第20話 おじさん、異世界の敵と遭遇する
翌朝、朝食のテーブルに全員が揃ったとき、シルヴィアが険しい顔をしていた。
それだけでわかった。
何か、起きているようだった。
「……昨夜、斥候から報告が来ました」
シルヴィアが言った。
「北部山岳地帯に、人間の集団が集結しています。武装しています。数は二百を超えていると」
「向かってきていますか?」
「今夜にも城に来ると思われます」
早川が眼鏡を押し上げた。
「組織の名は?」
「こちらでは《閉門衆》と呼ばれています」
ゼナが静かに続けた。
「向こうの世界では《門閉派》と呼ばれていた組織と、同じ流れを持ちます」
「同じ、というのは?」
「起源が同じなんです。向こうの《門閉派》は、こちらの《閉門衆》が二十年前に工作員を送り込んで作った組織です」
早川の手帳を書く手が止まった。
「……つまり本家はこちら側?」
「…はい」
俺はパンを一口食べた。
美味しかった。昨日と同じ甘さだった。子供の頃の記憶と、確かに繋がって気がした。
■《閉門衆》について(ゼナ・ヴォルク証言)
二十年前の「大いなる乱」を引き起こした勢力の残党。
「アルディスが戻れば再び世界が乱れる」という思想を持ち、門を永久封鎖することを目的とする。
向こうの世界に工作員を送り込み、田中武志への脅迫メールもこの組織の指示。
現在の残党数:推定二百三十名。ここ数日で北部に集結。
「……陛下が来たと知って、動いたんですね」
ガルドが低い声で言った。
「おそらく。陛下が扉を開けた瞬間から、気配は感じていました」
「こちらに来たことを、どこで知ったんですか」
「第十層は境界に近い。あのあたりの気配の変化は、敏感な者には伝わります」
「なるほど」
ヒナが俺を見た。
「田中さん、どうしますか?」
「待ちます」
「待つ、というのは?」
「来るなら来るのを待てばいい」
ヒナが少し間を置いた。
「……迎え撃つということですか?」
「話しかけます」
「…話しかけるんですか?」
「相手が来るのを待って、話します」
ヒナが「えっ」という顔をした。
ガルドが静かに言った。
「……陛下、それは昔から変わりませんね」
「昔もそうでしたか?」
「乱が起きたときも、陛下は最初に武器ではなく言葉を選んだ。それが間に合わなかっただけで」
「今度は間に合わせます」
ガルドが目を細めた。
「……わかりました。我々は後ろにいます」
キリソウが剣の柄を握りながら言った。
「俺たちも後ろにいていいですか。いるだけでも」
「いてください。心強いので」
キリソウが少し驚いた顔をして、それから「わかりました!」と言った。
◇
夕方から、城の周囲が騒がしくなった。
斥候が戻ってきた。
「来ます。もうすぐです。数は二百十四」
「わかりました」
俺は城門の上に上がった。
六人が後ろに並んだ。
シルヴィアが隣に来ようとした。
「シルヴィアは後ろにいてください」
「陛下——」
「俺の話が通じなかったときに、動いてもらう必要があります。その前に傷つかれると困る」
シルヴィアが止まった。
「……わかりました」
夜が来た。
草原の向こうに、松明の列が見えた。
ゆっくりと、近づいてくる。
数えた。
二百を超えていた。
俺は城門の上に立ったまま、待った。
右手が温かくなった。
光ってはいなかった。
ただ、温かい。
松明の列が城の前で止まった。
沈黙があった。
向こうから、声がした。
低い男の声だった。
「……アルディスか?」
「そうです」
「帰ってきたのか?」
「帰ってきました」
「なぜ帰ってきたっ!」
俺は少し考えた。
「帰ってくると約束していたので」
「誰に?」
「待っていてくれた人たちに」
沈黙。
松明が、風に揺れていた。
「お前が戻れば、また乱が起きる。二十年前のように」
「起きませんよ」
「…根拠は?」
「今、このテーブルに全員が座っています」
「…?何のテーブルだ?」
「エルフ族、獣人族、魔族、そして向こうの世界から来た人間。全員が今朝の朝食を一緒に食べました」
また沈黙。
「……それが続くとは限らない」
「続けます。俺がいる限り」
「お前がいなくなれば」
「いなくなりません。行き来します。向こうの世界とこちらを」
「…そんなことが可能か?」
「今日、証明しました。扉は開きます。また来られます。また帰れます」
俺は右手を上げた。
白い光が走った。
城壁の上から、草原まで広がった。
二百の松明が照らしていたよりも、ずっと明るくなった。
全員の顔が見えた。
老いた者、若い者、男も女も。
みんな、俺を見ていた。
「……乱を恐れているなら、俺がいることで乱を防げる。乱を望んでいるなら——」
俺は続けた。
「それは俺がいなかった二十年間も、変わらなかったはずです。乱を望む人間がいれば、誰かがいなくても起きる。問題は俺ではなく、望む人間の気持ちにある」
長い沈黙があった。
風が草原を渡った。
松明が揺れた。
一分。
二分。
最初の一人が、武器を下ろした。
地面に置いた。
その音が、静かな夜に響いた。
次の一人が、下ろした。
また次の一人が。
それが広がった。
波のように、広がった。
二百の武器が、草原に置かれた。
戦闘は、起きなかった。
後ろでガルドが低く言った。
「……陛下」
「はい」
「…昔と同じです」
「昔もこうでしたか?」
「…いつもそうでした。言葉だけで、人を動かしていた」
「言葉しか持っていないので」
「嘘をつかないでください。陛下の右手が何をするか、私が一番よく知っている」
俺は右手を下ろした。
光が消えた。
「……まあ、言葉の方が好きです」
ガルドが、また目を細めた。
異世界配信 — 同接:5,882,004
全員:武器が置かれた……!!!!!!戦闘なしで終わった!!!!
