歩き始めた。


 今度は振り返らなかった。


 渋谷の人混みの中に、少しずつ消えていった。


 俺は路地に立っていた。


 夕方になりかけていた。


 空が少しオレンジになっていた。


 向こうの紫の空でも、こちらの青い空でもない。


 日本の夕暮れの空。


 俺はそれを見た。


 きれいだった。


 当たり前に、きれいだった。


 スマホを取り出した。


 サクラからメッセージが来ていた。


 《今日の報告、不要です。察しました》


 俺は少し考えて、返した。


 《ありがとうございます》


 すぐに返ってきた。


 《どういたしまして。記録はしましたが配信には乗せません。田中さんの「ありがとう」が増えてきたので、それだけ記録しておきます》


 《記録しなくていいです》


 《重要な記録です》


 俺はスマホをポケットに入れた。


 歩き始めた。


 自宅に向かって。


 六畳一間の、薄いコーヒーのある場所に向かって。


 今日は帰ったら、コーヒーを淹れなくてもいい気がした。


 今日は、もう十分だった。



【神回】ヒナちゃんの「うちだけのものです」で全員落ちた件

1 名無しさん : 「7人のときから一緒にいた。その時間はうちだけのもの」 これが全てだった。二十年に対抗できる唯一の答え


2 名無しさん : 田中さんが「扉の前で黙って隣に来てくれたとき一番安心した」って言ったの あのシーンが伏線だったのか


3 名無しさん : 「コーヒーで答えるんですか」「それがわかりやすかったので」 田中さんらしすぎて笑いながら泣いた


4 名無しさん : 「二十年は待ちません」「申し訳なくなる前にちゃんと答えて」 ヒナちゃん強い


5 名無しさん : 「ヒナさんがいてくれたから今の俺がいます」をちゃんと言えた田中さん 成長


6 名無しさん : サクラちゃんが「察しました。記録はしましたが配信には乗せません」 完全に信用できる人


7 名無しさん : 配信なしの二人の話を誰も見ていなかった それがこの話の全てだった


8 名無しさん : 登録者2200万突破 これからまた配信が始まる これからは、どうなるんだ

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