第19話 神崎誠一が現れた。リオ、五年ぶりに父と会う、それをおじさんは見守っていた
王城の廊下を歩いていると、ゼナが足を止めた。
「……来ました」
廊下の奥から、足音がした。
一人分の足音。
ゆっくりした歩き方だった。
曲がり角から、人が現れた。
五十代くらいの男だった。
白髪が増えていて、顔にしわが深くなっていた。でも背筋は伸びていた。目が、リオと同じ形をしている。
神崎誠一だった。
男は俺たちを見た。
全員を、一人ずつ見た。
最後に、リオを見た。
そして、視線が止まった。
「……リオ」
掠れた声だった。
リオが一歩前に出た。
「……お父さん」
それだけだった。
それだけで、リオは走った。
廊下を、走った。
神崎誠一がリオを受け止めた。
何も言わなかった。
二人とも、何も言わなかった。
ただ、その場に立っていた。
廊下が静かだった。
金色の光が壁を照らしていた。
誰も声を出さなかった。
俺は前を向いたまま、立っていた。
右手が、温かかった。
異世界配信 — 同接:5,882,004
全員:リオちゃんのお父さん!!!!!!!!
ガチ勢777:「お父さん」の一言で走ったリオちゃん 今まで全部堪えてたのが全部出た
エトウ:二人とも何も言わずに立ってるのが全てを言ってる
匿名A:誰も声を出さなかった 視聴者も全員静かに見てた
プロ冒険者X:神崎誠一、五年間異世界で待ち続けた人 やっと会えた
リオ推し:準備してた涙が全部出た ありがとう田中さん
ヒナ推し最前線:田中さんが右手が温かかった、でこの場面を見てるの 何も言わないのが田中さん
◇
しばらくして、神崎誠一が俺を見た。
「……田中武志さんですか?」
「そうです」
「やっと、会えたっ…!」
「俺を知っていたんですか?」
「知っていました。ここに来てから、ずっと」
神崎誠一がゆっくり歩いてきた。
俺の前に立った。
目が、リオと同じだった。真剣で、静かで、何かを見ようとしている目。
「……アルディス陛下」
「田中でいいですよ?」
「田中さん」
神崎誠一が深く頭を下げた。
「…娘を、よろしくお願いします。向こうでも、こちらでも」
「頭を上げてください」
「もう少し」
「上げてください」
神崎誠一が頭を上げた。
目が、少し笑っていた。
「……娘から話を聞きました。スーツを着て、革靴で、ダンジョンに入るおじさんが現れたと」
「その通りですね」
「最初はまさかと思いましたが、ダンジョンから漏れる思念配信映像を見て、確信しました」
「何を確信したんですか?」
「あなたが帰還者であること。そして——陛下であること」
俺は少し考えた。
「どこで確信しましたか?」
神崎誠一が答えた。
「ゴーレムを右手一本で倒した場面ではなく——」
「ではなく?」
「『革靴に傷が入った』と言った場面です」
ヒナが噴き出した。
後ろでキリソウも笑っていた。
「なぜそこで?」
「陛下は昔から、大事なことより小さいことを先に気にする方でした。それが変わっていないと思って」
シルヴィアが「そうですね」と頷いた。
ガルドも「そうだ」と言った。
ゼナが静かに「そうでしたね」と言った。
俺は全員に見られた。
「……癖のようなものですから」
「直さなくていいです」
神崎誠一が言った。
「そのままの田中さんで、十分です」
同接:5,114,008
ガチ勢777:「革靴に傷が入った」で陛下確信したの最高すぎる
エトウ:シルヴィア・ガルド・ゼナの三人が揃って「そうです」「そうだ」「そうでしたね」って言ったの笑う
匿名B:神崎誠一さん「娘をよろしく」って言えた この人もずっとそれが言いたかったんだろうな
プロ冒険者X:「そのままで十分」 これが全話通したテーマだよな
リオ推し:リオちゃんが父の隣でずっと泣いてるのに気づいてる?
