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クビになった冴えないおじさんがダンジョン配信を始めたら、なぜか登録者100万人超えてしまった件〜俺、実は最強だったらしい〜  作者: あっかんべー
第1章:異世界と配信とおじさん

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第17話 おじさんが扉を開いた

 出発当日の朝、空が晴れていた。

 特に意味はないが、晴れていた。

 俺はスーツを着た。

 いつも通りのスーツに、いつも通りの革靴。

 異世界に行くのに、この格好でいいのか?、と昨夜ヒナに聞かれた。


 「いいと思います」と答えた。


 「なんで?」


 「田中武志として行くので」


 ヒナが少し間を置いて、「……そういうことなら」と言った。


 コーヒーを飲んだ。


 やっぱり、薄かった。


 飲み終えて、家を出た。



 渋谷ダンジョン入口に、全員が集まっていた。


 ヒナ、サクラ、リオ、キリソウ、早川。


 そして——黒沢が来ていた。


 「黒沢さんも来るんですか?」


 「来ません。見送りです」


 黒沢がため息をついた。今日で何回目かわからなかった。


 「……田中さん、無事に戻ってきてください」


 「戻ります」


 「約束ですよ」


 「約束です」


 黒沢が小さく頷いた。


 早川が黒沢に敬礼した。


 「行ってきます」


 「……気をつけて」


 サクラが改造した機材の箱を抱えていた。


 「これで向こうからでも配信できるはずです。はずですが…」


 「はず、が付きますか?」


 「理論上は、です。実証はこれからなので…。」


 「まあ、やってみましょうか」


 「田中さんが一番楽観的なのが毎回怖いです」


 ヒナが俺の隣に立った。


 「田中さん」


 「はい?」


 「昨日、電話で言ってたこと…顔見て言うって約束でしたよね?」


 「言いましたね」


 「……言いますか?」


 「みなさんのことが大事です。それは向こうへ行っても変わりません」


 ヒナが前を向いた。


 耳が赤かった。


 「……よし。行きましょう」


 キリソウが苦笑した。


 「ヒナさん、気になっていたんですが、よしって何ですか?」


 「うるさい」


出発配信 — 同接:2,881,004


ガチ勢777:スーツと革靴で異世界に行くおじさん 田中さんらしすぎる

エトウ:黒沢さんの見送りに泣きそう

匿名A:ヒナちゃんの「よし」が何回聞いても好き

プロ冒険者X:同接288万 出発前からこれか

海外勢:We're watching from all over the world. Good luck!!

匿名B:「田中武志として行く」でスーツ選択の理由が完結してて最高

新規大量:歴史的瞬間に立ち会ってる気がする



 第十層まで、全員で下りた。


 王の回廊。王の寝室。王の祈りの間。


 通るたびに壁が光った。


 アルディスという名前が刻まれた石台も、白く輝いていた。


 「……出発を知っているみたいですね」


 リオが言った。


 「…知っているのかもしれません」


 第九層の穴を抜けて、第十層へ。


 そこには、番人がいた。


 俺たちを見て、深く頭を下げた。


 六本の腕が、体の脇に揃った。


 通れ、という意味だろうか?


 俺は軽く頷いた。


 橋を渡った。六人で。


 光の扉の前に、立った。


 草木の匂いと花の匂いがした。


 これまでより、ずっと強く。


 まるで——扉の向こうが、俺たちを引き寄せているようだった。


 「……田中さん」


 ヒナが言った。


 「はい」


 「怖くないですか?」


 「怖くないです」


 「なんで?」


 「待っていてくれる人がいるので」


 ヒナが小さく息をついた。


 「……じゃあ、うちも怖くないですね」


 「なんで?」


 「田中さんがいるので」


 キリソウが「俺も」と言った。


 サクラが「私も」と言った。


 リオが静かに頷いた。


 早川が「任務ですが……私も」と言った。


 俺は六人の顔を順番に見た。


 何も言わなかった。


 言葉が見つからなかったから。


 それで、十分だった。


 俺は扉に右手を当てた。


扉の前 — 同接:4,102,004 — 世界同時視聴記録更新中


全員:「田中さんがいるので」で全員泣かせにきてる

ガチ勢777:「待っていてくれる人がいるので→田中さんがいるので」の連鎖が完璧

エトウ:早川さんの「任務ですが……私も」が全キャラ中一番刺さった

プロ冒険者X:同接400万超えた 人類史上最多の同時視聴になってるかもしれない

ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが「田中さんがいるので怖くない」って言えるようになったの 最初の頃からの成長

海外勢:OPEN THE DOOR!!!!!!

