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クビになった冴えないおじさんがダンジョン配信を始めたら、なぜか登録者100万人超えてしまった件〜俺、実は最強だったらしい〜  作者: あっかんべー
第1章:異世界と配信とおじさん

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第21話 王城で、初めてゆっくりしたおじさん

 閉門衆が武器を置いた翌日、誰も何もしない日が来た。


 珍しかった。


 ダンジョンに入り始めてから、ゆっくりした日というのがほとんどなかった。毎日誰かと会って、何かが起きて、コメントが流れて、次の配信の準備をしていた。


 今日は違った。


 朝食を食べて、城の庭に出た。


 草が柔らかかった。


 空が広かった。


 紫がかった深い色の空。薄く、青い星が昼間でも見えていた。


 俺はそのまま草の上に座った。


 スーツが汚れると思ったが、まあいいかと思った。


 クリーニングの話をしたら、シルヴィアが「城に腕のいい洗い師がいます」と言っていたので、異世界にも似たようなものはあるらしかった。


 「田中さん、何してるんですか?」


 ヒナが来た。


 「座っています」


 「草の上に?」


 「気持ちいいので」


 ヒナが俺を見た。スーツのまま草原に座っているおじさんを見た。


 「……なんか、田中さんらしいですね」


 「そうですか?」


 ヒナが隣に座った。


 スカートで草の上に座るのは少し大変そうだったが、気にしていないようだった。


 「一緒にいていいですか?」


 「どうぞ」


 二人で、しばらく黙っていた。


 風が来た。草が揺れた。花の匂いがした。


 知っている匂いだった。


 体が、知っていた。



 「……田中さん」


 ヒナが言った。


 「はい」


 「こっちに来てから、記憶はどのくらい戻ってきてますか?」


 「…少しずつ」


 「具体的には?」


 「昨日の朝食のパンが、子供の頃食べていたパンと同じだと気づきました。味が一致して、そこから引っ張られるように記憶が出てきました」


 ヒナが少し笑った。


 「食べ物から戻るんですね」


 「そういうものかもしれません」


 「田中さんらしい」


 「そうですか?」


 ヒナが草を一本抜いた。くるくると指で回した。


 「……他には?」


 「ガルドに剣を教わった午後の記憶が戻りました。たぶん十代の頃。あの人は昔から無口で、でも一番丁寧に教えてくれた」


 「ガルドさんが丁寧に、か。今のぶっきらぼうな感じからは想像できない」


 「ぶっきらぼうなのは今も変わりませんが、丁寧なのも変わっていないと思います」


 「そういうもんか」


 ヒナが草を置いた。


 「シルヴィアさんとの記憶は?」


 「戻ってきています。少しずつ」


 「どんな感じの人でしたか、子供の頃?」


 「今とほとんど変わりません。真剣で、きれいで、泣きながら笑える人でした」


 「泣きながら笑える、か…。」


 ヒナが少し間を置いた。


 「……好きだったんですか、ずっと?」


 「好きでした。大切な人です。向こうの世界に来てから、その記憶は一番最初に戻ってきた」


 ヒナが空を見た。


 「……そう、ですか」


 「なんですか?」


 「なんでもないです。聞いたうちが馬鹿でした」


 「馬鹿ではないと思います」


 「……田中さん、慰め方が下手ですね」


 「そうですか?」


 「そうです」


 でも、ヒナは笑っていた。


 少し複雑な顔をしていたが、笑っていた。


 「でも聞けて良かったです。ちゃんと知りたかったので」


 「知りたかった、というのは?」


 「田中さんのことを、全部知りたい。向こうのことも、こっちのことも…!」


 「全部、というのは大変ですよ?」


 「大変でいいです。時間はあるので」


 「時間、というのは?」


 ヒナが俺を見た。


 「帰ったら言います。その話の続きを」


 「まだここにいますが?」


 「帰ってから言いたいんです。向こうの世界で。田中さんが田中武志でいる場所で」


 俺は少し考えた。


 「……わかりました。帰ったら聞きます」