匿名C:ヒナちゃんが噴き出したの配信的にありがとう 泣きっぱなしだったから助かった
◇
広間に通された。
大きなテーブル。高い天井。窓の外に草原が見えた。
全員が席についた。
こちら側:俺、ヒナ、サクラ、リオ、キリソウ、早川、神崎誠一。
向こう側:シルヴィア、ガルド、ゼナ。
これだけの面々がテーブルを囲んでいた。
神崎誠一が話し始めた。
「田中さん、ここに来て説明したいことがいくつかあります。向こうでは言えなかったことも含めて」
「聞きかせてください」
「まずは、アルディス陛下がなぜ向こうの世界にいたか、です」
全員が静かになった。
シルヴィアが少し目を伏せた。
神崎誠一が続けた。
■ 二十年前に起きたこと(神崎誠一の証言)
二十年前、この世界で「大いなる乱」が起きた。
三族の間で争いが起き、世界が分裂しかけた。
アルディス陛下は争いを止めるために、三族の境界に一人で立った。
その場で、陛下は決断した。
「争いの火種になるなら、俺がいなくなればいい」
陛下は自ら門をくぐり、向こうの世界へ渡った。
その際、記憶と力の大部分を門に封じた。
「いつか戻れる力をつけて、戻ってくる」という約束と共に。
——これが、二十年前の真実。
静かだった。
テーブルの全員が、黙っていた。
俺は神崎誠一を見た。
「…自分で、記憶を封じたんですか?」
「はい」
「自分の意志で?」
「はい」
「争いを止めるために?」
「陛下がいなくなることで、三族は争う理由を失いました。実際、乱は収まった。でも——」
神崎誠一が少し間を置いた。
「誰も、陛下に感謝していなかった。陛下がそういう選択をしたことを、三族は二十年間知らなかったから」
「知らなかった?」
シルヴィアが目を伏せたまま言った。
「陛下は誰にも言わずに、行きました。争いを止めるためだと、あとから神崎誠一さんに教えてもらうまで、わかりませんでした」
「……」
「だから私たちは二十年間、なぜ陛下がいなくなったかを知らないまま、待っていました」
ガルドが静かに言った。
「知っていたら——止めた」
「止めさせないために、言わなかったんでしょうね」
ゼナが言った。
「それが、陛下らしい選択でした」
俺は何も言えなかった。
なぜなら、記憶がないから。
二十年前の自分が何を考えて、その選択をしたか。
今の俺にはわからない。
ただ、なんとなく、わかる気がした。
止められたくなかったのではなく——
止めさせたくなかった。
誰かが傷つく前に、自分が動く。
「……そういうものじゃないですか?」
思わず口から出た。
全員が俺を見た。
「…記憶はないですが、そういう判断をしたのは今の俺にもわかる気がします。誰かが傷つく前に、自分が動く。そういうことだったんだと思います」
シルヴィアの目から、また涙が出た。
「……二十年経っても、同じことを言う」
「同じことですか?」
「陛下が行く前に言った最後の言葉が——『そういうものだろう?』でした」
俺は少し考えた。
「……癖のようなものですから」
ヒナが横で笑った。
静かな笑いだった。
泣きながら笑っていた。
同接:6,221,004
全員:争いを止めるために自分から記憶を封じて行った……
ガチ勢777:「止めさせないために言わなかった」 クビになって一人で配信してたおじさんがそんな理由でそこにいたのか
エトウ:「そういうものじゃないですか」が二十年前の最後の言葉と同じって 記憶なくても本質は変わらない
プロ冒険者X:誰にも言わずに行ったの 一人で全部背負った
匿名D:シルヴィアが泣いてるのにヒナちゃんも泣きながら笑ってるの この二人が同じ感情でいるの初めてだ
キリソウ実況:田中さんが十五年間経理やってた理由が「記憶を封じたから」って考えたら泣けてきた
海外勢:He sacrificed himself to stop the war... He gave up his memories for peace...