匿名C:手を当てた 開くぞ



 右手が、光った。


 今まで見たどの光とも違った。


 白く。強く。


 まるで——太陽のようだった。


 光が扉に広がった。


 扉の縁が、震えた。


 碑文の言葉が頭に浮かんだ。


 ——器が満ちる時、門は開く。


 俺は右手に力を込めた。


 力を、というより思い出すような感覚だった。


 記憶ではなかった。


 もっと深いところに眠っていた何かが、目を覚ます感覚。


 扉が、動いた。


 軋む音がした。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


 そして、開いた。


【—— 扉が、開いた ——】


 光が溢れた。


 白い光ではなかった。


 金色だった。


 暖かい、柔らかい、金色の光。


 光の中に、世界があった。


 広い。


 空が広い。


 青とは違う、紫がかった深い空。


 草原が見えた。地平線まで続く、緑の草原。


 花が咲いていた。白と金の、見たことのない花。


 風が来た。


 全身で感じる風。草の匂い、花の匂い、土の匂い。


 そして——


 「……」


 帰ってきた。


 という感覚が、胸の奥から湧き上がった。


 言葉ではなかった。


 体が、知っていた。


 「……田中さん」


 ヒナが小さく言った。


 「ここが……」


 「向こうです」


 俺は一歩、踏み出した。


 草の感触が、革靴の底から伝わった。


 柔らかかった。


 後ろから、全員が続いた。


 ヒナ。サクラ。リオ。キリソウ。早川。


 六人が、異世界の草原に立った。


 サクラが機材の箱を開けた。


 ランプが点いた。


 「……繋がった。配信、生きてます!」


 「本当ですか?」


 「本当です。向こうから見えてます!」


異世界ライブ配信 — 同接:6,441,882 — 人類史上最多記録


全員:開いた!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ガチ勢777:空が紫がかってる!本当に違う世界だ!

エトウ:ここが田中さんの本当の故郷!?

匿名A:異世界から配信できてる サクラちゃんの機材が仕事した

プロ冒険者X:同接644万 人類史上最多の同時視聴は確定

ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが革靴の田中さんを見てる顔が全て

海外勢:WE'RE WATCHING THE FIRST EVER LIVE STREAM FROM ANOTHER WORLD

リオ推し:リオちゃん……お父さんがいる世界に来たんだね

新規大量:生きてて良かった この配信を見られて良かった



 草原に立って、しばらく風を感じていた。


 ヒナが空を見上げた。


 「……綺麗」


 「そうですね」


 「空の色が違う、でも綺麗です…!」


 「こちらの空の色は、こういうものです」


 俺は言ってから、気づいた。


 「こちらの空の色は」と言った。


 当たり前のように言っていた。


 知っていたから。


 「……田中さん今、「こちらの」って言いましたよ」


 ヒナが俺を見た。


 「言いましたね」


 「体が覚えてるんですね」


 「そうみたいです」


 リオが草原の先を見ていた。


 「……何か来ますっ!」


 全員が前を向いた。


 草原の向こうから、人影が来ていた。


 一人ではなかった。


 三人だった。


 走っていた。


 近づいてくる。


 早川が構えた。キリソウが剣に手をかけた。


 俺は手を上げた。


 「大丈夫ですよ」


 「なぜですか?」


 「知っている人たちです」


 三人が、近くまで来た。


 一人目。


 銀髪。耳が尖っている。目が翡翠色。白い衣。


 夢で何度も見た顔だった。


 二人目。


 背が高い。虎の耳と尾。鎧を着ている。目が金色。


 石台の記憶の中にいた顔だった。


 三人目。


 黒いローブ。角が二本。目が赤い。表情が静かだった。


 同じく、記憶の中にいた顔だった。


 三人が、俺の前で止まった。


 銀髪のエルフが、俺を見た。


 目が、揺れていた。


 「……アルディス」


 名前を呼んだ。


 俺は答えた。


 「……ただいま」


 エルフの目から、涙が一粒、零れた。


 それだけだった。


 それだけで、十分だった。


同接:7,882,004 — コメント速度:計測不能


全員:「ただいま」!!!!!!!!!!!!!!!