 「約束ですよ?」


 「約束ですね」


 ヒナが前を向いた。


 耳が赤かった。


 「……それまでは、ここにいるうちに全部知っておく」


 「全部、聞いてもらえますか?」


 「聞きます。全部」


 二人で、また風の中に座っていた。


 金色の花が揺れていた。


 空に、青い星がかすかに光っていた。



 昼頃、キリソウが城の廊下で俺に声をかけた。


 「田中さん、少し話していいですか?」


 「どうぞ」


 廊下の窓から草原が見えた。


 キリソウが外を見ながら言った。


 「……田中さんに絡みに行ったの、覚えてますか。ちょっと前のことですが」


 「覚えています」


 「あのとき俺は、正直嫉妬していました。急に現れた無名のおじさんが、自分の倍以上の登録者を集めて、すごいって言われて」


 「そうでしたか。」


 「そうでした。でも実際に会って、戦って——」


 キリソウが少し間を置いた。


 「田中さんに嫉妬するのがアホらしくなった、というか。なんというか……田中さんって、俺が目指してるものの上にいるんじゃなくて、横にいる感じがするんです」


 「横、というのは?」


 「強さの方向が違う。俺が剣の強さを磨いてたとするなら、田中さんはそもそも剣を持たなくても世界をどうにかできる。でもそれを自慢しない。自分が特別だと思っていない」


 「特別ではないと思っているわけではないですが——」


 「でしょうね。でも、それを前に出さない」


 キリソウがまっすぐ俺を見た。


 「……俺、田中さんのそういうところを尊敬しています。最初は認めたくなかったけど、今は素直に言えます」


 「ありがとうございます」


 「俺も、配信続けます。田中さんみたいな方向ではないですが——自分の方向で、ちゃんとやっていきます」


 「応援していますよ」


 「……田中さんに応援されると、なんか重みがありますね」


 「そうですか?」


 「最強のおじさんに応援されてる俺、今後どうなるんだろうとちょっと怖い!」


 俺は少し考えた。


 「よくなると思いますよ」


 「根拠は?」


 「キリソウさんが、いい人だからです」


 キリソウが固まった。


 「……え、それだけですか根拠!?」


 「それだけですね」


 「シンプルすぎる!」


 「シンプルな方が信用できます」


 キリソウが笑った。


 「……田中さんって、やっぱり変な人ですよ。でも、好きです」


 「ありがとうございます」


庭配信(午前)・廊下配信(午後) — 同接:3,114,004

ガチ勢777:ヒナちゃんが「シルヴィアさんのこと好きだったか」を正面から聞いた強さ

エトウ:「食べ物から記憶が戻る」が田中さんすぎて笑う

匿名A:キリソウが「横にいる感じ」って言ったの なんかすごい正確な表現だと思った

ヒナ推し最前線:「帰ってから言いたい、田中武志でいる場所で」がめちゃくちゃ刺さった

キリソウファン:推しが成長してる 好きになってくれてありがとう田中さん

プロ冒険者X:「いい人だから」のシンプルな根拠が一番重い

匿名B:ヒナちゃんの耳が赤かったのカメラがばっちり捉えてた サクラちゃんナイス

新規:この配信、ずっと泣いてるか笑ってるかどっちかになる



【感想】「帰ってから言いたい、田中武志でいる場所で」ヒナちゃんの一言が全部だった

1 名無しさん : シルヴィアのこと正面から聞いて、「聞いたうちが馬鹿でした」って言えるヒナちゃんの強さ


2 名無しさん : 田中さんが「大切な人、最初に戻ってきた」って正直に言ったの こういうとき嘘つかないのが田中さんらしい


3 名無しさん : ヒナが「向こうの世界で言いたい、田中武志でいる場所で」って言ったのが全話通して一番好きな台詞かもしれない


4 名無しさん : キリソウの「横にいる感じ」が的確すぎた 上下じゃなくて横


5 名無しさん : 「いい人だからよくなる」という根拠 田中さんにしか言えない


6 名無しさん : ゆっくりした日の話なのにちゃんと全員が動いてた これが日常回の正解


7 名無しさん : 登録者1950万 2000万もうすぐ


8 名無しさん : シルヴィアとヒナが話す回が来るはず 楽しみ

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