ガチ勢777:「乱を起こすのは俺ではなく望む人間の気持ちの問題」 正論すぎる
エトウ:光で全員の顔を照らしてから話したの 見えるようにしたのが策略っぽい
プロ冒険者X:「言葉の方が好き」って言いながら右手は普通に恐ろしいことになってるの田中さんらしい
匿名A:ガルドが「昔と同じ」って言ったの 二十年越しの証言で泣いた
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが後ろで「田中さんすごい……」ってずっと呟いてたの聞こえた
キリソウ実況:後ろにいるだけでいいって言われたのに感動してたのに本当に後ろで見ることになるとは
海外勢:No fight needed. Only words and light. This is what a real king looks like.
◇
武器を置いた集団の中から、声をかけてきた男が出てきた。
年齢は六十代くらい。白髪。体格がいい。元は戦士だったのだろうと思った。
「……俺はヴァルゴという。二十年間、閉門衆を率いてきた」
「そうですか」
「あなたに問いたいことがある」
「どうぞ」
「……本当に、行き来するのか。向こうとこちらを?」
「するつもりです」
「いなくならないのか?」
「いなくなりません」
ヴァルゴがしばらく俺を見た。
「……二十年前、あなたがいなくなったとき、三族がどれほど混乱したかわかるか?」
「…わかりません。記憶がないので」
「乱よりも、あなたがいなくなったことの方が——」
ヴァルゴが言葉を止めた。
俺は待った。
「……混乱した。誰も、なぜいなくなったかを知らなかった。答えのない喪失が、一番辛かった」
「……そうでしたか」
「だから、また来るというなら——また来い。そしていなくなるな。それだけだ」
ヴァルゴが頭を下げた。
深く、丁寧に。
「……お帰りなさい、アルディス陛下」
俺は少し間を置いた。
「ただいま」
五度目だった。
今夜は、空が一番星に満ちていた。
◇
同接:6,441,004
全員:「ただいま」五回目!!!!! しかも元敵にも言った!!!!
ガチ勢777:閉門衆が怒ってたのは「答えのない喪失」だったの……そこか
エトウ:乱が嫌だったんじゃなくてアルディスがいなくなったことが辛かった それが二十年分の怒り
匿名B:ヴァルゴが「お帰りなさい」と言えた 和解の瞬間だった
プロ冒険者X:「ただいま」の使い方が毎回違う 今回は最も広い意味だった
新規大量:この配信を見ていて良かった 本当に良かった
◇
【感想】「答えのない喪失が一番辛かった」閉門衆の正体に全員泣いた件
1 名無しさん : 閉門衆は敵じゃなかった アルディスがいなくなったことへの怒りと悲しみが歪んだだけだった
2 名無しさん : 「乱よりいなくなったことの方が混乱した」 これが全部だよ 二十年分の正体
3 名無しさん : 田中さんが待って話しかけることを選んだのが正解だった 戦ってたら絶対こうならなかった
4 名無しさん : ただいま五回目が一番大きい意味を持ってた 世界全体への「ただいま」だった
5 名無しさん : 「言葉しか持っていない→嘘つくな右手が何をするか知ってる」のガルドとのやり取りが好きすぎる
6 名無しさん : ヒナちゃんがずっと「田中さんすごい」って言ってたのキリソウが後でからかってたの草
7 名無しさん : 登録者1900万突破 止まらない
8 名無しさん : 続きが楽しみ 異世界でのゆっくりした時間が見たい
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