ガチ勢777:「アルディス」「ただいま」のたった二言で死んだ

エトウ:銀髪エルフの涙が全て どれだけ待ってたんだよ

プロ冒険者X:同接788万 記録が止まらない

匿名D:「こちらの空の色は」が無自覚に出てきたの 記憶が戻り始めてる

ヒナ推し最前線:ヒナちゃんの顔が「ただいまって言った……」になってる 複雑そうだけど嬉しそうでもある

リオ推し:三人目の人の中にお父さんいないかな 気になる

キリソウ実況:俺今泣いてます 隠しません

新規大量:スーツのおじさんが異世界で「ただいま」 これを見るために生まれてきた



 三人が跪こうとした。


 俺は手を上げた。


 「立っていてください」


 「しかし——」


 銀髪のエルフが言いかけた。


 「俺が嫌なので」


 エルフが止まった。


 涙をぬぐいながら、俺を見た。


 「……変わっていませんね」


 「そうですか?」


 「陛下はいつも、跪かれるのが嫌いでした…」


 「今も嫌いですよ?」


 エルフが小さく笑った。


 泣きながら笑っていた。


 虎の獣人が俺を見た。


 「……陛下、ご無事で」


 「ご無事で」


 「長い間——」


 「長かったですね」


 「はい」


 「ただいま」


 獣人の目が、ぎゅっと細くなった。


 我慢しているのだろう。


 魔族の女が、静かに言った。


 「……陛下。後ろの方々は?」


 「大事な仲間です」


 俺は後ろを振り返った。


 ヒナ、サクラ、リオ、キリソウ、早川。


 五人が、固まっていた。


 ヒナが口を半開きにしていた。


 「……田中さん、あの銀髪の人、めちゃくちゃ綺麗なんですけどっ!?」


 「そうですね」


 「幼馴染ですか?」


 「……たぶん?」


 ヒナの目が、少しだけ複雑になった。


 サクラが小声でヒナに言った。


 「ヒナ、顔が全部出てるわよ?」


 「うるさいっ!」


 エルフが、ヒナを見た。


 「……あなたが、陛下と一緒にいた方ですか?」


 「そうです。…っ!?白川ヒナといいます!」


 「……ありがとうございます。陛下のそばにいてくださって」


 ヒナが固まった。


 「え、あ、いや、そんな——」


 「本当に、ありがとうございます…っ!」


 エルフが深く頭を下げた。


 ヒナが俺を見た。


 俺は前を向いたまま、何も言わなかった。


 「……田中さん、何か言ってくれますか?」


 「ヒナさんが大事な人だと、伝わったみたいですね」


 「そういうことじゃなくてっ——」


 後ろでキリソウが低く笑っていた。


 サクラがカメラを回し続けていた。


 リオが草原の向こうを見ていた。


 その目が、何かを探していた。


 俺は気づいた。


 魔族の女に、小声で聞いた。


 「……神崎誠一という人間を知っていますか?」


 魔族が俺を見た。


 「……知っています」


 「今、どこに?」


 魔族が草原の奥を見た。


 「王城に。元気でいます」


 俺はリオを呼んだ。


 「リオさん!」


 リオが振り返った。


 「お父さんは王城にいるそうです」


 リオが——初めて、声を出して泣いた。


 抑えようとしたが、抑えられなかった。


 ヒナがすぐリオの隣に行って、肩を抱いた。


 草原の風が吹いた。


 金色の花が揺れた。


 俺は空を見た。


 紫がかった、深い空。


 ——知っている空だった。


 当たり前のように、知っていた。



【永久保存版】田中武志「ただいま」の瞬間を語り継ぐスレ


1 名無しさん : 「アルディス」「ただいま」のたった二言の往復 これを超える場面はもうないかもしれない


2 名無しさん : 銀髪エルフが「ありがとうございます、ヒナさんがそばにいてくださって」って言ったの 向こうもわかってたんだ


3 名無しさん : リオちゃんが声出して泣いたの ずっと堪えてたのがここで全部出た


4 名無しさん : 「こちらの空の色は」が無自覚に出てきて本人も気づいたシーン 記憶が溶けて帰ってきてる感じ


5 名無しさん : 同接788万 配信史上最多更新確定 異世界からの生中継が世界記録


6 名無しさん : ヒナちゃんの「銀髪めちゃくちゃ綺麗」「幼馴染ですか」「複雑な顔」の流れが全部出てて笑いながら泣いた


7 名無しさん : スーツと革靴で異世界の草原に立つおじさんの絵面が好きすぎる 田中さんはどこまでも田中さん


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