新規大量:最初から見てた意味があった 全部繋がった
◇
神崎誠一がリオの隣に座っていた。
リオが静かに聞いた。
「……お父さん、なんで向こうに戻らなかったの?」
「戻り方がわからなかった。扉は陛下が開けないと動かない。俺には無理だったんだ」
「連絡はできなかったの?」
「できなかった。ただ——」
神崎誠一が手紙のことを思い出したように言った。
「手紙だけ、残せると聞いた。だから書いた」
「読みましたよ」
「……そうか」
「『その人を信じろ』って書いてあった」
「信じてくれたか?」
「最初から」
神崎誠一が目を細めた。
「……そうか」
同じ言葉を、もう一度言った。
今度は、少し震えていた。
「お父さん、帰れるよ。もう」
リオが言った。
「扉が開いたから。田中さんが来てくれたから」
「……そうだな」
「一緒に帰ろう?」
「ああっ…!」
神崎誠一の目から、涙が出た。
男の人が泣くのを、俺はあまり見たことがなかった。
静かな泣き方だった。
リオが父の手を握った。
神崎誠一が、それを握り返した。
広間が静かだった。
窓の外に、草原の風が見えた。
同接:5,441,882
全員:「一緒に帰ろう」「ああ」で終わってくれ もう十分すぎる
ガチ勢777:神崎誠一が泣いた この人五年間ここで一人で待ってたんだよ
エトウ:リオちゃんが「最初から信じてた」って言えたの 父への返事がこれ
匿名E:手を握って握り返した それだけで全部わかった
プロ冒険者X:田中さんが「男の人が泣くのをあまり見たことがなかった」って地の文で言ってるの静かすぎて泣く
リオ推し:ずっと応援してた よかった 本当によかった
キリソウ実況:ありがとう田中さん。ありがとう配信。
◇
広間の空気が落ち着いてから、ヒナが俺の隣に来た。
「田中さん」
「はい」
「争いを止めるために、一人で行ったんですね。二十年前」
「そうだったみたいですね」
「記憶ないのに、向こうでも同じことしてましたよ?」
「同じこと?」
「うちが死にかけてたとき、来てくれた。それから、いつも誰かの前に出て」
「それは普通のことです」
「普通じゃないですよ?」
ヒナが俺を見た。
「記憶がなくても、田中さんは田中さんだった。アルディスはアルディスだった。そういうことですよね」
「そうかもしれません」
「……かっこいいですね」
「そうですか?」
「言いましたよ、うち。田中さんにかっこいいって」
「聞こえていました」
「どう思いましたか?」
俺は少し考えた。
「……嬉しかったです」
ヒナが少し目を丸くした。
それから、前を向いた。
「……よし」
また、よし。
今回の意味も、わかった。
ちゃんと届いた、という意味なのだろう。
◇
夜になった。
異世界の夜は、空が違った。
星が多いし色も多かった。青い星に金の星、白い星。
俺は城の窓から空を見ていた。
シルヴィアが来た。
隣に立った。
しばらく黙っていた。
「……あの空、覚えていますか?」
「…少しずつ」
「子供の頃、一緒によく見ました。あの青い星が好きだと言っていました」
「今も、綺麗だと思います」
シルヴィアが空を見た。
「……二十年、長かったですか?」
「…とても…とても、長かったです。」
「向こうでは、孤独でしたか?」
「……最初は、そうだったかもしれません」
「最初は?」
「ヒナさんたちと会ってからは、違いました」
シルヴィアが俺を見た。
「……そうですか」
「心配をかけました」
「いいえ。生きていてくれて、孤独でなくてくれて——それで十分です」
「ありがとうございます」
「……陛下が『ありがとう』を言うようになったんですね」
「向こうで覚えました」
シルヴィアが笑った。
「……よかった」
「よかった?」
「二十年分、良いことがあったということですから」
俺は空を見た。
青い星が、静かに瞬いていた。
知っている星だった。
当たり前のように、知っていた。
「……ただいま」
空に向かって言った。
シルヴィアが、俺の隣で静かに笑っていた。
◇
【神回確定】「争いを止めるために一人で行った」真実が明かされた件
1 名無しさん : 「止めさせないために言わなかった」 クビ→無職→配信の全部が「記憶を封じた結果」だったと考えると全話の意味が変わる
2 名無しさん : 「そういうものじゃないですか」が二十年前の最後の言葉と同じ 記憶がなくても本質は変わらないって証明
3 名無しさん : リオちゃんと神崎誠一の「一緒に帰ろう」「ああ」が今シーズン一番好きな会話かもしれない
4 名無しさん : ヒナちゃんに「かっこいい」って言われて「嬉しかった」って答えた田中さん ちゃんと感情を言えるようになってきてる
5 名無しさん : シルヴィアの「二十年分、良いことがあったということ」でヒナたちとの出会いが肯定された気がして泣いた
6 名無しさん : 空に向かって「ただいま」の四回目 毎回文脈が違う 今回が一番静かで一番深かった
7 名無しさん : 「革靴に傷が入った」で陛下確信した神崎誠一さん 見る目があった
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